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特集

【新連載「大衆酒場の創世記」】第三夜 茅場町『ニューカヤバ』山本典子・服部容子

大衆酒場は、誰よりも優しい友人である。
寄り添い、身を委ねれば、すべての言葉に素直に耳を傾けてくれる。
洒落た警句や、野暮な横槍なんていらない。欲しいものはただ静かな慰安と、
挫けそうになる心を、少しだけ痺れさせてくれる幾杯かの酒だけなのだから…。

平成の世を席巻した名だたるチェーン店が崩壊して行く現代、
いよいよ「個店」の時代が始まろうとしている。
よその店にはない強烈な個性、徹底したホスピタリティー、
週何度でも通えるリーズナブルな価格設定…。
そのオリジンは、今も昔も人々を惹き付けてやまない老舗大衆酒場にあった。
友よ、すべての答えは昭和の黄昏の中にある。


客のストレスを軽減する自動販売機の効用

2人2ニューカヤバ銘酒コーナー(以下、ニューカヤバ)は、日本中が東京オリンピックに沸いた昭和39年の10月28日、日本の証券会社のメッカ兜町に近接する日本橋茅場町に生まれた。世界三大金融街の一つである兜町から茅場町界隈は、花王やカネボウ、ミツカン、様々な証券会社、東京証券取引所、そして、多くの中小企業が軒を連ねる江戸時代から続くビジネスエリアだ。

「元々、先先代からずっと交差点の方で酒屋さんをやってたんです。その後、そのそばで『カヤバ』という小さなお店をやって、それからここに移って来ました。ですから『ニューカヤバ』、昔らしいというか、昭和っぼいネーミングでしょう…」。
開店準備に忙しい母の山本典子さんに代わって、娘の容子さんが語り出す。少し早口で理知的な口調は、日本橋で三大続いた江戸っ子らしい意気に溢れている。

昔の自販機そして、『ニューカヤバ』の開店時には、この店の一大特長であり、最も優れたセールスポイントとも言える酒の自動販売機が登場する。開店まもない頃の黄昏時に撮られたモノクロ写真には、整然と並んで常連たちの到着を待っている、たくさんの自動販売機の姿が映し出されている。

「いちばん奥にあるさつま白波と壱岐の麦焼酎は創業当時のものですから、52年間頑張って働いてくれてます。昔はあれと同じような古いタイプのものが十数台並んでいて、当時は日本酒が主体でしたから、全部お燗とかもできる機械だったんです。
でも、年月と共に機械の調子が悪くなって、焼酎しか入れられなくなってました。
そしたら25年くらい前に、日本盛さんが手を挙げてくれて、ちゃんとした日本酒専門の酒販機屋で、お燗ができる機械を作ってくれたんです。もう1台の花の舞は、4年くらい前に作ってもらいました。で、金宮と麦・蕎麦・芋の、壁にくっ付いてるコンパクトなタイプの3台はウチがオリジナルで作ったんです」。

自販機1今では割り材のハイサワーやハイッピーと合わせて、人気ナンバーワンだという金宮の自動販売機は、すぐ近くに東京支社がある金宮の発売元、宮崎本店との出会いから生まれた。

「店先には出てませんが、毎日築地に買い出しに行ったり、販売機の製作からメンテナンスまで手がけて、裏のこと全般をやってくれているウチの旦那が金宮の東京支店長と意気投合して作ったんで、色と柄とか凝ってるでしょ。
金宮さんは、チェーン展開の居酒屋ではなく、個人経営の飲み屋を応援したいというポリシーがあって、その後も仲良くさせて頂いてます。ずっと昔から置いてあるハイサワーとの相性もいいし」。

そろそろ開店の時間だ。昼間はガレージだった一角に、赤提灯が提げられるとニューカヤバ開店の合図。客たちは自動車と自転車の合間を抜けて、馴染み深い大人のワンダーランドの暖簾を潜る。早くも、金宮の自動販売機の前には、小さな列ができている。みんな思い思いの濃さと、好きな割り材を選んで自分だけの一杯を作る。自動販売機は、ただ酒を売っているだけではないのだ。

