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ビール業界に精通する経済ジャーナリスト・永井隆の書き下ろしシリーズ企画連載開始!”ビール営業物語”
【第1回】キリンビール「特殊部隊」に入った新人、安藤毅が動き出した…


「大切なのは、相手の会社を好きになることなんだ。好きになるとどうなるか」
「ハイ、…」
「相手を知ろうとするだろ。すると、その会社の多くの人たちと接点を設けていく。こうなると人間関係が築かれていき、社員になったつもりで営業をしていけるんだ」
「あの、噂で聞いたのですが、山本部長は営業先の人事異動を、その会社の社員より先に知っていたとのことですが、本当でしょうか」
「誰がそんなことを…、ハ、ハ、ハ。まぁ、そういうこともあったけどね」
若い安藤毅の言葉に、部長の山本恭裕(やすひろ)は照れたような笑顔を、一瞬だけ見せていた。
安藤は『人事情報といった経営層とのつながりばかりでなく、組合にも食い込んでいたと聞きましたが』と質問を続けたかったが、言葉にはしなかった。何しろ、目の前にいるのは、自分の新しい上司だ。何事も最初は肝心だ。

「特殊部隊に入るのは名誉なこと」

 江戸の昔から商家が立ち並んでいた日本橋小網町。古い建物が現存するのは、戦災の被害が少なかったせいなのだろう。この一角にあるのがキリン日本橋ビル。キリンビールの営業専門会社である、キリンビールマーケティングの広域販売推進第1支社と同第2支社がこのビルに入っている。この広域販売推進は、いつの頃からか別名「特殊部隊」とキリンの社内外で呼ばれている。
営業の精鋭だけを集めて上場する居酒屋チェーンをはじめ、老舗飲食店、レジャー施設、レストラン街、さらにはこれから成長が見込めそうな新興の飲食チェーンや新業態のお店などを専門に営業する部隊である。2支社4部の構成で、あわせると現在は約40人が在籍。最近は、女性営業マンの比率が高くなっているそうだ。
業務用なので売り込む商材は、ビールならば「一番搾り」である。
かつては、新規開拓専門のオフェンスとライバル他社から取引先を守るディフェンスとに分かれていた。が、いまは攻略も守りも同じ営業マンが担っている。勤務時間などの“縛り”は緩く、上層部からの干渉も受けない“アンタッチャブル”な部隊である。「特殊部隊に入ることは、キリンの営業マンにとっては名誉なこと」(同社の中堅営業マン)と言われる。
2014年9月の初め。安藤はこの時28歳。特殊部隊に入隊したばかり。ミーティング用テーブルで、上司の山本と対峙していた。
名誉ある新たな職場に配属となり、何でも吸収しようとするおう盛な意欲とそこはかとない緊張とを安藤は同時に覚えていた。「この人が、有名な山本さんか」と心のなかで呟く。
一方の山本は、部隊内では最年少(当時)である安藤と会話をしながら彼の人柄を観察し、即戦力としてどう起用していくべきか考えをめぐらせていた。1993年入社の山本に対し、安藤は2010年の入社だった。
さり気なく山本は尋ねた。
「営業は好きか?」
「もちろんです。マーケ(マーケティング部)に一年いましたが、その前は徳島支店で営業をしていました。特に、料飲店への“飛び込み”営業は大好きでした」

「のどこし生」がキリン入社のきっかけ

 特殊部隊に入る以前の安藤は、キリンビール本社のマーケティング部にいた。主力商品である第3のビール(新ジャンル)「のどごし生」のブランドマネージャーを、13年9月から1年間務めていた。
1986年生まれの安藤は、大阪府箕面市の出身。サラリーマン家庭で育ち、我が国で最も古い経営学部である神戸大学経営学部に進む。バレーボールサークルに所属しながら、ファミリー向けアパレル専門店で販売員のアルバイトに勤しむ。
「就職活動を前にして、『好きなものに携わって、ずっと働きたい』と考えました。何が好きなのかと自問したところ、僕のなかでは単純にビールだったのです。もっとも、学生時代はお金がなくて新ジャンルの『のどごし』ばかり飲んでいた。飲食店でサークルの仲間と生ビールを飲むために、バイトをしていたほどでした」
こう言って笑うが、販売員という仕事を通してモノを売る面白さもぼんやりとだが覚える。
就職活動に入る前年の08年9月に、予期せぬリーマンショックが発生する。安藤には2歳年上の姉がいる。姉は学生の売り手市場だった波に乗り、難なく就職を果たす。なので、「普通に就活をすれば、僕にも明るい未来は待っている」と考えていたのが、そう簡単ではなくなってしまった。
「大丈夫か、お前…」。専業主婦の母親は心配して声を掛けた。
それでも09年ゴールデンウィークあけ、希望していたキリンビールから内定通知が届く。大手4社でキリンを選んだのは、学生時代から「のどごし生」をたくさん飲むなど、馴染みが深かったのが大きかった。入社後、1年間にわたり「のどごし生」のブランドマネージャーを務めたのも、何かの縁だったのかもしれない。
それはともかく、09年はキリンが00年以来9年ぶりにアサヒビールを抑えて、ビール商戦でシェアトップを奪取した年だった(10年からアサヒに再逆転されるが)。また、09年7月にはキリンとサントリーの統合案が浮上する。だが、10年2月に統合交渉は破談してしまう。
会社も個人も激動を経た10年4月、安藤は入社した。同期は営業要員の事務系が60人、技術系が40人の合計100人。リーマンショックがあっても、採用を絞るようなことをキリンはしなかった。「同期は女子が多く、ほぼ半数います」。
キリンはライバル社と比べ研修期間が1年6カ月と長い。工場やキリンシティ、量販営業を研修として経験する。
そして11年6月、徳島支店に配属される。後に特殊部隊入りする安藤はここで、営業という仕事を身につけていく。

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