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特集一覧

  • 飲食に関わる全てのプレーヤーを強力バックアップ!転職支援サービス「飲食マン」の挑戦に密着取材

    採用決定者へ支払われる20万円の入社支援金(*)など、これまでにないサポート内容で注目を集めているのが飲食業界専門の転職支援サービス「飲食マン」だ。同サービスの運営元は㈱OICY。大阪と東京二都市に拠点を置く食全般のプロデュース企業である同社取締役副社長COO山川博史氏に、自身のキャリアや、そこから昨年「飲食マン」スタートに至るまでの経緯、事業内容のポイントについて聞いた。
    *実質3ヵ月間の勤務完了後…
  • 【第1回生産地視察ツアー】千葉県山武郡横芝光町の生産現場をレポート!

    東京から車で1時間半、千葉県北東部に位置する横芝光町が見えてくる。国内最大の消費地・東京からほど近いこの生産地で、今、どんな取り組みがなされ、どんな変化が起こっているのだろうか。私たちの「食」を支えている生産現場を訪ねた。新たな栽培方法を開発し栽培するトマト農家、耕作地を次々と拡大していく若手農家、...
  • 【新・外食ウォーズ】「銀座から世界へ」――給食会社「LEOC」の国際展開の先陣として姉妹店「鮨 銀座おのでら」と香港、ハワイ、パリなどへ出店

     鉄板焼「銀座すみかわ」の親会社「LEOC」(本社・東京都千代田区大手町、会長兼社長小野寺裕司)の社名は「Life Expert Offer Contribution」の頭文字を取ったもので、「給食事業を通して社会に貢献する」という意味である。前身は83年4月に札幌市で設立された「株式会社メディカルサポート」(創業者:小野寺眞悟)。病院の給食事業を受託してスタートした。その後M&A(企業の合併・買収)戦略により規模を拡大、社会福祉施設、スポーツ施設、企業・学校などの食堂のフードサービスを提供、今では全国に2000ヵ所の事業所を展開する給食会社に成長している。だが国内市場が成熟化、競合が激化する中でLEOCは海外展開を模索した。一つのヒントになったのが09年11月国賓として来日したオバマ米大統領が「神戸ビーフ(鉄板焼)とマグロ(鮨)が食べたい」と異例の注文をしたことだ。LEOCはオバマ大統領が来店するような超一流の「鮨」や「神戸ビーフ」の飲食店を海外の主要都市に出店し、その国のVIP(重要人物)との人脈を構築し、その上で給食事業を展開できないかと考えた。こうしてLEOCは12年に香港、13年にハワイ、パリ、14年にロンドン、ロサンゼルス、15年にニューヨークに現地法人を設立した。そして13年4月、東京・銀座に「鮨 銀座おのでら」を開店、14年8月には「鉄板焼 銀座すみかわ」を開店。両店を給食事業の海外進出の先陣として香港、ハワイなどに出店し、大ヒットさせている。
     今回、銀座の高級クラブ「クラブ由美」の伊藤由美ママの紹介で、元ホテルニューオータニ鉄板焼料理長で、現在「鉄板焼すみかわ」の総料理長を務める神辺孝則にインタビュー、その修業時代と「鉄板焼 銀座すみかわ」の国内外展開の現況を聞いた。…
  • 【新・外食ウォーズ】「年商300億円のカベ」突破に向けてブランドの強化、新業態開発、海外・FC展開に取り組む サッポロライオン 社長 刀根義明(とね よしあき)

     サッポロライオンは03年のサッポロホールディングス(HD)の設立・事業再編に参画、上場を廃止した。以来、サッポロライオンとしての露出度は減ったが、グループ企業のサッポロビールとの協業、中長期的視点からの経営改革の推進など独自路線を歩んでいる。サッポロHDは09年にポッカコーポレーションと提携、13年1月には経営統合し、ポッカサッポロフード&ビバレッジを設立した。ポッカは1977年にシンガポールに進出、91年に「ポッカフードシンガポール」という外食店&生ケーキ販売店を設立、サッポロHDの経営統合を機に、サッポロライオンは「ポッカフードシンガポール」の事業を譲り受けた。これを引き金にサッポロライオンの海外展開が始まった。「日本のビヤホール文化を世界へ広げる」という方針で13年10月、ビヤホール「銀座ライオン」シンガポール1号店を開店した。これがヒットし現在2号店を展開している。サッポロライオンは15年には北海道・小樽のビアホール運営会社「ニュー三幸」を子会社化し、業容を拡大した。だが基幹店の「銀座五丁目店」と「新橋店」がビルの建替えで長期休業を余儀なくされた影響もあり、サッポロライオンの14年度の連結売上高は263億円(対前年マイナス4億円)、営業利益2億円(対前年マイナス1億円)にとどまった。「売上高300億円突破」を目指して、サッポロライオンの挑戦は続く。…
  • 【新・外食ウォーズ】ホルモン焼肉「伊藤課長」、ステーキなど肉の専門店業態、海外展開で反転攻勢へ――居酒屋苦戦を受けて つぼ八 社長 塩野入 稔

