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インタビュー

「インバウンド富裕層を獲得するガストロノミー経済圏を日本全国に作れ!」日本ガストロノミー協会会長・柏原光太郎著『「フーディー」が日本を再生する!ニッポン美食立国論 時代はガストロノミーツーリズム』(発行日刊現代・発売講談社)の本質に迫る!

本書は著者の山小屋がある軽井沢町の再生物語が源流である。軽井沢町は東京の富裕層がほとんどを占める別荘族、先祖代々からの町民、移住者(新町民)の3者で構成されるが歴史的に利害関係が対立してきた。しかし軽井沢町全体として豊かになるべきだと、別荘族のリーダーが2010年頃40~50代を中心にした「しらかば会」を発足させ、協調、再生の方向を模索した。著者はこの会をベースに新しい経済圏づくりを構想した。要は軽井沢という「点」ではなく、県境や市町村のカベを超えて「線」でつなぎ、さらに食や観光資源などを車で2~3時間の距離で「面」展開する、ガストロノミー(食事と文化の関係を考察)ツーリズムの発想に行きついた。これを「大軽井沢経済圏」としてインバウンド富裕層を呼び込むことで豊かになろうというのだ。以来、10数年、軽井沢町を中心に「いい食」「いい宿」「いい観光」は充実、日本のガストロノミーツーリズムを牽引している。「しらかば会」の活動が本書を書く引き金になったという。


写真中央が柏原光太郎氏、向かって左がインタビューアーの外食ジャーナリスト・中村芳平氏、右がフードスタジアム主幹・佐藤こうぞう

柏原光太郎氏 略歴
1963年、東京生まれ。芥川賞作家の柏原兵三の長男。慶應義塾大学経済学部2年生20歳の時、旅行ガイド「地球の歩き方」に感化されてアルバイトで貯めた50万円でヨーロッパ45日間の旅に出た。最後にスペインバルセロナの安食堂で700円のおいしいワインと料理に出合ったのが“フーディー予備軍”になるきっかけだ。1986年文藝春秋入社、「週刊文春」「文藝春秋」などの編集部を経て新規事業開発局長を歴任、2020年にECサイト「文春マルシェ」を設立、2023年の定年退職後もプロデューサーを務めている。一方、隔年グルメガイド「東京いい店うまい店」の編集長を務め取材執筆しているうちに料理の魅力にはまり、娘の幼稚園からの弁当を毎日作るようになった。2018年にはスペインのサン・セバスチャン(ミシュランの星総計15)の世界一の美食倶楽部に倣い、同志10人と「一般社団法人日本ガストロノミー協会」(有名シェフ、メディア関係者などで構成)を設立、会長に就いた。食べログ「グルメ著名人」としてフォロアー5万2000人以上(全国3位)。「とやまふるさと大使」「食の熱中小学校」校長などを務める。

大軽井沢経済圏への道のり

――コロナが2023年5月8日から「5類感染症」に移行し、客足もインバウンドも回復してきたが、今度は円安による原材料高騰、人材不足などが“後門の狼”となって倒産する飲食店が増えています。そんな中で新刊『ニッポン美食立国論』は一晩30万円~100万円も使うインバンド富裕層を呼び込み、地方創生と日本再生を実現しようというスケールの大きな天下国家論だと思います。観光庁もインバウンド富裕層に狙いをつけました。2019年の訪日外国人数3188万人、その1%(29万人)に過ぎないのに消費金額で11.5%(5523億円)を使ったからです。観光庁は今年3月にはガストロノミーツーリズムのモデル観光地11地域を選定、資金なども含め集中的支援に乗り出しました。また、小池百合子東京都知事も「2030年までに東京を世界一の美食の都市にする」と宣言、その象徴として毎年5月に有明地区で大規模な「美食フェスティバル」を開催します。さらに大阪の辻調理師専門学校が連携協定を締結、東京学芸大学キャンパス内に校舎を建設、2024年4月に開校、生徒募集を始めました。このような外食業界の大転換期に『ニッポン美食立国論』が出版されました。何かきっかけがあったのですか。

