

1982年東京都生まれ。成蹊大学卒業後、各種広告関係営業、外食企業のプロモーション・広報を経て、2014年1月、31歳で外食メディア「フードスタジアム」フードスタジアム株式会社 代表取締役就任。飲食店若手経営者の会「外食5G(現JFRX)」初代サポーター企業リーダー。2020年3月、株式会社ミライーツを設立。飲食業界における幅広い人脈、情報を持ち、飲食企業のサポートに従事する一方、本連載「Next Chapter 経営者たちの未来図」では独自に記事の取材・執筆・文責を手掛ける。

仙台での成功、そして東京での挫折。ジェットコースターのような日々
――今日は林さんにの兼ねてから計画されていたという新しい事業展開について伺いますが、まずは少し時間を遡らせてください。東京1号店の頃から取材やPRなどでお世話になっていましたが、コロナ禍直前あたり、いろいろな動きがあったと思います。あの頃はどんな状況だったんでしょうか?
林さん:ああ、バイアウトする前の頃ですね。今だから振り返って言えるんですけど、あれはもう結果的には「田舎で勝ったお兄ちゃんが東京に出て浮かれてただけ」って感じですね。マーケットと戦い方が全然違ったんです。
――と言いますと?
林さん:仙台で7店舗やって成功した勢いで、中目黒に店を出したんです。そこまでは同じやり方でうまくいった。でも、そっからが問題でしたね。僕の特技って、小箱の店を一個一個違うブランディングで作って、一つの街に3つくらい置くことなんです。人も回るし、ゼロからイチを生み出すのが得意だったんです。中目黒まではそれがハマったんですけど、10店舗くらいになったときに、1店舗あたり300万、400万しか売上がない、、と、、。トータルで年商が5億になったと言っても、毎日やることがいっぱい、、で疲弊して、毎日終わっちゃう。
【当時のフードスタジアムヘッドライン】一号店目の「屋根裏のパリ食堂(現在も別法人にて店舗継続中)」のブレイクを引き下げてオープンした「港町バル」も大ヒット!林さんのフラッグシップ店となった(2012.12.10)
地方で5店舗やるビジネスモデルなら、儲かるし、お客さんも回せる。でも、東京は違った。そこで僕は焦って、商業ビルのオファーに手を出してしまったんです。初期投資をガツンとかけ出したあたりから、ちょっと形が崩れてきましたね。
――はい、当時精力的に開発を進めていたあの商業施設ですね。その商業ビルへの出店がターニングポイントになったと。
林さん:僕らの世代って、商業ビルに出してなんぼ、みたいなロールモデルがあったんですよ。街場で勝負して力をつけて、商業ビルで勝ちまくる、みたいな。それに挑戦してみたかった気持ちはもちろんありました。お上りさんだったんで(笑)。そうこうしてるうちに、稼ぎ頭だった仙台の店とのリレーションが合わなくなってきて。歯が抜けるように一人減り、二人減り…と。
――そうなんですか!それはマネジメントの問題ですか?
林さん:はい。。まったくできなかったですね。ちょうどスマホやLINEが流行りだした頃で、マネジメントもDX化しなきゃいけなかったのに、完全アナログのまま。店舗同士のつながりもなくなって、僕はただ火消しに走るだけ。「なんで辞めるの?」ってことの繰り返しで、行ったり来たりで疲弊して。その頃から傾きだしたんです。今思うと、自分のバリューはゼロイチ(0→1)なのに、店舗展開っていう登れない山に登って、降りられなくなってた。資金繰りと「何かすごいことやらないと忘れられるんじゃないか」っていう東京ならではの恐怖感。もう止まれなかったですね。借り入れもスタッフも増えて、僕自身も現場に行きたくなくなったり…。急激な拡大でよくあるパターンですよね。
――それで、お店を売却していく流れになったんですね。
林さん:はい、じわじわと。M&Aの知識もないのに店を小分けに売ったりすると、入金のタイミングが1ヶ月ずれるだけで大変なことになる。キャッシュフローが回らなくなって、繁盛店は持ってるのになぜ?って状態でした。商業ビルを2つ3つ撤退すると、その負債(撤退費用など)が残る。過去の失敗の負債に、繁盛店の利益が吸い取られていく。現場の子たちにボーナスも払えない状態になって、それが2年ぐらい続きましたね。もう、いっぱい、いっぱいで、疲れちゃったんです。
――なるほど。バイアウトは楽になりたい、という気持ちが強かったのでしょうか?