     創業42年を迎えた「つぼ八」(東京都中央区豊海町)が伸び悩む主力の居酒屋事業の立て直しと、ホルモン焼肉「伊藤課長」、「牛たん ささ川」、ステーキ店「ニューヨーク ステーキ ファクトリー」など、肉の専門店業態を開発・展開し、反転攻勢に出ている。「つぼ八」は居酒屋の神様の愛称を持つ石井誠二が1973年に札幌市西区琴似で、洋風居酒屋「北海道つぼ八」(店舗面積8坪)を創業したのが始まりだ。78年に北海道でフランチャィズチェーン(FC)展開を開始した。82年に総合商社のイトマンと合弁で東京に「株式会社つぼ八」を設立、全国展開に踏み切った。イトマンは85年に「つぼ八」の経営権を確立した。後にイトマンはイトマン事件で破綻し、住金物産が93年に吸収合併した。住金物産は2013年に日鐵商事と合併、現在の日鉄住金物産となった。「つぼ八」はバブル時代に直営・FCで多店舗化を推進、バブル崩壊後の2000年には全国550店舗展開した。だが、その後競合の激化、道交法の改正、少子高齢化の進行、若者のアルコール離れなどの逆風が吹き荒れ、加盟店の減少と不採算の直営店が増加した。08年6月に社長に就任した塩野入は10年に直営の30店舗をはじめ、人員削減も含めた大規模リストラに踏み切った。その結果現在までに「つぼ八」の店舗数は260~270店舗まで減った。ちなみにFC化比率は約8割、FCオーナーは約140人。14年3月期の売上高は約88億円、経常利益は4億円。ヒット業態のホルモン焼肉「伊藤課長」などの多店舗展開で活路を拓こうとしている。…
  • 【新・外食ウォーズ】大阪王将と和食業態の長所を取り入れた「餃子食堂」を関東で展開――創業46年、時代の変化に対応する新業態開発で勝つ! イートアンド社長 文野直樹

     イートアンド(東京ヘッドオフィス・東京都港区)社長の文野直樹(55)は、「大阪王将」ブランドを全国区に脱皮させること、また経営の両輪である外食事業と食料品販売事業の売上規模を倍増させることを基本戦略にしてきた。だが、2013年後半から光熱費や原材料費が値上がり、人手不足による人件費の急騰及び求人費の倍増などが進行し、14年4月から消費税8%への増税などが追い打ちをかけ、経営環境は悪化した。一方、高齢化社会の進行、訪日外国人客の急増などで外食市場の需要構造は大きく変化していた。さらに全国5万店舗を超えなおも店舗数を増やし続けるコンビニエンスストア(略称コンビニ)の攻勢が外食市場を侵食した。もともとサンドイッチ、おにぎり、弁当などの「中食」(持ち帰り)で外食市場から客を奪ってきたが、100円コーヒーの大ヒットを引き金にコンビニ各社は外食市場の顧客の取り込みを強化した。
    「その結果、会社に出勤するビジネスパーソンが朝食にコーヒーとパンを買い、ついでにお昼の弁当を購入し会社で昼食もすませるようになった」(文野)。
    最近の「大阪王将」の低迷はコンビニの進化と競合に後れを取ったのが大きな原因だといわれる。ちなみに、イートアンドの2015年3月期の業績が売上高約208億円、経常利約3億円の見込みだ。外食と食料品の売上高がほぼ100億円ずつだ。外食事業の店舗数は「大阪王将」が385店舗(直営22、FC加盟店343、海外20)、ラーメン「よってこや」が25店舗(直営5、FC加盟店19、海外1)、「太陽のトマト麵」が26店舗(直営9、FC加盟店14、海外3)、合計店舗数444店舗(直営39、FC加盟店381、海外24)となっている。店舗数比率が8割以上もある「大阪王将」のリモデルが大きなテーマである。…
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