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ビール業界に精通する経済ジャーナリスト・永井隆の書き下ろしシリーズ企画第二弾!”ビール営業物語”【第3回】チームで勝つ!アサヒビール精鋭部隊、示村隼の奮闘と日常と


突然、超大手酒販店の担当に

「今度一緒にやることになりましたので、宜しくお願いします」
「示村、お前は勘違いしているようだ。俺のサブにつくのではなく、君は俺の後釜なんだ」
「エッ! そんな…」
アサヒビールの営業マン、示村隼は驚愕せざるを得なかった。入社後、中央支店に配属されて江東区を二年間担当。3年目を迎えたとき、「とてつもなく大きな酒販店を、一人で担当することになったのです」。
その酒販店は首都圏でも屈指の規模を誇り、都内だけではなく、神奈川、埼玉、千葉の飲食店にも取引を伸ばしていた。さらに、営業マンは若手を中心に35人もいた。
支店長がなぜ、経験の少ない自分を指名したのかはわからない。プロ野球にたとえるなら、4月の開幕第一戦の先発マウンドに先発経験がない若手投手を送り、そのままシーズンのローテーションに組み込むようなものだろう。
だが、サラリーマンもプロスポーツ選手も、辞令には抗えない。
前任者は「副課長」という肩書きを持っていたのに、示村はこのときは“ヒラ”である。そのせいかどうか、酒販店では奇異な視線が注がれているように、示村は感じた。一方、ライバルの三社は、担当にはベテランを揃えていた。
担当となったその日から、示村の手帳は黒く塗りつぶされる。予定の書き込みで、本人でなければ読めないほどに。
35人の営業マンは、それぞれに顧客をもっていた。そして次々に要求してきた。
「夜はいつあいてますか、示村さん。担当している、あの居酒屋に同行したいので」
「ちょっと待ってくれ。予定がつくれるのは、えーと、あと1カ月半先だ」
「マジッすか? ダメですよ、そんなの」
「そう言われても、あなたの同僚たちから頼まれて予定を入れていったら、もう一杯になっているんだよ。他の仕事で、ふさがっているわけじゃない」

個性の壁と時間の壁と。仕事はリズムで上昇

 電話も、35人から次々と入る。トータルすると1日に60本は受けた。中央支店で長い会議がある日などは、大変だった。会議中に携帯は、間断なく振動を繰り返す。放っておくと、履歴が消えてしまう。
トイレに立ち、短時間に処理するしかなかった。「あのワインを、例のお店に紹介しましょう」、「あの備品をどうしますか…」、「おしゃれなお店ですから、こんなメニュー提案をと…」。小さな話から、大きな案件まで、次々と入ってくる。
酒販店の営業マンたちは、示村だけではなく、ライバル三社の担当にも、日々コンタクトを続けている。
「ライバルに負けるわけにはいかない」
負けず嫌いな示村は思いを込めていた。

江東区のエリア営業だったときには、個性的な下町文化に示村はもまれた。酒販店の店主も、焼き鳥屋の親父さんも、ほとんどの客は示村の父親かそれ以上も年齢は離れていた。“言った言わない”にはじまり、独特の言葉遣いなど、最初は戸惑うことは多かった。営業マンとして、江東区の世界に入り込むのに、それなりの時間も要した。
一方、大手酒販店を担当してからは、超多忙になった。だが、営業マンから幹部から酒販店の社員はみな、ネクタイを締めていた。事務を担う女子社員は制服である。“文化の壁”はなく、仕事そのものはシステマティックに示村には思えた。しかも、営業マンたちのほとんどが、同じくらいの年齢だったのだ。
スケジュール、そして時間を管理し、示村はリズムをつかんでいった。
「示村さん。内緒だけどさ、キリンの営業が、“やっちゃった”よ。例の店で。だからさ、今なら確実にいける」
「よし、わかった。すぐに動こう!」
キーパーが飛び出してしまったゴールに、軽く蹴ってシュートを入れる要領で、示村はビールを切り替えた。

「ウチを軽視しているのかと思った」

 翌朝、中央支店の支店長を捕まえると示村は言った。
「今回は、時間もかかり、本当に大変でした。まさか切り替えてもらえるなど、思ってもみまなかった。もっと時間を要すると思い、これまで報告はしませんでしたが、奇跡に近い。酒販店の営業マンのお陰です」
大げさに話しながら、満足そうな支店長の表情を示村は観察していた。
担当して1年が過ぎた頃、酒販店の幹部からは次のように言われる。「最初、示村さんが担当できたとき、アサヒはウチを軽く見たのかと、思ったよ。何しろ、示村さんは若いしね。でも、いまわかったよ。なぜ、ウチの担当になったのか。
あなたは、若いけれど実力がある」
この瞬間、示村は自信を得た。ビールの営業マンとして、この先もやっていける。
そんな示村が、業務用大手だけを攻略する市場開発本部に配属されたのは、2013年9月だった。

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