(◆以下、直撃インタビューと『ニッポン美食立国論』の記事の引用で構成した)

柏原――はい。私は父が別荘を持っていた関係で子供の頃から夏には軽井沢で避暑、近隣の別荘族と交流してきました。軽井沢町は別荘族、先祖代々からの町民、移住者(新町民)で構成されています。別荘族は東京の富裕層がほとんどで、別荘は1万6000棟あります。7~9月の夏だけ避暑に行き、あとは空き家というのが一般的です。別荘族が収める固定資産税は莫大で、軽井沢町は長野県で唯一地方交付税を受けていない豊かな町なのです。町の予算の使い方をめぐっては別荘族と住民の間で何かと対立がありました。ところが10数年前から移住者が増え新町民と言われるようになると、みんなで軽井沢町を発展させていくにはどうしたらよいかと、協力する空気が醸成されてきました。別荘族の重鎮が「しらかば会」を設立、40~50代の会員を募りました。私も入会し軽井沢の将来について、意見交換し、新しい軽井沢のあり方を考えるようになったのです。これが本書を著す大きなきっかけになりました。

「KARUIZAWA」は日本では一番世界に知られたリゾートです。ちなみにコロナ前の2019年には軽井沢を訪れた観光客は850万人、そのうちの400万人は7月、8月に集中、軽井沢駅の周辺は人出でごった返し、タクシーは2時間待ちの惨状でした。バスなど二次交通が整備されていないからです。しかも観光客の大半は西武のアウトレットが目的の日帰り客です。レストランなど美食は充分にあるのですが、宿や観光施設が足りないのが弱点でした。実は軽井沢は2019年には沖縄を抜いて日本一のリゾートになるのですが、ブランド力は落ちだしていました。2015年には北陸新幹線が東京、長野、富山から金沢に延伸されましたが、一番速度の速い「かがやき」は軽井沢に停車しません。軽井沢の住民はみんな停まるのが当たり前だと考えていただけにショックでした。これが一つの危機感になり、別荘族も町民も新町民も軽井沢町全体の利益を考えるようになりました。具体的には滞在型の観光客をもっと呼び寄せて町全体におカネを落としてもらうのにはどうすればよいかということです。

そこから発想されたのが軽井沢単体の「点」でやるには限界があり、県境を超えて周辺の市町村(地方自治体)と連携し「線」を作り、加えて「大軽井沢」という形で「面のツーリズム」を展開したらどうか、ということでした。滞在型インバウンドとなれば車で2時間くらいの範囲は問題ありません。そうすれば軽井沢を中核に新・経済圏ができ、滞在型インバウンド富裕層を呼び込みやすくなります。大軽井沢としたのは軽井沢が日本一の国際リゾートとしてガストロノミーツーリズムの拠点にふさわしいからです。

大軽井沢経済圏を興すうえで重視した経済理論が安倍総理の時に広まった「トリクルダウン理論」です。英語で「徐々にしたたり落ちる」という意味で、富裕者や大企業が先行して豊かになれば、低所得者や中小企業にも富が波及し、その結果国民、国家全体が豊かになるという経済理論です。いろいろ反論もありますが経済はバラマキ投資やハコモノ行政では決して良くなりません。最も需要のありそうなところに集中して投資しないと成果は上がらないのです。そういう意味で観光庁がガストロノミーツーリズムのモデル観光地11地域を選定した際、県境を無視、発展可能性を秘めた場所を中心に選んだことは、従来の役所にない決断であったと思います。私の『ニッポン美食立国論』は大軽井沢経済圏を除いて、観光庁が選定したモデル観光地とほとんど重なります。

