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特集

【海外取材企画】フードスタジアム主催ポートランド・シアトル・サンフランシスコ視察ツアーレポート 第1回 ポートランド編〜その1〜

2015年月10月14日〜22日、今、最も注目を浴びる都市ポートランドを中心にアメリカ北西部の3都市を、飲食店オーナー4名にご参加いただき見て回った。視察テーマはずばり「イートグッド」。ツアーの模様を特集コーナーでレポートする。

ポートランド最大のサイダリーREVEREND NAT'S CIDERY & TAPROOM
REVEREND NAT'S CIDERY & TAPROOMオーナーのNat Westさん(左)と常連のお客さん(中央、右)
醸造スペースの一画にあるタップルーム。ここでしか飲めない限定のサイダーも
メニューでは、アルコール度数のほかにそれぞれの味わい、香りの特徴、原料などがしっかり説明されている
2015年3月にオープンしたブルーパブTHE COMMONS BREWERY
THE COMMONS BREWERYオーナーのJosh Grgasさん(左)とスタッフ(中央、右)
ベルギー、フランスの酵母で醸造したビール12種類を提供する
店の奥には広大な醸造スペースがある

(取材=望月みかこ)


第1回目は、ポートランド編〜その1〜。今回アテンドしていただいたのは、レッド・ギレンさん。クラフトビールを中心に、オレゴン州のお酒の情報発信を日本語で行うサイト「オ州酒ブログ」の運営や、現地で各種ツアーの企画・運営をてがけている。日本で「ポートランド」「クラフトビール」といえば彼の右にでる人はいない。4日間で40軒以上の飲食店やベーカリー、市場に足を運び、味わい、話を聞くという極めて貴重な経験をさせていただいた。なぜ世界は今、この街に熱い視線を注ぐのか。その秘密をさぐるため、ポートランドの「食」を巡った。

 

<ポートランドとは>

 

2年前ライフスタイル誌『POPEYE』(マガジンハウス)に特集されたり、同市を専門に取り上げたガイドブック『TRUE PORTLAND』(メディアサーフコミュニケーションズ)が出版されたりしたのが、日本でブームになったきっかけだ。その頃から、飲食やアパレルなど業界人以外からも広く注目を集めるようになった。この街のツアーレポートを書く前に、ざっくりとポートランドという街について説明しておきたい。

オレゴン州ポートランドはアメリカ北西部に位置する人口62万人の都市だ。ちょうど千葉県と同じくらいの人口規模。オレゴン州を南北に走るカスケード山脈やその美しさから「オレゴン富士」とも呼ばれるフッド山など、豊かな自然が周囲にあふれる。豊かな自然は、肥沃な土壌をつくり、滋味に富む食材を育てる。市内から車で20分も走れば、広大な田園風景が広がり、産地にとても恵まれた環境だ。夏はカラッと晴れる日が多いが、11月からの約5ヶ月間は雨季に入り、冷たい雨が降る。ポートランドに職人が多いのは、雨季の間、家にこもるから、という説もあるほどだ。
7〜8年前からメディアに「全米で最も住みやすい街」「全米でもっとも流入人口の多い都市」などに選出され、注目度が飛躍的に高まった。背景には、ニューヨークやロサンゼルス、サンフランシスコなどの大都市圏の物価の高騰がある。物価が高騰して住みづらくなった都会から、ポートランドに移住してくる若者も多いそうだ。

 

<ポートランダーにとって“CRAFT”とは?>

この街のお店はどこに入っても、ユニークでどこか人臭さが感じられる。店に入った瞬間の匂い、お客さんのにぎわい、スタッフの表情……。ひとつとして似たようなお店がない。彼らポートランダーが考え、実践する「クラフト」とはなんだろう?そんな疑問を腹にかかえながら、早朝から深夜までポートランドの食にたずね歩いた。

 

● 「好きなことをやる人」がCOOLな街

ポートランダーはGEEK(=オタク)であればあるほど、COOLと讃えられる—。そんな文化がここにはある。いいかえれば、自分の好きなことを徹底的に追求する姿勢がリスペクトされる街。だから、ポートランドの店はどこも個性的である。

