スペシャル企画

【大山 正Presents】クロスロード〜外食経営者のルーツと転機〜 vol.26/株式会社LINK STYLE 代表取締役 馬淵 和也氏

この企画「クロスロード」は聞き手の大山 正が、外食経営者が歩んできた人生の転機やルーツを、ライフチャートとともにひも解くインタビューシリーズです。経営者自らが描くライフチャートを起点に、これまでの軌跡を深掘りし、現在の意思決定や価値観の源泉に迫っていきます。今回は第26回目となります。

「高校生の時、AKB48のCD転売で3万円を20万円にしたんですよ」。

開口一番、そんな衝撃的なエピソードを笑顔で語ってくれたのは、株式会社LINK STYLEの馬渕さん。西新宿の「酒場つむぎ堂」や「めしやヒロキ倶楽部」など、次々と繁盛店を生み出す注目の経営者です。一見、クールなイケメン社長。でもその半生は、ラッキーパンチと手堅い戦略、そして意外な挫折とコンプレックスの連続だった!? AKBのCD転売から歌舞伎町No.1キャッチを経て、年商20億円企業を築き上げるまでの道のりを、根掘り葉掘り聞いてみました。
(取材・執筆・文責:大山 正)


株式会社LINK STYLE 代表取締役 

馬淵 和也氏

出身地:埼玉県川越市

生年月日:1993年10月1日生まれ。

企業ホームページ:https://linkstyle-group.com/

 

プレゼンテーター:大山 正

1982年東京都生まれ。成蹊大学卒業後、各種広告関係営業、外食企業のプロモーション・広報を経て、2014年1月、31歳で外食メディア「フードスタジアム」フードスタジアム株式会社 代表取締役就任。飲食店若手経営者の会「外食5G(現JFRX)」初代サポーター企業リーダー。2020年3月、株式会社ミライーツを設立。飲食業界における幅広い人脈、情報を持ち、飲食企業のサポートに従事する一方、本連載「クロスロード」では独自に記事の取材・執筆・文責を手掛ける。

⚡ 【忙しい経営者向け】30秒で掴む「馬淵和也」の半生を表示する

今回の見どころ:AKB転売・歌舞伎町No.1キャッチから23歳で起業。「酒場つむぎ堂」を月商1800万へ導いた若き勝負師の100億戦略

  • 商才の原体験: 高校生のAKB握手券転売で開眼、歌舞伎町では月収180万のNo.1キャッチへ。完全実力主義で培った「数字を出す力」
  • 組織崩壊とミラクルヒット: 飲食未経験で独立するもコロナ禍で仲間が離脱。どん底から「酒場つむぎ堂」を23坪・月商1800万へ大化けさせたアップデート術
  • 10年で100億円企業へ: 店長平均年収550〜600万円の好待遇を実現!次なる成長のために記事内で「業態開発パートナー」をガチ公募!?

※各エピソードの生々しい数字やドラマの全貌は、下の本文で公開中!

ロード1

AKB48のCD転売でビジネスに開眼!?

―今日は馬渕さんの人生について、根掘り葉掘り聞かせてください!まずは、どんな子ども時代だったんですか?

馬淵さん:「生まれは川越なんですけど、すぐ親の転勤で茨城のつくばに引っ越して。なので、育ちはほぼ茨城ですね。家庭はまあ、ごく普通。特に不自由なく、そこそこ恵まれてた方だと思います」

 

―クラスではどんなキャラでした?やっぱりリーダー的な?

馬淵さん:「いや、全然。リーダーとかじゃなくて、一番やんちゃしてるグループにいるけど、誰かを引っ張っていくタイプじゃない。会社で言ったら5番手みたいな感じです(笑)。どっちかっていうと、学校ではあんまり良いなりふりじゃなかったかな。親の言うことも聞かないし、優等生ではなかったですね」

 

―意外ですね!スポーツとかは何か?

