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インタビュー

「インバウンド富裕層を獲得するガストロノミー経済圏を日本全国に作れ!」日本ガストロノミー協会会長・柏原光太郎著『「フーディー」が日本を再生する!ニッポン美食立国論 時代はガストロノミーツーリズム』(発行日刊現代・発売講談社)の本質に迫る!


北陸オーベルジュ構想とは

――観光庁はインバウンド富裕層を「1回の訪日旅行で100万円以上使う人」をすなわち、高付加価値旅行者と定義し、その誘客に向けて集中的な支援などを行なうとしています。これを「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり事業」と定義しています。ちなみにガストロノミーとはフランス語で「美食学・美食術」の意味。「その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、その土地の食文化に触れることを目的として旅すること」をガストロノミーツーリズムといいます。一方、インバンド富裕層はスーパーヨットやプライベートジェットで来日するケースもあり、一晩で30万円、100万円を使うことを躊躇しないラグジュアリー(贅沢な、豪華な)層のことをいいます。政府も観光庁もこのラグジュアリー層の誘客に本腰を入れ出したのです。柏原さんは『ニッポン美食立国論』のキーワードは「美食」「フーディー」「インバウンド」「富裕層」「ガストロノミーツーリズム(美食旅行)」「ラグジュアリーツーリズム(富裕層旅行)」だという。柏原さんが取り組んできた「大軽井沢経済圏」の進行状況で、本書「美食立国論」の概要が見えてきたのではないでしょうか。「点」から「線」、そして「面」へと全面展開することで、インバウンド向けの新・経済圏が出現するのです。それでは次に、富山県を核に石川県、福井県、長野県白馬村、新潟県「北陸オーベルジュ構想」の概要についてお聞きします。

柏原――はい。実は私は祖父が富山県出身で様々な縁があって「とやまふるさと大使」を務めています。来年春、北陸新幹線は金沢から福井に延伸されます。これを機に福井県ではオーベルジュなどの建設が進んでいます。ちなみに北陸新幹線が延伸される福井県は軽井沢町と友好都市関係にあります。ところで、2015年に北陸新幹線が開通したとき富山県は石川県金沢市の通過駅になってしまい、観光客が来なくなるのではないかと心配されました。けれども開通すると富山県の観光客も増加、一番経済的に成功したのは富山県だといわれています。富山県は立山連峰、飛騨山脈(北アルプス)に囲まれた山国。人口は約101万人。しかしミシュラン付きレストランは20もあります。海、山、山菜の幸に恵まれ、料理人にも恵まれているからです。その象徴的な成功事例が「L‘evo=レヴォ」だったのではないかと思います。「レヴォ」はもともと富山市のホテル「リバーリトリート雅樂倶」のフレンチのシェフの谷口英司氏が始めたオーベルジュ(宿泊機能を持ったレストラン)です。谷口シェフは大阪府出身、和食料理人の父から基本を学び、高校卒業後板前志望でホテルに就職、28歳で渡仏、三つ星店で10年間修業して帰国、「雅樂倶」のシェフに就きます。当初食材はフランスや関西から取り寄せて最高の料理の提供に努めたそうです。ところが成果が上がらず悩んだそうです。ある時、富山市から車で1時間半もかかる南砺市利賀村に山菜を取りに行きます。利賀村は人口500人、岐阜県に隣接する標高1000メートル級の山々に囲まれた富山県内でも屈指の豪雪地帯です。主産業は農業、山菜の加工、岩魚の養殖などです。谷口シェフは利賀村の秘境感が気に入ります。またおばさんたちが採取する山菜や畑で作る野菜の新鮮なおいしさに感動、食材を利賀村産に切り替えて「雅樂倶」を成功させます。谷口シェフはやがて「ヘンタイ」(飲食業界でよく使われる言葉。「常識を超えた人」「天才肌の人」といった意味)の本領を発揮、利賀村への移転を決断します。約7500㎡の土地を購入、その敷地にレストラン棟、コテージ3室、サウナ棟、パン小屋など6棟から成る「レヴォ」を作り、2020年12月にオープンしました。当時はフーディーたちが片道1車線の曲がりくねった山道を運転して次々とやって来たそうです。開店の模様はSNSで世界に発信され、それを見てインバウンド富裕層がやってきます。こうして予約で6ヵ月先まで埋まるようになるのです。私は2021年に1泊2日で「レヴォ」を訪ねました。ディナーには猪、熊のジビエ料理のほか牡蠣、甘鯛など全て地元でとれた食材でした。現在、器や工芸品などもすべて富山のものを使っているそうです。