なかでも強烈な個性が印象的だったのは、この街最大のサイダリー“REVEREND NAT’S HARD CIDERY & TAPROOM”だ。ノースイーストエリアの一画、薄暗い夜道、やわらかい電球の灯りだけにともされたタップルームが突然パッと浮かび上がる。店内では女性客がグラスを片手に楽しげに会話をかわす。通りかかれば入らずにはいられない、とても吸引力のある店だ。
日本ではシードルとよばれる、りんごを原料とした発泡酒を醸造するサイダリー兼タップルーム。「甘いお酒」というイメージがあるサイダーだが、ここのは違う。想像と期待のはるか上をいく。

12種類のサイダーをテイスティングさせてもらったが、こんなに味に幅と深みがあったのかと誰もが驚く。唐辛子やアプリコット、ホップを副原料に使用したり、ブランデーとミックスしたりと、つくりがかなり自由で挑戦的だ。これまでつくったサイダーのレシピは150を超える。発酵させるタンク一つ一つに“SIVA”や“RA”など古代神の名がつけられているのを見ると、この街らしいギークなオリジナリティを感じる。オーナーのNat Westさんいわく「僕は発酵オタクなんだ。去年は発酵させた肉を使って、サイダーをつくったんだけど、ありえないほどまずかったよ。(笑)今年は牛乳を発酵させてチーズをつくってるんだ」といたずらっ子の笑みを浮かべて楽しそうに説明してくれる。

サイダー人生がはじまったきっかけも彼の醸すお酒同様、想像と期待を気持ちよく裏切ってくれる。ある年、友人の庭のりんごの木がかなりの豊作だった。そこでNatさん、面白半分に大量の余ったりんごでいろんなものを作った。アップルソースやアップルパイ、アップルジュース……。それでも、りんごは減らない。悩んだ末、自宅の地下室で発酵させて、保存がきくサイダーにしようと決まった。これがつくるのも、味わうのも初のサイダーとなる。初めて味わうサイダーに「完全にハマってしまった」。以来、自宅のガレージでサイダーを8年間つくり続けた。2013年、プログラマーの仕事を辞め、念願の店をオープン。今では年間75,000リットル以上を醸造するポートランド最大のサイダリーだ。

2年ほど前からポートランドでもサイダー人気にじわじわ火がつきだした。今ではポートランドのビール市場のうち30%までシェアが拡大してきている。Natさんのつくるサイダーは日本へも、「ファーマーズ 枯れずのビア」を通じて輸出している。今後もっと増やしていきたいそうだ。サイダー天国のここに比べ、まだまだ飲む人が少ない日本。サイダーを広めるにはどうすればいいのだろう?「まずサイダー=甘いというイメージを取り除いてあげなきゃいけない。ぶどうがりんごに変わっただけで、基本はワインと同じ。いろんな味や香り、楽しみ方があるってことをしっかり説明する必要があるね」。確かに彼のつくるメニュー表や黒板には、ひとつひとつ説明が書いてある。「9: Rev. Nat’s & Clear Creek New World Pommeau – 15.8ABV  オーク樽で8年寝かせたりんごのブランデーと、とてもスパイシーなサイダーをブレンドしました。ちびちび飲むのが絶対オススメです」

 

誰よりも自分自身が好きなことを最高に楽しむ。これがポートランダーが実践する「クラフト」の第一条件らしい。楽しいから、つくるものの細部にまで徹底的にこだわる。店のストーリー設定やコンセプトから、外観、内装、メニューとすみずみまでつくりこむ。サイダーひとつひとつが説明されているメニューからも、つくったモノへの深い愛情が伝わってくる。彼のようなブルワーがつくったお酒は、飲む側も自然と楽しくなる。そこからお酒の魅力が伝わり、人の輪が広がっていく。ポートランドはそんなオーナーがつくったお店がたくさんある。「好きなことをやる人」がCOOLなのは、いつも魅力の発信源だからではないだろうか。

 