馬淵さん:「高校3年までずっと野球をやってました。弱かったんですけど、ラッキーパンチで関東大会に行きましたね。僕も一応出てましたけど、そんなにうまくはなかったです」

―そんな野球少年時代に、何か印象的なエピソードはありますか?

馬淵さん:「これ、どこでも話したことないんですけど、高2のときにAKB48にハマっちゃって。当時ってCDを1枚1000円で買うと握手券がついてきたんですよ。すごい人気メンバーの券は発売日にアクセスが集中して全然買えない。それを親にも協力してもらって、パソコンで更新ボタンを連打して10枚くらいゲットしたんです(笑)」

 

―いやぁ当時AKBはすごかったですよね。それはすごい執念(笑)!

馬淵さん:「で、握手会の会場に行ったら、周りでブルーシートを敷いた人たちが、その1000円のCD(握手券)を1万円とかで転売してるんですよ!レートもメンバーによって違って、神7のメンバーのは9000円とか7000円・・みたいな。それを見て『何これ!?』って衝撃を受けちゃって(笑)」

 

―まさか、そこにビジネスチャンスを見出したわけですか(笑)!?

馬淵さん:「そう!僕も持ってた人気メンバーの券を売ってみたら、7000円とか9000円で売れたんですよ。『これ、めっちゃ儲かるじゃん!』って。そこからCDを買いまくって転売するようになりました(笑)。3万円の仕入れが20万円になったりして、高校生の時にめちゃくちゃ儲かりましたね(笑)」

 

―すごい商才(笑)!でも、そのお金はどうしたんですか?

馬淵さん:「それが…売るだけ売って、お金が手元にたくさんあるわけじゃないですか。で、会場にはメンバーがたくさんいるわけで。『俺も行ってみようかな』って思って、一番列が少ない子の握手券を買って行ったら、何回も行くから顔を覚えられちゃって。そしたら僕もハマっちゃって、結局儲けたお金は全部使っちゃいました(笑)」

Point👉なんとも彼らしいオチ。この経験が、需要と供給、そしてレート(価値)の違いといったビジネスの面白さに気づく原体験になったのかもしれない。

 

ロード2

1日で諦めたテレビ局員の夢

―高校卒業後はどうされたんですか?

馬淵さん:「僕が通ってた高校、偏差値60以上あって結構な進学校だったんですけど、僕は学年250人中246位とかで(笑)。完全にビリから数えたほうが早いレベル。高校時代は遊んでばっかりで全然勉強してなくて、しかも理系だったんで、もう追いつけない状態だったんです」

 

―そうだったんですか、それでそこからどうやって大学に?

馬淵さん:「当時、テレビ局に就職して放送作家になりたかったんですよ。ドラマが好きで。それで、マスコミに強い大学を調べたら早稲田とか法政があって。でも理系じゃ行けないから、文系に転向して、3年間習ってない文系科目を独学で勉強しました。野球部を引退してから半年くらい、1日13時間くらい猛勉強して、なんとか法政大学に受かりました」

 

―すごすぎる!夢のためにそこまで…。

馬淵さん:「で、法政に入ってからも、倍率がめちゃくちゃ高いマスコミのゼミに、また猛勉強して入ったんです。ここに入れば、コネでテレビ局に就職できるみたいな。でも、最初の講義に来た⚪︎⚪︎テレビのお偉いさんが、まずイケてなかった(汗)。話もつまんないし、一緒に受かった周りの学生たちもつまんなそうに見えちゃって。『俺、こいつらと働いて、偉くなったらこうなるのか…』って思ったら、なんか拍子抜けしてしまって、その日のうちにゼミを辞めました」

Point👉あまりの展開の速さに驚きを隠せない。しかし、この決断が彼の人生を大きく変えることになる。

 

歌舞伎町のNo.1居酒屋キャッチへ

―夢を諦めて、大学では何をしてたんですか?

