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ビール業界に精通する経済ジャーナリスト・永井隆の書き下ろしシリーズ企画連載開始!”ビール営業物語”
【第2回】キリンビール「特殊部隊」に入った新人、安藤毅が動き出した…


「帰れ!」
「失礼しました…」
仕込をしていた焼き鳥店のオヤジさんに一括されると、安藤毅は笑顔を残して風のように立ち去る。
キリンビール徳島支店に配属された安藤は、フィールドに飛び出していた。割り当てられたテリトリーは、県の西部地域。吉野川市鴨島町、三好市の池田町や祖谷地区などである。
平家の落人伝説が残る山間部までも、安藤は営業車で分け入っていく。軽自動車でさえ、すれ違うのが難しい細い道も戸惑ったのは最初だけだった。「お陰で、ドライビングテクニックは上がりました。一日に100km以上を走るのは当たり前でした」。
営業先は、酒販店と飲食店。卸にも先輩営業マンについたサブ担当として、時々足を運んだ。
このなかでも、特に“飛び込み営業”を求められるのは、ライバル社のビールを供している飲食店である。チェーン店はほとんどなく、老舗や大きな居酒屋から、オジサンが一人でやっている小規模な店まで多様にあった。

一日20軒の飛び込み営業

徳島県は人口が約76万人。県庁所在地の徳島市など大きな都市は東に集中し、県西部は高齢化と過疎化とが進んでいる。しかも、山岳地帯なだけに、移動に時間を要した。
それでも「平均すれば、一日20軒は飛び込んでいました」と安藤は話す。
最初は無我夢中で、飛び込んでいった。「コンニチハ! キリンビールです!」と。しかし、20軒中20軒で冒頭のように、“けんもほろろ”に断られた。「ウチは付き合っているビール会社がある。なので、一番搾りには興味はない」「いらない。もう来ないでくれ」「いまは忙しい」…。
飛び込み営業を伴うことは入社前から、わかっていた。その上で、1年半に及ぶ研修の後半には「早く現場に出たい」と願うようにもなっていた。シーズン開幕を前にした、ルーキー選手のように。だが、現実は想像していた以上に厳しかった。
安藤はショックを受けたものの、飛び込み営業という行動を緩めることをしなかった。
厳しい対応を受けた時には、「ライバル社の担当者はしっかりした営業をしているんだ。いつかこの店のビールを切り替えられるよう、自分も頑張ろう」と前向き、かつ冷静に捉えるようにした。
「まずは僕の顔を覚えてもらおうと、飛び込みを続けました。次ぎに、地域の情報を教えていただくという姿勢で、再訪を繰り返しました」
営業マンによっては、ズバリ「買ってください」「当社の商品に切り替えてください」と迫り、押しの強さで成果を上げるタイプもいる。この点、安藤はソフトに自分を知ってもらうというスタイルで、顧客との接点を拓いていった。スピード重視の強引な営業スタイルはとらなかった。前者が狩猟型なら、こちらは農耕型といった特性だろう。
飛び込みは、飲食店にビールを配達する酒販店にも向けられた。東京や大阪と比べれば、徳島県西部はコンビニが少ない。一般酒販店もそれなりにあって、地域社会において酒販店そのものが存在感を有していた。
断られても、相手にされなくとも、飛び込みという基本行動をビール営業マン安藤は継続させた。「飛び込みというのは、先方さんのお時間をいただくことなので、迷惑であるということを認識しながらやってました」と安藤。
仕込をする包丁の音で、先方の忙しさの度合を測れるようになった頃、ある変化が発生する。

「そうだ、安藤さんに相談しよう」

「安藤君のことを、〇〇酒販店のオヤジさんが褒めてたよ。若いのに腰が低く、誠実だって。昔のキリンとは、ずいぶん変わったとも言ってたよ」
「ホントですか…。私には何も仰ってなかったのに」
お好み焼き店を訪れると、いつもは「忙しい」と言うばかりで、相手にもしてくれない店主が、自分から話しかけてきたのだ。安藤の与(あずか)り知らないところで、物事が動き始めたのである。
Aさんとのやり取りが、地下水脈のような地域の人脈を介して、BさんやCさんに伝わっていく。同じように、居酒屋オーナーのCさんが「安藤、あいつはいいぞ」と誰かに話すと、同業者や関係者に伝わり評判となり、地域から安藤は受け入れられていったのだ。農地を耕し続け、諦めずに種をまいていれば、必ず“芽”は出る、といった形だろう。
キリンと取引がない飲食店は、キリンについて何も知らない。「なので、営業を繰り返し、突破口を開いていく必要があるのです」。
徳島といわず、四国四県は愛媛県に四国工場を持つアサヒビールのシェアは高い。ターゲットは自ずとアサヒを扱う飲食店となりがちだが、生ビールの樽をキリンに切り替えてもらうのは容易ではない。一方で、キリンと取引がある飲食店を、ライバル社から防衛しなければならない。「切り替えよりも、まずは守ることが重要」である。
ただし、人間関係がある程度でも構築すると、例えばビールと焼き鳥のセットといったメニューの提案をして飲食店との距離を縮めていく。「東京の事例ですが、こんなセット販売で中年客に喜ばれて成功した事例があります」、と。ここで、サーバーごと樽を切り替えられれば完璧だが、前述の通りそうもいかない。そこで、「一番搾りの瓶ビールとセット販売してみては」とさりげなく提案し、認めてもらえることもあった。
「あいつに会いたい」「そうだ、安藤さんに相談しよう」などと、飲食店から思われるようなることが関係構築の前提だ。
瓶ビールの扱いを始めた飲食店には、お礼のためにすぐに再訪する。だが、ときには店主から先に、「安藤さん、今日は飲みにおいでよ」と誘いが入ることもある。店で店主と乾杯をする瞬間、「営業の至福を感じました」と安藤。

「成長企業の一助になれる」というやりがい

さて、ホワイトカラーの中でも営業職は比率は高い。“飛び込み営業”は30年前までなら、自動車セールスが代表だった。だが、自動車はいまや店舗での接客販売が主体になっている。一般家庭を夜訪するのより、来店客への接客販売の方が営業効率が高いためだ。が、もう一つ理由がある。「若い人が、飛び込みをやりたがらない。辛くとも飛び込みをしないと、営業の基本は身につかないのだが」(自動車のベテラン営業マン)。B to C(企業と消費者)の自動車営業に対し、ビール営業はB to B(企業と企業)という違いはある。それでも、基本活動である飛び込みが残っているのはビール営業の特徴だ。
安藤は言う。「ドアの向こう側にどういう世界が広がっているのか、知ることができるのは魅力。ワクワク感をもてる仕事です」。
一方、キリンビールマーケティング広域販売推進本部営業企画部長の西脇弥彦は、次のように話す。「量販営業の場合、例えば鈴木(敏文セブン&アイ・ホールディングス会長)さんのような巨大流通のトップには会えません。これに対し、業務用営業は経営者に会える。いまは小さくとも、これから成長していく外食チェーンのトップも含まれます。キリンが価値を提供することで、こうした新興企業の成長の一助となれるなら、営業担当者の役割は大きくなります」

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