
1982年東京都生まれ。成蹊大学卒業後、各種広告関係営業、外食企業のプロモーション・広報を経て、2014年1月、31歳で外食メディア「フードスタジアム」フードスタジアム株式会社 代表取締役就任。飲食店若手経営者の会「外食5G(現RX)」初代サポーター企業リーダー。2020年3月、株式会社ミライーツを設立。飲食業界における幅広い人脈、情報を持ち、飲食企業のサポートに従事する一方、本企画では独自に記事の取材・執筆を手掛ける。
外食産業を覆う「数字の現実」
会場に静かな緊張感が漂う中、壇上に立った一般社団法人JFRX代表・狩野高光氏は、まず二つの数字を会場に投げかけた。

「60万」と「49万」
コロナ前に日本に存在していた飲食店舗数は60万店。それが今、49万店にまで減少した。たった数年の間に、11万もの店が消えた計算になる。閉じられたシャッター、更地になった路面店、再び火が入ることのなかった厨房――その数字の裏には、無数の物語が折り重なっている。そしてもう一つの数字が、さらに重くのしかかる。「644万」。これは日本が2030年に不足するとされる労働人口だ。飲食業界はもとより、一次産業、二次産業、サプライチェーン全体が、人手不足という構造的な問題に直面している。狩野氏が語ったのは、統計や予測の話だけではない。外食産業が今まさに岐路に立っているという、切迫した現実認識だった。そして、その現実に対して「どう経営するか」という問いへの一つの答えとして、この日のイベント「JFRX CSV AWARD2026」は開催された。
短期利益の罠――なぜ飲食店は消えていくのか
狩野氏は続けて、外食産業が陥りがちな「メカニズム」について言及した。コロナ禍における唐揚げ専門店ブームを覚えているだろうか。その前にはタピオカドリンクの大流行があった。これらは、ある意味で外食産業の「短期利益追求型」のメカニズムを象徴している。社会的なトレンドに乗り、素早く参入し、ブームが去れば撤退する。その繰り返しの中に、持続可能な経営の姿はない。
「そういった短期的な利益の求め方では、持続可能性のない飲食店経営になってしまいます」
狩野氏は静かに、しかし明確にそう述べた。ブームに乗ることの危うさ。目先の数字に囚われることの限界。それは、外食産業が長年繰り返してきた構造的な問題でもある。では、どうすれば持続可能な飲食店経営が実現できるのか。狩野氏が提示したのは「新しいメカニズム」という概念だった。
「集団行動の変化の前にある社会や経済、思想というものから唯一無二の業態開発や販売方法のイノベーションを起こしていくことで、新しい外食産業を作れると信じております」
社会の流れや思想的な変化をいち早く捉え、そこから業態そのものを再発明していく。それが、JFRX流の「新しいメカニズム」の核心だという。
「戦術」から「戦略」へ――JFRXの学びの設計
JFRXが提供する学びの場も、従来の飲食業界の勉強会とは一線を画す。狩野氏によれば、これまで外食産業における勉強会の多くは「戦術」にフォーカスしたものが中心だった。集客方法、メニュー開発、接客トレーニング、SNSの活用……いずれも現場の即戦力としては重要なノウハウだ。しかし、それらはあくまで「戦術」の次元にとどまっている。JFRXが重視するのは、その上位にある「ブランド戦略」であり、さらに企業の根幹にある「PMVV(パーパス・ミッション・ヴィジョン・ビジョン)」だ。加えて、マクロ・ミクロの環境分析を組み合わせることで、経営全体を俯瞰する力を養う。戦術を磨くことと、戦略を描くこと――この二つは似て非なるものだ。戦術はあくまで手段であり、戦略という「地図」がなければ、どれだけ優れた戦術を持っていても方向を見失う。JFRXの学びの場は、飲食業界に「地図を描く力」を育てることを目指している。
理念経営の時代――その成功と限界
経営の話を深掘りするにあたって、狩野氏はまず「理念経営」の歴史的背景を整理した。日本における理念経営が花開いたのは、特定の社会的条件が揃っていた時代のことだ。新卒一括採用、終身雇用、そして同質的な価値観――これらが当たり前のように存在していた時代、理念経営は非常に強力な経営手法として機能した。