外観1
「街の居酒屋でサワーや、ホッピーを頼んでも、どんな焼酎が入っているか分からないでしょ。でも、機械なら、金宮でも、麦でも、芋でも自分の好みを選べる。濃いのが好みなら、200円入れて焼酎をダブルにすればいい。ウィスキーも、バーボンやスコッチ、国産と銘柄が選べるから、好みのハイボールが作れます。オーダーが通り難かったり、ルールが難しいなどの接客ストレスもゼロ。1人になりたいお客さんにもぴったりだと思います」。

おまけに若い社員たちにとっては、上司や気が合わない同僚と来た時に、話しが長かったら自動販売機行きを理由に席を抜けやすいというメリットもある。一見、無造作で無味乾燥にさえ見える自動販売機の列は、実は客たちのストレスを軽減するための素晴らしい美徳だった。

 

 

客の童心に火を点けるセルフ焼鳥コーナー

「角打ち」とは本来、酒屋で量り売りされた酒を、四角い升の角に口をつけて飲むことから始まった言葉だと言う。昔から保健所の指導が厳しい東京ではあまり見られないが、今でも地方都市の酒屋では普通に見かける光景だ。

「私が子どもの頃の記憶だと、当時は酒屋で量り売りしていたので、試飲という意味で角打ちしていたんだと思います。今ではちゃんとした言葉になっていますけど、当時は試飲して、その場でちょっと飲んじゃってる的なノリ。で、その辺に売ってるツマミを食べちゃってますみたいな。だから、店側として積極的に商売してる、酒を飲ませているという感覚ではなかったと思います」。
焼鳥
保健所の指導もクリアし、いくつもの酒が選べて気兼ねなく寛げる自由な空間。
52年前にスタートしたニューカヤバは、正にスーパー角打ち、画期的なシステムだった。しかも、ここにはもう1つの店のホームラン・バッター、セルフ焼鳥台がある。今、昭和の雰囲気に憧れるのか、気軽さが受けているのか、立ち飲みがブームになっている。しかし、客たちが自分で焼鳥を焼く店は、まずない。

「ウチはやっぱり入りづらい店だと思うんです。駐車場の奥にあって、何やってるか分からない。入ってみると自動販売機が並んでて、焼鳥も自分で焼かなきゃならない。
でも、昔からずっと、みんな楽しんで焼いてくださるんです。やっぱり、客層の成せる技だと思いますね。ここは8割か9割がサラリーマン、ビジネスマンの方ばかりですから。みなさん、マジメでちゃんとした方が多いんです。最近はイカした音楽かけて、若いコがドッカンドッカンやるようなクラブ系の立ち飲み屋も多いと思いますけど、ウチは真逆で硬派な立ち飲み屋なんだと思います」。

創業当時からあるという焼き台、開店前に炭火を起こし、客たちの到着を待つ。葱を挟んだ国産の鶏肉は、街の焼鳥屋よりも大きいくらい、鮮度も見るからに新鮮だ。葱間も、つくねも、1本100円。カウンターで皿を受け取って焼き台に行き、炭火でじっくり焼き上げる。このクオリティを100円で提供できるのは、客のセルフ焼鳥という画期的なシステムの恩恵に違いない。まるでキャンプのBBQのように自分で焼く焼鳥は、ビジネス紳士たちの童心に火を点け、焼鳥コーナーは、いつも店いちばんの人気エリアだ。

「でも、ウチは焼鳥屋じゃなくて、飲み屋!と常に言ってて、すごく何本も食べてくれる方もいるんですけど、基本的に1人4本位までと決めています。そんなに焼鳥を食べたいんだったら、焼鳥屋さんに行ってください。焼き台も焼鳥も、気分良くお酒を飲むためのツールとしてある訳で、決しておなかを満たすためのものじゃないんです」。

 

男性専用車が守る正統な飲み屋としての空気

2人「飲み屋の役割っていうものがあると思うんです。それはシンプルに、飲んで、色々な1日の疲れを癒すという効果。だから、飲み屋は働いているおじさんたちのものなんです。やっぱりね、ご家庭には持って帰れないものをね、ここで出して置いてって欲しいんです。そうすれば、また次に行けるじゃないですか。だから、ウチはみなさん、いいお酒を飲んでらっしゃいますよ」