林さん:はい。それで、大手コンサル会社に「会社を丸ごと売りたい」って相談したんです。でも、査定してもらったら「債務超過かもしれない。無一文か、マイナスになる可能性もある」って言われて。それでもいいから、もう疲れた、と。面白かったのは、相談しただけなのに、次の日にはM&Aのリストにうちの会社の名前が出回ってたんですよ。「林デザインオフィス、M&A!」って。東京ってすげーな、こわっ!て思いましたね(笑)。そこからいろんな人が店を見に来るようになって。
――最終的に、StyLe社の石川さんが引き受けることになったわけですよね。
林さん:はい。最初は断られたんです。「商業ビルは重い」って。でも僕が直接、決算書を持って事情を赤裸々に話したら、引き受けてくれることになりました。ただ、そのM&Aのプロセスの最中に詐欺まがいのトラブルがあって…。昔、売った店の契約で連帯保証人になっていたのが、今になって出てきたり。。。なんで今?みたいな。でも今思うと、あれは神様のいたずら。そのトラブルのタイミングが1ヶ月早かったら会社を売ってなかったし、1ヶ月遅かったらもうどうにもならない状態だった。本当にギリギリのところで、一度契約を白紙に戻して、会社を清算して、きれいにした上で買い取ってもらう形になったんです。
――会社を清算し、ご自身もゼロになった、と。
林さん:そうです。もう完全にゼロ。そこからスタイル社に入社するかたちで面倒を見ていただきました。仕事も、スタイルの社内に私の得意な分野を活かした「FC事業部」みたいなのも立ち上げさせていただきましたし、当面落ち着くまでは社宅を用意していただいたり、石川さんには本当に感謝しかないです。厳しかったですけどね(笑)。
すべてを失い、海外へ。そこで得た『最強の武器』
――StyLe社で1年ほど働かれた後、コロナ禍に突入します。そこからはどんな動きを?
林さん:StyLe社を辞めて、ゼロからやり直そうと業務委託で「やまなし(別法人で継続中)」という店舗を始めたんです。やっと軌道に乗ってきたと思ったらコロナが直撃しましたが、無借金だったんですぐに運営から撤退しました。その後は、作り置き惣菜の東大発ベンチャーで現場監督をやったり、稼働していない店舗スペースを使いデリバリーの立ち上げの企画をしたりしていました。現場ができるんで、有事(コロナ禍)の時はどこ行ってもそこそこ重宝されましたね。
――そこから、海外に行かれるわけですよね。
林さん:はい。コロナ禍のピークで、どうしようかなと。もう日本を捨てるぐらいの気持ちでした。新しいチャレンジがしたいっていう欲求が強いタイプなので。
――東南アジアでしたよね。そこではどんなお仕事を?
林さん:不動産のディベロッパーです。街づくりの仕事。これがもう、とんでもなく厳しくて。毎日、朝から晩までExcelを叩いて、10年単位の計画を立てるんです。しかも全部英語で、ドル建てで。コンクリートの量を計算したり、英語で交渉したり…。ボスがめちゃくちゃ怖い人で、恐怖の中で生きてました(笑)。でも、今の僕を作ってくれたのは、間違いなくこの半年間の経験です。本当に感謝しかないです。恩師に向けてどこかでこの記事が目に入ることを願って。「菅原さん、その節は本当にお世話になりました。今日の僕があるのは、あの地獄のような会議、異国でブチギレてる戦いの毎日、のおかげです。感謝しかありません。本当にありがとうございました。」
――その経験が、どう今につながっているんですか?
林さん:まず、資料作成とプレゼンがめちゃくちゃうまくなりました。あと、契約書を一字一句見落とさなくなった。海外の現場って、ミーティングの1秒前まで準備して、どんな質問が来ても答えられないと殺される、くらいの緊張感なんです(笑)。みんな自分の身を守るのに必死で。40過ぎまで、ちょっとセンスがいいだけでやってきた自分がコロナ禍で異国にぶち込まれた半年で、こんなに成長するんだって驚きました。
――すごい経験ですね。まさに人生を変えた半年。
林さん:はい。それで日本に帰ってきて、今度は飲食店の「立ち上げ屋」を始めたんです。同世代の飲食店社長たちから、店舗立ち上げを手伝ってほしいって声がかかるようになって。東南アジアで培った交渉力とか、契約書を読む力とか、裏側の調整能力が、商業施設の案件でめちゃくちゃ活きたんです。過去の経験が全部つながった瞬間でしたね。
「なんで?」という怒りが原動力。元・飲食店オーナーが不動産屋になったワケ
――そして今回、ご自身で宅建業の免許を取得して「フォレストエステート」を立ち上げられたとお聞きしました。これはどういう経緯だったんですか?