「この時代は非常に社会課題が軽度だった。人口の増加、そして若者も多く、そして労働力はあまりにあまるくらい人がいた時代でした」
企業に人が集まり、同じ価値観を持った人材が長期的に組織に属し続ける。そのような環境では、創業者の哲学を核とした企業文化が自然に育ち、全社的な価値観の統一が実現しやすかった。外食産業における理念経営の浸透には、さらに固有の背景があった。制度の未整備を理念で補完するという側面だ。正式な教育システムが十分に整っていない現場において、理念は唯一の規律装置であり、現場スタッフの判断基準となっていた。低賃金・長時間労働という構造的な問題に対しても、精神的報酬、すなわち「この仕事には意味がある」「仲間と使命を共有している」という感覚が補填役を担った。狩野氏はこうした理念経営の強みを認めながらも、その裏面についても率直に語った。
「価値観の統一や教育の効率化、そして衝突の減少という様々な大きな強み、その裏には内向き化、形骸化、多様性に弱く、そして時代に非適合というような内向きの結束モデルとして理念経営は存在しておりました」
外部の変化ではなく内部の結束を優先する体質。掲げられた理念が実態を伴わなくなる形骸化。価値観の多様化を受け入れにくい構造。これらは、時代が変わるにつれて、理念経営の弱点として浮かび上がってきた。
コロナが変えた「統率の論理」
そして、コロナ禍という未曾有の出来事が、日本の経営文化に決定的な変化をもたらした。人口減少が現実のものとなり、人材不足は慢性化し、地域社会の衰退が始まった。価値観の多様化はさらに加速し、若い世代を中心に「働く意味」そのものが多層化していった。キャリアプランは一企業への長期帰属から、複数の仕事や活動を組み合わせた個人最適化の方向へシフトしている。このような状況において、理念だけで組織を統率しようとすることには限界がある。「価値観の多様化、そして働く人たちのキャリアプランの変化、働く意味というものも多層化していきました」と狩野氏は述べる。理念という「内的統合」の力が弱まっていく中、新たな統合の原理が求められていた。さらに外食産業固有の問題として、狩野氏は「育成の機能不全」と「労働制度の限界」を指摘した。人が集まらない、定着しない、育たない。この三重苦の中で、かつて理念が果たしていた役割を代替できるものが必要とされている。
CSV経営の台頭――「社会価値」と「経済価値」の同時創造
コロナ後の経営環境において台頭してきたのが、「CSV経営」という考え方だ。CSVとは「Creating Shared Value(共通価値の創造)」の略であり、社会的価値と経済的価値を同時に創造していくことを目指す経営哲学だ。企業が利益を上げることと、社会の課題を解決することを、対立するものとして捉えるのではなく、両立させることを目指す。狩野氏はこの潮流を「世界は共創価値経営というCSV経営へシフトしていっている」と表現した。欧米ではすでにCSVがブランド戦略の核となりつつあり、特にZ世代と呼ばれる若い世代は「理念よりも意味ある影響」を重視する傾向があるという。「理念よりも意味ある影響」――この言葉は示唆に富んでいる。Z世代の働く人々にとって重要なのは、会社が何を「信じているか」ではなく、その会社が社会に対して実際に「何を変えているか」だ。企業の行動が具体的な社会的インパクトをもたらしているかどうか。それが、若い世代が企業を選ぶ基準の一つになっている。こうした流れの中で生まれたのが「パーパス」という概念でもある。パーパスとは、企業が社会に存在する理由、つまり「なぜ私たちはここにいるのか」という問いへの答えだ。理念が内向きの価値観統合を目指すものだとすれば、パーパスは企業と社会をつなぐ外向きのメッセージだ。
「内的統合というものの理念というものから、外的統合、共創価値というものへ進化していく」
狩野氏はその変化をそう表現した。理念経営が「内向きの結束モデル」であったのに対し、CSV経営は「外向きの共創モデル」への進化形だという認識だ。
外食産業のポテンシャル――文化・行政・地域との連携
狩野氏がCSV経営を外食産業に結びつける際に強調したのが、外食産業が持つ独自のポテンシャルだ。