馬渕さん:「もうやることがなくなっちゃって。そんな時に、同じサークルの先輩にキャッチの店のアルバイトを紹介されたんです。居酒屋さんの。最初はホールの仕事だったんですけど、そこで売上の計算とかしてたら『(キャッチって)こんなに儲かるんだ』って思って。自分から『キャッチやらせてください』って志願したんです」

 

―そこで!当時10年前くらいですかね、バブってましたよね。そこからキャッチ人生が始まるわけですね。

馬淵さん:「はい。そしたら結構売れちゃって。大学もほとんど行かずにキャッチばっかりやってました。そのせいで留年しちゃったんですけど(笑)。18歳から23歳まで、新宿の歌舞伎町で働いてましたね」

 

―歌舞伎町のキャッチって、結構いかついイメージがありますけど…。

馬淵さん:「まさにその通りで。みんな黒髪の短髪かロン毛で、入れ墨が入っててガタイがいい、みたいな。僕はガリガリで色も白いから、最初は『こっち来んな』みたいな感じで扱われてました。でも、この世界が面白かったのは、完全に実力主義だったこと。

数字を上げれば上げるほど、そういう人たちが何も言ってこなくなる。売ってれば認められるんです。僕みたいなやつでも、数字を出すことで周りに認められていくのが、すごく面白かったですね」

Point👉彼は水を得た魚のように頭角を現し、入って1年ほどで先輩たちが独立して抜けた後、ついに新宿エリア全体で1位の座に。MAX月収は、なんと180万円にもなったという。

 

23歳で独立。オープンはラッキーパンチ。しかし成功は長くは続かなかった。

―その頃から独立は考えていたんですか?

馬淵さん:「21歳くらいからですね。人生で一回は経験しとこうと思って就活もしたんですよ。ベンチャー系を受けたりして。でも、結局『ここに入りたい!』って思える会社がなくて。やっぱり自分でやるしかないな、と。そこからは独立のためにお金を貯めまくりました」

Point👉そして23歳の誕生日、生まれ故郷である川越で1号店となる個室居酒屋をオープンさせる。

 

―すごいですね。それで独立店は川越でしたっけ?

馬淵さん:「はい、当時の川越は個室居酒屋が2軒くらいしかなくて、完全にブルーオーシャンだったんです。ぐるなびも最強の時代で。オープンしたらめちゃくちゃ売れて、27坪の店で忘年会シーズンには1000万円を売り上げました。これもラッキーパンチですね」

 

―いきなり売れちゃうわけですね!すごい。

馬淵さん:「いやでも、飲食店で働いた経験がなかったから、なんで売れてるのか自分でも分からなくて。マネジメントも全然できなくて、一回組織が崩壊しかけたり…。慎重な性格もあって、次の店をなかなか出せませんでした」

Point👉1年半後、ようやく千葉に2号店をオープンするも、その半年後にコロナ禍が直撃。再び組織は崩壊の危機に瀕した。

 

ロード3

業態とビジュのアップデート。そしてミラクルヒット『つむぎ堂』の誕生

―コロナ禍は相当きつかったんじゃないですか。

馬淵さん:「はい。僕自身がプレイヤー気質で、みんなにビジョンを見せてあげられなかったこともあって、仲間がどんどん辞めていってしまって。このままじゃダメだと思って、もう一度、居酒屋らしさというか、接客とかライブ感を大事にした店を作ろうと決めたんです」

Point👉そうして川越にオープンしたのが、ネオ大衆酒場『サワマル』。これがヒットし、現在の主力業態へと繋がっていく。

 

―なるほど、会社の主力業態を変えていくという決断をしたわけですね。

馬淵さん:「はい、そのタイミングで業態と自分のビジュ(外見)もアップデートしました(笑)。サワマルの流れで、コロナ禍の真っ只中に西新宿7丁目にオープンしたのが『酒場つむぎ堂』です。コロナで良い物件が奇跡的に取れたんですよ。これがもう、ミラクルヒットで。オープンから1ヶ月満席が続きました。当時流行っていたネオ大衆酒場の良いところを取り入れまくって、SNSマーケティングも駆使したらバズりましたね」

