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特集

フースタ繁盛ゼミ「飲食第五世代が見る飲食業界のこれから」パネルディスカッションレポート

飲食店経営者に向けて、よりハイレベルな店・会社・人づくりを目指し、フードスタジアムが毎月開催する「フースタ繁盛ゼミ」。2018年8月度のテーマは「飲食第五世代が見る飲食業界のこれから」。「第五世代」とは、若者ならではの自由な発想で店づくりを行う、30代前半までの若手経営者を指す。そんな第五世代を代表し、和音人代表・狩野高光氏とてっぺん代表・和田裕直氏による基調講演に加え、この2名を含めた計5名の気鋭の飲食店オーナーによるパネルディスカッションを行った。今回はパネルディスカッションの様子をレポートする。




 

【概要】
2018年8月30日開催
フースタ繁盛ゼミ「飲食第五世代が見る飲食業界のこれから」

《第一部:基調講演1》
独立わずか3年で7店舗展開!快進撃の秘密と繁盛店の作り方。
・株式会社和音人 代表取締役 狩野高光氏

《第二部:基調講演2》
居酒屋てっぺんに学ぶ!モチベーションの高いチームの作り方。
・株式会社てっぺん 取締役社長 和田裕直氏

《第三部:パネルディスカッション》
講師2名に加えて以下3名が参加
・株式会社Sunrise代表取締役 菊池厚志氏
・梅林株式会社 専務取締役 吉鶴拓也氏
・株式会社 國屋 代表取締役 國利翔氏

【パネラー紹介】



株式会社和音人 代表取締役 狩野高光氏
1987年1月8日生まれ。2015年に三軒茶屋で「和音人 月山」を開業し独立。その後も三軒茶屋で店舗展開を続け、創業から3年で7店舗を達成。そのほか、プロデュースも多く手掛ける。



株式会社てっぺん 取締役社長 和田裕直氏
1987年7月23日生まれ。数多くの独立者を輩出し、独立道場として知られるてっぺんに2009年入社、2016年には同社の取締役社長に就任。



株式会社Sunrise代表取締役 菊池厚志氏
1990年3月21日生まれ。2014年に川崎で「肉巻き野菜串 華火」を開業し独立。現在は川崎で3店舗を展開、11月には「炉ばた家 ○銀」もオープン。



梅林株式会社 専務取締役 吉鶴拓也氏
1989年1月23日生まれ。2009年に蒲田「梅林」を創業。現在は同エリアに3店舗を展開し、2019年にも、もう1店舗を開業予定。



株式会社 國屋 代表取締役 國利翔氏
1985年10月22日生まれ。2015年、絶好調から業務委託で独立、新宿に「ろばた翔」を開業。2019年1月に新店舗をオープン予定。



 

大山:フードスタジアム代表の大山です。司会を務めさせていただきます。本日は、期待の「第五世代」経営者として、皆さんにお集まりいただきました。ざっくばらんにお話を聞かせてもらえればと思います。では、最初の質問です。飲食業界において、この「第五世代」が担っている役割とはなんだと考えていますか?

菊池:「クールローカル」をキーワードに、飲食を通じて地域を活性化する役割を担いたい。僕らみたいな若い世代がやるからこそ盛り上がるのではと思います。これからは“個の時代”だと思う。だからこそ特徴を出せば頭ひとつ抜けることができる。今ここにいる5人、それぞれ好きな土地でドミナント展開をしているという共通点がありますよね。街で一番になれば知ってもらえるんです。狩野さんが三茶なら、僕は川崎で。

和田:「飲食ってかっこいい、飲食をやりたい」と思わせることが僕らの役割だと思います。「てっぺん」は独立道場として、多くの飲食店オーナーを輩出しているので、うちで夢を本気で追いかければ、社長、1億円プレイヤーだってめざせる。本当に頑張れば、それに見合った夢を叶えられるということ。今の時代は人が足りないというけど、飲食は夢のある業界なんだということを広めていきたいですね。