自宅と会社の間に立ち寄る大都会のオアシス、それがニューカヤバの存在だ。好きな酒を自販機で買って、好きなつまみをカウンターで選んだら、好きな場所に持って行って飲む、焼鳥だって自由に焼ける。でも、そんな平安なムードを乱す出来事が、店を不穏な空気で満たしてしまうこともある。不幸を繰り返さないために、ニューカヤバでは創業以来守られている1つの掟がある。

 

「最近は電車に女性専用車ってできたでしょ、ウチは52年来ずっと男性専用車なの」。

つまり、女人禁制。女1人や、女性同士の客が男性で満員の店に入ってくると、一瞬にして店の空気が変わってしまう。リラックスして飲んでいた男性たちの、寛いだ雰囲気が壊れてしまうからだ。だから、カップルや1対1の男連れ以外は入店不可。もし、女性が何人かいたら、最低同人数の男性がいなければ入店できない。

「基本的には相席でも、飲み屋っていうのは常に個人がバラバラじゃないとダメなんです。たまたま気が合うとか、取引先が偶然繋がっていたりとかで、多少盛り上がったりするのは構わないんです。でも、そこに可愛い女のコが入ったりすると、突然、場が盛り上がってしまう。お酒を奢ろうとする人とかが出て来たりして、そういう親父がいるんですよ、やっぱり。みんな、我も我もと話し出すから、だんだん声だって大きくなる。そうすると、周りで静かに飲んでいる方たちはイヤな感じになるでしょ。ここは店全体が相席だし、自由にウロウロできるから、一度店の雰囲気が悪くなると大変なんです」。

創業当時でも、いつもは客たちのマナーと品位に脱帽していると言う。

「ほんと、ちゃんとしてる方が多くて、日本人って礼儀正しくて凄いなぁと、いつも感動しています。飲食店が生き残って行くのが難しい時代に、変わらずやって行けるのは、みんなお客さんたちのおかげです。ウチみたいな個人店は頑張んないと!だって、チェーン店ばかりじゃつまんないじゃないですか。世の中が味気なくなっちゃう」。

「ウチは夏休みとかも別にとってないし、52年間で休んだのって、ウチの父親が死んだ時ぐらいなんです」

「違うわよ!休んだわよ、2日間。インフルエンザ!」
カウンターに惣菜を並べていた母の典子さんから、すかさず訂正が入る。

酒とつまみあ、そうそう、ウチの旦那とお母さんが同時にインフルエンザになったんだ。だから、52年間で休んだのは父の葬式5日間とインフルエンザの2日間、定休日以外は1週間だけ。ウチは母が頑丈で根性あるから52年も続いたんだと思います。それに、何と言っても、販売機がよく仕事してくれるんで!」いつのまにかニューカヤバの店内は、白いシャツを着たビジネスマンたちでいっぱいになっている。みんなテーブルの上に百円玉を重ねて、思い思いの酒を飲み、お袋の味みたいなツマミを楽しんでいる。焼き台ではワクワクしながら串と格闘している初老の男性と若い証券マン…。

窓の外に広がる川のように、ニューカヤバの夜は、今日も穏やかに流れている。東京のビジネスの最前線を支えているのは、大都会の片隅で男たちを慰安する、こんな楽園の存在なのかも知れない。古くからの常連たちが送った赤提灯の背には、「冒険倶楽部」という文字があった。日本の最良の人材たちに、明日への活力を与え続ける小さなワンダーランド。老舗の大衆酒場に多くの人たちが惹き付けられるのは、決してお金では買うことができない。優しさと勇気を、そっと手渡してくれるからに違いない。

 

容子さん2

ニューカヤバ銘酒コーナー
住所:東京都 中央区日本橋茅場町2-17-11
電話:非公開
営業時間:17:00~21:00
定休日:土曜・日曜・祝日

■著者プロフィール 森 一起
1956年佐賀県生まれ。プロのミュージシャン、作詞家としても活動してきた異色のフリーライター。コピーライターやエディターとして、数々の有名誌を手がけてきた。現在は、「料理通信」やグルメ情報サイト「dressing」などで、飲食店を題材にした人気連載を執筆中。

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