「外食産業においては、文化というものを軸にですね、行政や地域、観光、教育と連携が可能な産業だと僕は捉えております」
飲食店は単に食事を提供する場所ではない。地域の文化を体現し、観光客を惹きつけ、食育の場になり、行政の施策と連携できる可能性を持っている。地元の農家とつながれば一次産業の活性化に貢献でき、地域の伝統食を発信すれば文化的な継承にもなる。
「これからの日本に必要なのは、まさにこの食産業の進化だと自分は思っています」
この言葉には、外食産業に対する深い敬意と可能性への信頼が込められている。外食産業を、単なるサービス業として捉えるのではなく、社会変革の担い手として位置づけようとする視点だ。
渋沢栄一の言葉を借りて――「論語と算盤(ソロバン)」
狩野氏はCSV経営の本質を語る際、明治の経済人・渋沢栄一の言葉を引いた。
「渋沢栄一さんの言葉を借りれば論語と算盤、こういった考え方のもと経営を進めていくことが大切だと思っております」

論語と算盤――道徳(倫理・価値観)と経済(利益・実利)を両立させよ、という渋沢の思想は、現代のCSV経営の概念と通底している。社会的価値と経済的価値は相反するものではなく、むしろ相互に強化し合うものだという考え方だ。狩野氏はこれを「あり方とやり方」とも言い換えた。企業としての「あり方」(社会的価値、パーパス)と、具体的な「やり方」(経済的価値、事業戦略)の両輪を回していくこと――それがCSV経営の実践だという。
5つの価値の階層――機能的価値から文化的価値へ
ただし、狩野氏は社会的価値の重要性を強調する一方で、重要な留保も付け加えた。
「外食産業においてはお客様に与える提供価値というものには、この社会的価値だけでは語れないものがございます」
どれだけ社会的に意義のある取り組みをしていても、料理がまずく、接客が粗雑で、店内が不潔であれば、顧客はその店を選ばない。外食産業には、CSV経営の前提として、圧倒的な現場品質が求められる。狩野氏が示したのは「5つの価値の階層」だ。最も基底にあるのが「機能的価値」――QSC(クオリティ・サービス・クリーンネス)に代表される、飲食店としての基本的な品質だ。これを土台として、その上に「情緒的価値」が積み上がる。人と人との間に生まれる感情的なつながり、温かさ、居心地の良さといったものだ。さらに上には「体験的価値」がある。食事そのもの以外の、店に来ること全体の体験として記憶されるものだ。そしてその上に「社会的価値」が乗り、最終的に「文化的価値」へとつながっていく。

「この5つの価値の土台には人材育成というものがございます」
狩野氏はこう結論づけた。いくら高い次元の社会的・文化的価値を掲げていても、それを体現するのは現場で働くスタッフ一人ひとりだ。社員がその思いを持って働けているかどうか――それが、この5つの価値の階層を支える根幹にある。
「どれだけ社会的価値あることをやったとしても、そこで働く社員一人一人がその思いを持って働けているかどうかというのも非常に重要な点だと考えております」
社会的価値の追求は、現場の人間を置き去りにしては成り立たない。理念を掲げるだけでなく、その理念を日々の仕事の中で体現できる人材を育てること――それがCSV経営の実践において不可欠だという認識だ。
「百年企業」が体現していたもの
狩野氏はJFRXを設立する前年に「日本食文化百年研究会」という活動に取り組んでいた。その中で、百年以上続く企業の経営者たちから多くのことを学んだという。
「百年企業の共通点として、顧客との信頼関係、取引先との信頼関係、社員を大切にしていること、そして変化への積極的対応、地域社会への貢献。この5つに共通点を僕自身が感じました」
この5つの共通点を並べてみると、あることに気づく。それらは、CSV経営が目指している方向性とほぼ一致しているのだ。
「まさに百年企業こそCSVを実践している企業だと僕は思っております」
百年という時間を生き抜いた企業たちは、「CSV」という言葉もなかった時代から、その本質を実践していた。顧客を大切にし、取引先を大切にし、社員を大切にし、地域に貢献し、変化に適応する。それが結果として、百年という永続性を生み出したのだ。では、現代の外食産業においてCSV経営を実践するとはどういうことか。狩野氏の言葉を借りれば、「継続を前提とした思考」、すなわち「ゴーイング・コンサーン(企業の継続性)」の視点からサステナビリティを捉えることだ。