狩野:僕は「発信」が大事だと思っています。店を通じて、本物の食を伝えていきたい。種子法、ゲノムなど、世の中に食に関する問題は多く存在するのに、メディアは取り上げない。当社の店には何千人というお客さまが来るので、その人たちに料理を通じて正しい食の在り方を伝えていきたい。

あとは、若いスタッフによく言っていることなんですけど、僕らのよりも上、40代以上の人の世代って、飲食がとても盛り上がっていた時代を経験している。そのなかで実力がありながらも競争のなかで埋もれた人も多かったと思う。今は人材不足で、飲食業の全体的なレベルが下がっている。もし、今の人達がその時代にいたら、今こうして飲食業で活躍してなかったかもしれない。だから、僕は若いスタッフには「この環境に甘えるな」ということを言っています。少し努力をすれば、すぐ役職になれるけど、それは今の時代だからこそ。それに甘んじることなく、努力することは必要。そうすれば抜きんでることができると、常に若いスタッフには言い聞かせていますね。

大山:ありがとうございます。次の質問です。過去最大のピンチ・失敗談を教えてください。そしてそれをどう克服したかも。

國利:実は僕、店に入るとストイックになりすぎてしまうんです……。もっとこうしたい、ああしたい、というのが強すぎて、こだわりを仲間に押し付けてしまう。飲食業ではなにより人が大切なはずなのに、人を大切にできずスタッフが辞めてしまったことがありました。反省しています。

菊池:僕はビビりな性格なので、小さい失敗はたくさんあります(笑)。最大のピンチは……独立するときに自己資金が50万円しかなかったことですね。銀行に行っても、当然融資は断られる。でも、どうしても独立したくて50回くらい通ってくれたら800万円を貸してくれました。熱意の勝利です。



狩野:3店舗目の「ろんど」です。オープン当時、世は大衆酒場ブーム。立地も三軒茶屋のすずらん通りという、大衆的なお店の立ち並ぶ通りだったので、それにあやかって「ろんど」も大衆酒場業態にしました。そこにストーリーはなく、ただ乗っかっただけ。そうしたら大ゴケです。お客さまは来るのですが、人件費や材料費と売上のバランスがめちゃくちゃ悪くて利益が出ず、頭を抱える日々でした。そこで嫁に相談したら、「あなたが恰好いいと思うものをやったら変わる。時代に合わせるな」って言われて。単価を上げて本物志向の業態を変えたら、売上は倍に。周辺の店の雰囲気とはひと味違う店になりましたが、「すずらん通りにこんなお店が!」と驚かれつつも好評です。これが一番の失敗でしたね。

大山:ありがとうございます。では次は、独立するときの話を。これから独立したい人に向けてのアドバイスも兼ねて。皆さんはどのように独立準備をしましたか?

國利:僕は「絶好調てっぺん」などを展開する絶好調(東京都新宿区、代表取締役:吉田将紀氏)から、業務委託で独立しました。将来的に完全に独立することを見据え、店名は自分の名前(翔)を冠した「ろばた翔」という名前を、絶好調代表の吉田さんに付けてもらいました。投資回収がおおよそ2年半で終わり、そこから半年後に独立しました。僕は貯金が0、まったくない状態から少しずつ貯めていきました。独立というより、まだ片足独立のような感覚。最近、2店舗目の出店も決まってようやく落ち着いたという感じですね。振り返れば自転車操業でした。

吉鶴:僕も貯金0。包丁も握れないような状態から、現代表からお店をやるよと声をかけてもらいお店を始めました。お金・知識なしで始めたものですから、お客さまは1日1~2組、売上は1万円いかないときもありました。当然、休みなしで働きっぱなし。それが21歳〜23歳の頃。本当に勢いだけでした。いろいろな人に応援してもらって流れができてきて、今10年目を迎えることができました。



菊池:20歳で飲食業に入りました。22歳のとき、「てっぺん」から独立した「型無」の代表・矢野潤一郎さんに独立したいと相談しました。そこで矢野さんは「型無」に入って業務委託で独立することを提案してくれて。そうして先輩と2人で学芸大学に串焼きの店を始めました。その店をやっていく中で、徐々に地元が商売したいという気持ちが芽生え、そこから半年で自己資金を50万円貯めて、川崎でまた店を始めました。