さて、軽井沢にはフーディーたちが注目するレストランがいくつもあります。もともとはホテルや海外、著名なシェフのもとで修業したシェフがレッドオーシャンの東京で開業するより東京の富裕層の出先機関である軽井沢で開業したほうがよいとやってきたからです。それが今や軽井沢がレッドオーシャンになり、新しく独立するシェフは軽井沢以外の周辺市町村で開店するようになりました。軽井沢に足りないのは「いい宿」「いい観光」でした。たとえばスキー場、軽井沢には人工雪の軽井沢プリンスホテルスキー場があるだけです。温泉もトンボの湯や千ヶ滝温泉などもありますが、クルマで2時間程度かけて移動すれば、群馬県の草津、万座、鹿沢などスキー場と温泉で有名なところはたくさんあります。また、長野県の千曲川流域には「千曲川ワインバレー」というワイン特区があります。2008年には東御市はワイン特区に認定され、新しいワイナリーを開設しています。上田市、小諸市、佐久市などもワイナリーを持ち日本ワインを作っています。御代田町にあった「メルシャン軽井沢ウイスキー蒸留所」は2012年に閉鎖され、ウイスキー製造は途絶えていましたが、同蒸留所最後のモルトマスターの内堀修身氏を顧問、同蒸留所ウイスキー・ディスティラーであった中里美行氏を工場長として「軽井沢ウイスキー株式会社」が発足、ウイスキー作りが始まっています。

「軽井沢には1泊100万円を超えるラグジュアリーホテルがないから、インバウンド富裕層が来る動機がない」と言われています。これまで日本のラグジュアリーホテルは1泊2食7万円のカベを打ち破れませんでした。しかし、瀬戸内海に浮かぶ小さな船宿「ガンツウ」は「1泊90万円~」、JR九州の「ななつ星in 九州」5日間(3泊4日雲仙コース157万円)という価格設定で成功しています。日本人富裕層でも1泊30万円を出すようになって来ており、インバウンド富裕層なら1泊100万円を出すでしょう。こういう成功事例を受けて、軽井沢では高級リゾート施設を運営するカトープレジャーグループが、高級旅館「ふふ軽井沢-陽光の風-」と「ふふ軽井沢-静養の森-」を建設中で、2023年冬開業予定です。一泊30万円を超すような価格が打ち出されるのではないでしょうか。また創業130年の万平ホテルも2023年から大規模改修工事を始めています。隣町の御代田には「THE HIRAMATSU」が営業しています。つまり軽井沢には「いい宿」「いいホテル」が増えてきているのです。

コロナ禍の3年間で「いいホテル」の条件にSDGs、ウェルネス(広義の健康志向)が大きなウエイトを占めてきました。このヘルス&ウェルネス・リゾートの代表がタイの「Chiva-Som(チバ・ソム)です。同リゾートでは滞在目的に合わせた滞在プログラムが用意され、ウェルネスコンサルテーションが行なわれます。インバウンド富裕層は1泊に100万円払ってでもSDGsなどの取り組みに敏感なホテルを選びます。そろそろ軽井沢にもSDGs、ヘルス&ウェルネスを重視した1泊100万円のラグジュアリーホテルが出現してもいいのではないでしょうか。

軽井沢はこの10数年で大きく変わってきました。ガストロノミーツーリズム、ラグジュアリーツーリズムにはアートの要素も重要です。2022年にはフランスに帰化した画家、藤田嗣治の作品だけを集めた「軽井沢安東美術館」、画家の千住博の作品だけを展示する「軽井沢千住博美術館」「軽井沢現代美術館」などがオープンしました。さらに課題だった二次交通、交通インフラもオンデマンド交通「よぶのる軽井沢」がスタート、400円で自由な場所で乗り降りできるようになりました。2023年に実施された町長選では軽井沢出身でありながら、海外経験の長い町長が誕生。これによって大軽井沢経済圏はいっそう進化し、具体化すると思います。

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