「選ばれる企業」と「消える企業」の分岐点
狩野氏は最後に、現在の外食産業が立たされている分岐点について、改めて率直に語った。
「まさに今、選ばれる企業と消える企業、そして選ばれる店なのか、消える店なのか、この瀬戸際に立たされている」
さらに、もう一つの危機的予測も示された。「食品税率0パーセント」が施行された場合、現在49万件の飲食店がさらに10パーセント減少するだろうという見通しだ。この厳しい現実を前にして、狩野氏が訴えるのは「思い・思想・価値の言語化と構造化」だ。
「今僕たちに足りないものは、思い、思想、価値というものを言語化し、体系化し、構造化していくことが大切です」
外食産業の人々は、情熱も思いも持っている。しかしそれが言語化されず、体系化されず、構造化されていない。だから伝わらない、共有されない、次世代に引き継がれない。加野はそこに、外食産業の課題の一端を見ている。CSV経営は、その「言語化・体系化・構造化」のための枠組みを提供するものでもある。社会的価値と経済的価値を同時に追求するという明確なフレームワークによって、経営者は自社の存在意義を言語化しやすくなり、スタッフはその意義を共有しやすくなる。
5年間の実践と、これからのJFRX
JFRX(一般社団法人)がCSV経営を学びの核に据え、こうしたアワードを開催してきたのは、今回で5年になる。その間、世界と日本のリーディングカンパニーたちは着実にCSV経営を実践してきた。短期的な利益最大化ではなく、社会との共創による持続的な価値創造を選んだ企業たちが、今まさにその強さを発揮しつつある。JFRX CSVアワード2026は、その流れの中に外食産業を位置づけ、実践的な取り組みを評価し、称えるための場だ。参加企業は1年を通してCSV経営に取り組み、この日の発表へと臨んだ。
「今日はJFRXの、JFRXを代表する企業の発表がございます。まさにこの5つがしっかりと満たされていて、さらには未来、この外食産業を牽引していくであろう企業さんの発表を皆様に感じていただき、そして率直な評価をしていただきたいなと思っております」
百年企業の5つの共通点――顧客・取引先・社員への誠実さ、変化への適応、地域貢献――を実践し、外食産業の未来を切り拓いていく企業が、この場で評価される。
おわりに――外食産業が「文化の担い手」になる日
11万もの飲食店が消えた現実。644万人という労働人口の不足という未来。こうした重くのしかかる数字の前に立ちながら、狩野高光氏は未来への可能性を語り続けた。外食産業は、単に「食事を売る産業」ではない。文化を体現し、地域をつなぎ、人と人を結び、社会を支える産業だ。その可能性を引き出すために必要なのは、短期的な利益の追求でも、一過性のブームへの乗乗りでもなく、社会的価値と経済的価値を同時に追求するCSV経営という姿勢だ。論語とソロバン。あり方とやり方。百年企業が体現してきた共創の精神。それは今も、これからも、「選ばれる店」を作り続けるための根幹でありつづける。JFRX CSVアワード2026は、その信念を共有する企業たちが一堂に会した一日だった。外食産業の厳しい現実を直視しながら、それでも未来を信じて経営に取り組む人々の姿が、会場には静かに、しかし力強く満ちていた。
「JFRX CSV AWARD 2026」受賞者

【CSV AWARD】
『地方からの逆襲』有限会社ワンマインド 林 海地氏(中央右)
【CSV AWARD特別賞】
『外食の未来を変えるデータ連携』 株式会社ファンくる 菅 航太氏(中央左)
「JFRX2026-2027」会員募集開始

新たに4月28日からJFRX2026-2027の会員募集も発表となった。毎月の学びを通じてCSV経営について学ぶことのできる好機となることであろう。詳細の問い合わせはJFRXのホームページまたは以下問い合わせフォームから。
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