狩野:皆すごい。僕が一番きれいに独立したのかも(笑)。独立前、当時彼女だった奥さんと毎月20万円ずつ貯めて、450万円を資金として用意しました。独立前にいた会社は3年間社員でやって、週1あった休日は派遣でいろいろな店のアルバイトをしていました。アッパーな店から、洗い場まで。そうして多様な経験を積んで、事業計画書もばっちり作って、日本政策金融公庫に融資をお願いしました。自己資金の倍額しか借りられないと思っていましたが、結果1400万円借りることができました。1店舗目の半年後というスピードで2店舗目の「GYOZA SHACK」を出店することになったのですが、その資金があったから出せたのだと思います。

大山:1店舗目の「月山」は、三軒茶屋でも店の入れ替わりが激しく、なにやってもダメな場所でした。だけど今や……大繁盛店!



和田:僕の場合は創業者ではないので、独立とは言いませんが、僕が社長になった経緯について。僕が社長になる前、僕含め3人の幹部がいました。2人はそれぞれ独立したり海外にいったりしたので、前社長の大嶋さんは消去法で僕を社長に選んだんだと思っていて、それがコンプレックスでした。7ヶ月ほど前、居酒屋で大将(大嶋氏)に意を決して「なぜ僕を社長に?」と聞いてみたんです。そうしたら「逆になんでだと思う?」と。まさか消去法とは言えず(笑)、迷った末に「可能性ですかね?」と答えたら、「お前から一発でその言葉出てくるとは思わなかった」と言われました。そのときから「可能性」という言葉をすごいと思うようになりました。僕は今、“本当の社長”になるために社長の修行をしているんだと思うんです。たとえばスタッフの採用時、その子が素晴らしいから雇うのではなく、これから素晴らしいスタッフとして成長してくれるという“可能性”を見て採用をします。出店も同じ。ここでなら繁盛しそうという“可能性”があるから出店する。これからの人生、「可能性」という言葉を大切にして生きていこうと思っています。

大山:業態開発やメニュー作りについて聞きます。新メニューはどんな考え方で作っていますか?参考にしているものもあれば。

和田:「餅は餅屋」の考え方で。自分ではなにをやって、なにを他人に任せるのかを選択する時代になるのではないかと思います。今まで、当社の武器は人の魅力でやってきた。といっても居酒屋。人だけでなく料理も大事です。だから料理ができる人と組まないといけない。自分にできないことをできる人と組むのは恥ずかしいことじゃない。そうして新しい「てっぺん」が見えていくと思います。

大山:ノウハウをシェアする、ということはこの世代の特徴かな。他はいかがでしょう?

菊池:「この街にないものを作る」というのが僕のポリシー。いろんな店に視察にも行きますが、一番参考にしているのは渋谷の「ジョウモン」。初めて行ったときは「こんなかっこいい居酒屋があるなんて!」と感銘を受けました。ベイシックスさんや楽コーポレーションさんのお店はよく勉強に行かせてもらっています。

当社のナンバー2がとりまとめ上手で、僕が視察で見たものを彼に伝えて形にしてもらっている。和田さんの話にあったように、任せられる部分は才能がある人に任せるというのは大切ですね。2018年1月にオープンした「魚炉魚炉」の看板は、溝の口で「ジョウモン」などを展開する佐藤大介さんに看板を書いてもらったし。僕、めちゃくちゃ他人に頼りまくっています!(笑)

吉鶴:地元のお客さまが「食べたい」と言ったものをメニュー化しています。地域の人のリクエストに答え、メニュー数を増やしていった。常連さんが「あのメニュー入れてくれてありがとう!」と喜んでくれる。うちは“地域の人のお店”という意味を込めてメニュー開発をしています。業態開発についても、菊池くんと同じく、地域の人にとって「こういう店があったらいいね」という考えで展開しています。地元の人と作り上げていくお店でありたい。



國利:メニューは、僕は凝ったものが好きではないんです。いろいろな定番品をそろえて、あえてフックがないようなお店にします。でも、定番中の定番であるポテサラも、うちはオーダー後に蒸したあたたかいジャガイモをつぶして作るなど、少しの珍しさを加える。「普通のものが普通においしい」というのは、簡単なようで案外難しい。