Point👉『酒場つむぎ堂』は23坪で当初月商1300万円を記録し、現在では1800万円まで伸びているという。この成功を機に、LINK STYLEは快進撃を始める。

【フードスタジアムヘッドライン記事】西新宿七丁目に「酒場つむぎ堂」がオープン。23歳で起業した若手オーナーによる4店舗目。“ワンランク上の大衆酒場”をコンセプトに都内に初出店(2022.08.15)

 

【フードスタジアムヘッドライン】西新宿に「めしやヒロキ倶楽部」がオープン。20代に人気の「酒場つむぎ堂 新宿店」に次ぐ2店舗目のコンセプトは“20~30代が初めて行く小料理屋”(2023.05.22)

 

【フードスタジアムヘッドライン】 恵比寿に「酒場ひまり堂」がオープン。新宿「つむぎ堂」「ヒロキ倶楽部」がヒットのLINK STYLEの新業態、ターゲットやエリアを選ばない展開型居酒屋業態が登場(2024.05.21)

 

【フードスタジアムヘッドライン】新宿に「ビストロ リタ」がオープン。「酒場つむぎ堂」「めしやヒロキ俱楽部」20代に人気の居酒屋をドミナント展開するLINK STYLE初のビストロ業態(2025.03.25)

 

目指すは10年で100億円。でも、業態開発できる人を募集中!

フードスタジアムでは御社の展開についてはつぶさに取材をさせていただいていますが、そこから店舗展開を加速させていくわけですね。

馬淵さん:「そうです。同世代で100店舗やってる経営者もいるし、負けず嫌いなんで。僕自身は料理ができるわけじゃないから、経営者として会社を大きくして、給与水準の高い、待遇の良い会社を作ることで貢献したいと思ったんです。僕が働きたいと思うのは、待遇の良い会社なので」

Point👉その言葉通り、同社の給与水準は高い。店長クラスの平均年収は550〜600万円、マネージャーは700万円近く、年収1000万円超えの社員も在籍しているという。

 

―素晴らしいですね!今後の目標を教えてください。

馬淵さん:「100億円企業です。年間5〜6店舗のペースで出していけば、あと10年で達成できる計算です。ただ、今の僕らの業態はターミナル駅でしか受けないという弱みがある。もっとインフラに近い、食事系の業態も必要なんですけど、僕には今っぽいのしか作れなくて…」

 

―なるほど。その目標となるとそれは課題ですね。

馬淵さん:「はい。なので、この記事で募集したいんです!うちで業態を作ってくれる方を(笑)!イタリアンでも、オールデイダイニングでも何でもいい。社員でもコンサルの方でも我こそは!という方、ぜひ手伝ってください!マジで助けてほしいです(笑)」

Point👉最後にまさかの人材募集で締めくくった馬渕氏。ちなみに、独立してから肺気胸を患ってタバコをやめたことで太ってしまい、そこから「ナチュラルにブラッシュアップした」という顔のメンテナンスについても、正直に語ってくれた。業態も顔もブラッシュアップし、常に進化を続ける彼が率いるLINK STYLE。10年後、本当に100億円企業になっているのか、その挑戦から目が離せない。

 

―ありがとうございました!

 

編集後記

私が抱く馬淵さんの印象は、一見すると華やかで、少しチャラチャラしているようにも見える外見とは裏腹に、実はとても慎重で芯が強く、そして何より心から「飲食店が好き」な人だということです。自社の強みや戦い方を冷静に理解し、成功確率の高い場所を見極めて勝負する戦略家である一方、創業期に会社が崩壊しかけた経験を経てアップデートしてきた、本質的な「居酒屋らしさ」へのこだわりは徹底しています。実際にお店に伺っても、その姿勢には一切の妥協を感じません。

今回、今後の展開についても伺いました。これからどんな成長を遂げ、どんな店を生み出していくのか。馬淵さんのこれからをワクワクしながら、応援していきたいと思います。(聞き手:大山 正)

 

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