● 「誰もやったことがないこと」にこそ価値がある

もうひとつ、「クラフト」に欠かせない条件がある。それは「独創性」だ。彼らがクラフトにこだわるのは、自分という人間を、モノを通して表現するためだ。だからこそ、誰かの真似ではなくて、あくまでも「誰もやったことがないこと」に挑戦するのに至上の価値を見いだす。だが、それにはかなりの勇気と行動力が必要だ。ポートランダーの中には、輝かしいキャリアを捨ててまで職人になった人もいる。なぜ飛び込めるのか。サウスイーストエリアにある巨大なブルーパブ“THE COMMONS BREWERY”のオーナーJosh Grgasさんがそのヒントを教えてくれた。

Joshさんはまさにポートランド的COOLな人だ。銀行員だったが、デスクワークに向かないと悟り、あっさり退職。もともとビールが大好きで、自宅のガレージからビール造りをはじめたそう。最初のブルーパブを2011年にオープン。苦味が少なく、飲みやすいビールが幅広い層から支持され、たちまち人気店に。今のお店は今年の3月にオープンしたばかり。広さは5倍になったが、コンセプトはかわらない。“Gather Around Beer”=「ビールに集まれ!」だ。最近、ビールに対して真剣になりすぎたり、珍奇な副原料を使ったりして「個性的」であろうとするブルワーが増えてきたが、そうじゃない。「だれでもワイワイ楽しく飲めなきゃビールじゃない。ビールはソーシャル・ビバレッジなんだ」とJoshさん。

ベルギーとフランスの酵母で醸す12種類のビールは低アルコール、低IBU。ライトで飲みやすく女性にも人気だ。夕方ごろになると、広い店内はお客さんでぎっしりうまる。誰もが親しみやすいビール、だけどどこか新しくて、しっかり冒険はする。「ビールづくりにはサイエンス脳とアート脳、どちらも必要なんだ」。彼の言葉からは、常にクリエイティブでオンリーワンのブルワーでありたい、という思いが伝わってくる。その思いは、ちょっと変わったスタッフの採用方法にもあらわれている。欲しい人材は「ビールに情熱を注げる人」だ。それをしっかり見極めるために、会って話すだけの採用面接はしない。まず、ボトリング作業のボランティアを募集する。Joshさんも一緒に混じって作業する。作業に取り組む態度や表情、会話などから情熱があるのかを判断して、スカウトするのだ。

ポートランド市内には現在67ものブルワリーがあり、その数は世界一。かなり競争が激しそうだが、クラフトビール業界でやっていく秘訣は?
「僕は店を大きくするより、ただ自分の好きなものを作りたい。常により良いもの、クリエイティブなものを追求する。ただそれだけだよ。ポートランドではそれができるんだ。ここではみんな、お金儲けが第一じゃない。だから、同業者でも僕の理念に共感したら、一緒に楽しいことをやろうって『コラボ』につながるんだ」。

ポートランドが特別な街である理由の一つに「コラボ」がある。これについては、次回の「ポートランド編〜その2〜」で、詳しく取り上げるとして、ここには独創的なことや新しいことをやる人を応援する土壌がある。その証拠に、この街には神をも恐れぬ独創的なお店が山ほど存在する。

例えば、バイクとコーヒーを掛け合わせた“SEE SEE MOTOR CYCLES & COFFEE”。バイクショップなのに、コーヒーショプもはじめた理由をオーナーのThor Drakeさんに聞いてみた。「バイクが昔から大好き。だけど、バイクの世界は狭くて、しきいが高いだろ?コーヒーショップをくっつけたら、みんなもっとバイクに親しみやすくなるんじゃないかと思ってね。だから、バイク×コーヒーショップにしたのさ」と。実際、コーヒーショップをはじめてから、バイクショップの売上も上がったとか。ほかにも、待ち時間を快適に過ごせるように、洒落たカフェバーを併設したコインランドリー“SPIN LAUNDRY LOUGE”や、トイレから窓枠、ドアノブまでなんでも揃う非営利のリサイクルホームセンター“REBUILDING CENTER”など、どの店もとらわれない発想で「クラフト」を実践している。それが楽しくて、愛情が深いから、おのずとつくるモノはクオリティが高くなる。

この街には今まで誰もやったことのない実験的なことを面白がって歓迎するコミュニティがある。あくせく競争するよりも、楽しく共存する。これがこの街の文化を魅力的で特別なものにしているのだと思う。

(次回ポートランド〜その2〜に続く)

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