業態開発についても、最近は仲間を見ていると“シェアし合う”という傾向はすごく増えていると思う。菊池くんの「魚炉魚炉」は、開業前に菊池くんが炉端焼きを勉強するため、うちの店で1週間、働いてくれたんです。そこで得たことを生かしながら、菊池くんの色を出して店を作った。いろんなものをシェアしながら、自分の色を出していくことがこれからも増えるのではないでしょうか。

狩野:メニュー開発については、僕はよく星付きレストランに行って参考にしています。レストランは構築の仕方がうまいですよね。それを、僕は星付きレストランではなく街場の酒場でも食べられる品にアレンジします。例えば、レストランでヒントを得た品で、白レバーとあんこと自家製マヨネーズを挟んだどら焼きなどがあります。驚きのある品を心掛けています。

店づくりについては、「女の子を口説けるようなお店」というのは全店舗で意識しました。色気が大事。僕を見てもらえればわかるよね、僕自身、色気があふれちゃっている(笑)。

一同:(苦笑)



大山:はい、狩野さんありがとうございます(笑)。それでは最後に今後の展開を。飲食業界の未来について、思うことがあればお願いします。

狩野:農業、林業などを飲食とつなげていきたい。野菜の種や、農法などの正しい知識を広めていきたい。身体に入るものですから、責任を持って出せる産業に変えていきたいですね。

大山:三軒茶屋以外に出店の予定はありますか?

狩野:直営店は三軒茶屋でドミナント展開するのみですね。目の届かない範囲ではやりたくないです。それ以外のエリアでは、プロデュースなどで関わっていきたい。

和田:当社の目標は、100人の独立者を輩出し、会社をホールディングスにしたい。日本を明るく元気にできるように!「てっぺん」を守り続けていきたいです。

大山:店舗展開は考えていますか?

和田:渋谷あたりにもう1店舗ほしいとは思いますが、そのあとは独立道場として人の育成を。100店舗より影響力のある1店舗をめざします。

菊池:僕も変わらず川崎エリアで展開していきたい。今度はそば業態を考えています。僕の実家はそば屋で、人生で一番食べているのってそばなんです。以前、型無の矢野さんに海外へ連れて行ってもらったことがあるのですが、そばはまだまだ普及していませんでした。だから将来的には海外でそばを伝えたい。まず川崎でそば業態をやって、そこから海外に持っていく仕組み作りをしていきたいです。

また、これまで僕は飲食業界でたくさんの先輩から刺激をもらいました。飲食業界は「挑戦できるフィールド」であってほしい。だからまずは自分がいろいろなことに挑戦していきたいですね。

吉鶴:100年、200年続く企業を作りたい。当社は不動産もやっていますので、不動産、飲食、それと教育を事業の柱として、会社を作っていきたい。当社は蒲田、大田区エリアを中心に出店しています。日本の玄関である羽田空港の近く。世界につながるこの地から、飲食を盛り上げていきたい。

國利
:僕は目の前のお客に喜んでもらいたいという思いだけ。それほど大きな店舗展開は考えていません。直営は8店舗くらいが目標かな。

今後は、大衆酒場系の業態に加えて、僕がすしやそば、天ぷらが好きなのでそれらの業態を。単価5000円くらいのカウンターの店にしたいですね。まず高単価の店に行って、これをどう単価5000円の店に落とし込めるかを考えます。あと、うちの嫁、クセが強いので彼女の個性を生かしたスナックもやります(笑)。あとは、働くスタッフにやりたい夢があれば、それを叶えるための店も作りたい。

大山:今日ここにいる皆さん、30歳前後の若手経営者ですが、年齢は関係ない、熱い思いを持った人ばかりです。今日、「シェア」という言葉が何度か出てきました。これから情報は皆で共有して互いに高めていく時代。ぜひ、聴講者の皆さんも、この5人のお店に行ってみて、つながっていってください。本日はありがとうございました!

(取材=大関 愛美)

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