林さん:きっかけは、怒りです。ムカつきと怒り。
――怒り、ですか。
林さん:はい。コンサルとして飲食店の立ち上げに入る中で、テナント仲介の裏側、不動産業界の闇みたいなものが見えてきたんです。飲食店オーナーの目線から見たときに、「なんで裏側ではこんなことになってるんだ?」って。不動産って、飲食ビジネスの一丁目一番地じゃないですか。なのに、そこが一番ブラックボックスにされている。この現状はおかしいだろ、と。
――なるほど。当事者として感じた課題意識が原点なんですね。
林さん:そうです。それで自分で不動産免許(※宅建業免許)を取ってやろうと、取得しました。(宅地建物取引業免許 東京都知事(1)第114218号)素人がゼロから立ち上げるのは、知識においても資金においてもハードルは高かったです。しかし、こちらは海外で鍛えられた身体、「ひたすらかじりついて調査」「納得いかないもんは行政だろうがとことん鬼詰め」「書類の山に興奮する性癖は海外仕込み(笑)」、アドレナリンを放出しながら。事業構想から半年で、取得することができました。時期を合わせて、不動産の知識も深まり始め、業界自体がブラックボックスになっている歴史的な背景とかも分かってきたんです。でも、やっぱり変えたいと思った。これからの不動産屋って、ただ物件を紹介するだけじゃなくて、何かに特化しないと生き残れないと思うんです。僕らの場合は、もちろん『飲食』。完全に飲食店の人がやってる不動産屋。今まで、ありそうでなかったでしょ?
『契約してからが始まり』。飲食人に寄り添う、新しい不動産屋のカタチ
――「飲食店の人がやってる不動産屋」、具体的には何が違うんでしょうか。
林さん:普通の不動産屋さんって、契約書にサインして、お金が着金したら終わりじゃないですか。「頑張ってくださいね、何かあったら声かけてください」って。でも僕らは、着金してからが始まり。「よし、始まったな!」って感じなんです。
――確かにそのイメージはありますよね。「貸して終わり」ではない、それは心強い。
林さん:これ、僕の原体験につながるんですよ。27歳で初めて仙台でカフェをやったとき、カフェでのウェディングパーティーの先駆けみたいなことをやってたんです。他社ではあまりなかった、パーティーの打ち合わせや、企画立案、アフターケアとにかく熱心にやっていたら、お客さんから感謝の手紙をもらったんですよ。それがめちゃくちゃ嬉しくて。部下にも「お客さんから手紙をもらったら一人前だ」って言ってたぐらい。今の仕事って、感覚的にまったく同じなんです。契約してもらって、その後も関係性が続いていく。この前も、あるお客さんから「ご飯食べ行きましょう」って誘ってもらったんですけど、僕にとっては、それが手紙をもらったのと同じくらい嬉しい。「模擬試験に合格した!」みたいな気持ちでしたね。
――素晴らしいですね。まさに原点回帰。
林さん:クレームでもいいんですよ。普通、クレームって書面で来るじゃないですか。でも、わざわざ会って言ってくれるなんて、最高じゃないですか。不動産屋あるあるですけど、契約後にトラブルが起きると電話に出なくなったりする人もいる。でも僕らは違う。相手が引くぐらい仕事するのが好きなんです。余計なことまで手を動かすのが好き。これも東南アジアで教わった「ひたすら手を動かす」っていう姿勢が身についてるからですね。
――新会社を立ち上げて半年ほど経ちましたが、率直に今、どうですか?
林さん:はっきり言って、絶好調です。自分でもびっくりするぐらい。この半年、どの交差点を曲がっても全部青信号、みたいな感じなんです。麻雀で言うと、ハイパイからずっとツイてる状態(笑)。どの判断をしても完璧にハマる。ここまで来れるとは正直思ってなかったです。
――では最後に、短期・中期の目標を教えてください。
林さん:とにかく、「東京で飲食店をやりたいなら、フォレストの林さんに相談したらいいよ」って言われるチームになりたい。飲食のこと、不動産のこと、なんでも答えられる。もちろん、分からないことは「分からない」って正直に言える。その上で、一緒に調べて考えてあげられる。飲食業の奥深さも難しさも、運やセンスが必要なことも、全部知ってますから。
今回、業界でも「この5人って仲良かったの?」って驚かれるような、そうそうたるメンバーが集まってくれたんです。このチームで、飲食業界に新しい価値を提供していきたいですね。
――ありがとうございました!
編集後記
林さんとは少し年齢は違いますが、どこか同期のような感覚があります(笑)。私がフードスタジアムで仕事を始めて最初にPRを担当したのが、林さんの「港町バル」でした。当時は、一号店から少し離れた中目黒の一等地に構えた2号店。しっかりと投資をして臨んだ、林さんにとっても実質的な“デビュー戦”のような位置づけだったのではないかと思います。オープン直後からメディアの取材が相次ぎ、瞬く間に繁盛店へ。その様子を、自分のことのように嬉しく感じていたのを今でもよく覚えています。その後は海外視察をご一緒するなど、公私にわたって交流を重ねてきました。そして今回の新たな挑戦についてもご相談をいただき、その事業が目指すミッションに深く共感したことから、私もお手伝いさせていただくことになりました。私は以前から、「創業者にもセカンドキャリアがあっていいのではないか」と考えることがあります。事業を立ち上げ、成長させた経験を次のステージで社会に還元していく——そんな新しい挑戦には、大きな価値があるはずです。まさに今、林さんはそのスタートラインに立っています。同期のような存在として(笑)、私も少しでも力になれたら嬉しく思います。これからの挑戦を心から応援しています。(聞き手:大山 正)
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