フーディーたちは「レヴォ」を発見したことをきっかけに、すでに知っていたのかもしれませんが、富山県全域に多くの美食があることを「発見」し、SNSに投稿、インバウンドを呼び込みます。たとえばワイナリー「セイズファーム」(2007年開業)は魚問屋「釣屋魚問屋」が氷見市の漁港で水揚げされる魚に合うワインを作りたいという思いから始まったワイナリーです。現在はレストラン、宿泊施設もあるオーベルジュも運営しています。また、岩瀬地区では地酒「満寿泉」で知られる桝田酒造店の5代目当主・桝田隆一郎さんが飛び団子「七福亭」、三角どら焼き「大塚屋」、日本料理「ふじ居」、寿司屋、居酒屋、蕎麦屋などを集めて“美食の宝庫”にし、“フーディーの聖地”に育てたのです。こうして富山の美食は点が線になり、面になっていきました。利賀村、氷見市、岩瀬地区の試みは周辺の人たちを動かし、富山全域に美食レストランなどさまざまな業種・業態が広がっていき、インバンドの取り込みに成功するのです。行政の力を借りなくても自分の地域を発展させたいと思えば、有志が動けば民間主導でも新しい経済圏が構築できるのです。それが食に関することであれば、今は世界中のフーディーが発見して、評価し、SNSで世界に発信してくれるのです。「レヴォ」の谷口シェフは私にこう話しました。

「僕は、レストランは大人の遊園地だと思っていますし、レストランにはそれだけの可能性がある。『レヴォ』の場所を使ってもっといろいろなことをしたいし、利賀村全体で新しいことをしたい。ここにたくさんの人が来て、利賀村のみんなが潤うようになってくれたらいいなと思います」
谷口シェフのようなひとりの突き抜けた存在(ヘンタイ)が現れ、それをフーディーが見つけ、アーリーアダプター(早期導入者)につながり、富裕層が行きたがる場所になります。これこそ私が提唱するトリクルダウンの理想形だと言えます。そして、このようになればガストロノミーツーリズムは促進され、さらにはラグジュアリーツーリズムを構築することができるのではないでしょうか。

さて、2024年春には北陸新幹線が福井・敦賀に延伸されます。2021年5月には「福井県オーベルジュ誘致推進事業補助金」(オーベルジュ補助金)が制定されました。その内容は「世界的に評価の高いシェフを有するレストランであること」「40㎡/室以上の客室を有すること」「Wi・Fiや多言語表示、キャッシュ対応など、国内外から観光客の受け入れ環境を有すること」――以上の3つを条件にして予算額の4分の1、最大2・5億円の補助を行うというものです。この補助金制度が発表されるといろいろなオーベルジュ計画が浮上してきました。敦賀市の海岸沿いでは三重県でリゾートを運営しているアクアイダニスが名乗りを上げ、福井の名門酒蔵・黒龍酒造は九頭竜川に面した場所に総工費10億円で、8棟の露天風呂付きのヴィラとレストランを保有するオーベルジュを建設。2024年4月の開業を目指しています。また、NTT西日本は坂井市三国湊エリアの観光まちづくりを推進する新会社「アクティベースふくい」を設立、町屋10棟を宿泊施設に改修し、町の中心にあるNTT局舎を宿泊フロントにリニューアルして、「町まるごとオーベルジュ」とする予定です。シェフには「オテル・ド・ヨシノ」で有名な吉野健氏を招聘し、三国湊の食材を活用した料理を提供するといいます。
越前ガニについては坂井市三国町の料理旅館「望洋楼」が一番有名です。望洋楼は約1年半休館し、全面改装、2021年11月にリニューアルオープンしました。以前は和風旅館でしたが、今度は洋風になりオーベルジュといったほうがよいかもしれません。

問題は富山県、福井県がフーディーや観光客の奪い合いをするのではなく、人気観光地の金沢や能登を要する石川県と手を組み、横断型のツーリズムを実現することです。ちなみに石川県小松市には2022年夏、「オーベルジュ オーフ」ができました。35歳以下の有望シェフコンクール「RED U-35」で優勝した糸井章太シェフを招聘、フランス料理を基本にしたイノベーティブ料理を提供しています。廃校になった小学校を改装して建てられたので話題を呼びました。隣の中学校も「酒造りの神様」ともいわれる杜氏、農口尚彦さんの酒蔵「農口尚彦研究所」に改装されています。2つの建物はフーディーの聖地のようになっています。

――なるほど。北陸オーベルジュ構想には新しくインフラを作っていく面白さ、ガストロノミーツーリズムの夢などが詰まっているように感じます。柏原さんにはほかにも瀬戸内海のラグジュアリーツーリズム、三重県~和歌山県の「美食街道」のことなど、いろいろ話しいただきましたが、紙面の都合もありあとは割愛させてください。なお、『ニッポン美食立国論』の骨子となる「第11章 美食立国として輝くために 地方創生と日本再生への提言」には柏原さんでなくては書けない内容が詰まっています。この第11章を熟読するだけでも本書を読む価値があると思います。

◎点ではなく面でツーリズムを捉える
◎必要なのは「いい食」「いい宿」いい観光」
◎一番のキーワードは「フーディー」
◎食に関する「ヘンタイ」を呼び寄せる仕組みを作り上げる
◎ヘンタイが作り、オタクが発見した美食の聖地をトリクルダウンで発展させる
◎ガストロノミーツーリズムからラグジュアリーツーリズムへ
◎都会のツーリズムは回遊型へ
◎ラグジュアリーな宿は「7・30・100」の壁を打ち破る努力を
◎日本の美食立国化で地方の生活水準を上げ、日本人も美食体験ができる循環を作り上げる

本日は大変ありがとうございました。

(取材=外食ジャーナリスト 中村芳平)

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