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ビール業界に精通する経済ジャーナリスト・永井隆の書き下ろしシリーズ企画連載開始!”ビール営業物語”
【第5回:最終回】キリンビール「特殊部隊」に入った新人、安藤毅が動き出した…


財務省の悲願と営業現場と

「売りたいものをプレゼンしている、というのではなかったな。売り込みという感じがしなかった」
外食チェーンの幹部はキリンビールマーケティングの山本恭宏に向かい、山本の部下の安藤毅たちのプレゼンについての感想を話していた。安藤のほか、メルシャン、キリンディアジオの営業マンがプレゼンを行ったばかりだった。
「血の通ったプレゼンだったよ」
幹部は最後にさり気なくこうつけ加えたが、山本の胸は思わず熱くなる。部下への最上の言葉をもらえたから。今年、5月の出来事だった。

切っ掛けは、今年の2月だった。「何か、プレゼンをやってもらえないだろうか」。外食チェーン幹部と会食をしたとき、山本はこう言われる。
チェーンはキリンだけではなく、4社のビールを併売していた。契約更新の時期でもない。求められたのは、チェーンの魅力を高まるための提案型のプレゼンだった。
そこで、山本が指名したのが、チームで最若手の安藤。前年秋に特殊部隊入りし、工作員になったばかり。彼の若いセンスを山本は賭けてみる。

山本は言う。
「協賛金の大きさだけで、営業が決まるようになると、営業マンは育ちません。つまらない営業になってしまうから。仕事がクリエイティブでなくなると、仕事の魅力は喪失されます」、と。
協賛金をはじめ、“お金”を使う営業合戦は、1990年代後半から2000年代初めにかけて一気に熱を帯びた。それ以前にも、「店舗の業務用冷蔵庫を新品に取り替える」といった、営業も実行されていた。
つまりはメーカー間のシェア競争が激しくなるほどに、営業現場では現金が行き交った。一時は沈静化したものの、ここに来て再び“協賛金合戦”の様相も見せている。

というのも、ひとつにはビール類の税制改正の動きがあるからだ。現在、ビール、発泡酒、第3のビールと3つある酒税体系を、そう遠くない将来に1缶(350ml)当たり55円程度に一本化していこうと財務省は計画している。現在、1缶あたりの酒税は、ビール77円、発泡酒47円、第3のビール28円。
一本化は段階的に進められるが、ビールの酒税が下がり、第3のビールの税率は上がっていく。
早ければ、来年度にも2006年以来のビール類の酒税改正は実行される。財務省にとっては、2000年秋に「発泡酒のビール並課税」を打ち出して以来、いや、サントリーにより1994年に発泡酒が世に出て以来、一本化は積年の悲願でもある。
すでに地方税である軽自動車税は、今年4月に50%も増税された。これに続き、庶民の酒でもある第3のビールが増税されていくとなれば、低所得層にとっては生活しにくい社会となっていく。「弱い者イジメ」(鈴木修スズキ会長)のダブルパンチとなるのは間違いない。
ただし、現状として、内閣支持率は急降下中。それだけに、与党税調がビール類の酒税改正に踏み切れるかどうか、年末まで予断を許さない。

それはともかく、税制改正により小売価格も変わり、ビール類のほぼ半分を占め値段が段階的に安くなるビールが、商戦の主戦場へと再びなっていく。ビールの約6割は業務用。4割が家庭用だ。ちなみに、発泡酒と第3のビールは、ほぼ全量が家庭用である。
ビールに注力するということは、業務用に営業資源を集中投入していくことにつながる。

 

メーカーの協賛金が飲食店の経営を脆弱にさせた

 キリンの幹部は言う。
「メーカーの協賛金が、飲食店の経営を脆弱にさせた面はあったと思います」
その姿は国からの地方交付税交付金を当てにしすぎるあまり、何ら自立できない多くの地方とも重なる(「地方創生」は地方が浮揚するための、今度こそ最後の手立てでもある)。
「いまも協賛金はあります。しかし、キリンだからできる(飲食店への)価値の提供はある」と同幹部は続ける。
営業経験の長い布施孝之キリンビール社長は「金でひっくり返したところは、金でひっくり返されるものです」とも話す。

安藤は、ほかの仕事もやりながら、プレゼンの準備を2月から開始する。
メルシャンとキリンディアジオの営業マンをすぐに呼ぶ。チェーンはいくつかの業態を持っていたが、今回は客単価の高いレストランバーが対象だった。
メルシャンの担当者は女性だった。3人の間では、自由に何でも話せる雰囲気をつくっていく。来店する客が求めているのは、一番搾りだけではない。ワインやハイボールを好む客は必ずいる。「キリンの総合力が試されている」と安藤は思った。
また、次のようなことを安藤は話す。
「1人では浮かばないアイディアが、3人集まると生まれるのです。いろいろな視点、着想が交わると、面白いものは導き出される」
休日になると、そのレストランバーで食事をする安藤の姿があった。休日により、店も替えた。複数の食事を試し、店内の様子や来店客を観察する。歴とした業務だったが、すべてを私費で賄う。

3人でミーティングをしている最中、突然、安藤の携帯が鳴る。果たして、相手はボスの山本だった。
「今、どこにいる?」。ひそひそとした声に、緊張感が滲んでいた。
「会社です」
「なら、30分で来られるな。お前が追っているA社長が、ここのパーティにいらっしゃっている。場所は…」
「すぐに向かいます!」
「わかった、帰りそうになったら、何とか俺が持たせる。ただし、30分で来てくれ」
安藤は日本橋ビルを飛び出し、タクシーに飛び乗る。プレゼンのチェーンとは、まったく別の案件だった。

この数週間前、山本は懇意にしているB社長から次のように言われていた。
「ところでさぁ、A社長の会社を攻めてるキリンさんの担当って、どういう人?」
「安藤という若手ですが、何か…」
「実はさぁ、A社長が僕に言うんだよ。『ウチに、キリンからすごい奴が来ている』って」
「そうですか」
「上手くすれば、A社長のところを、キリンに替えられるんじゃないの。それと、僕も会ってみたいな、安藤さんという若い営業マンに」
安藤はまだ、A社長に会えてはいなかった。想像するに、営業の対応をした現場から、安藤や彼の提案について報告が上に届けられたのだろう。それを見聞きしたA社長が、会合か何かでB社長に話したのに違いない。徳島の時にも、似た現象はあった。

 

どうしたら恋人になってもらえるのか

果たして、安藤がパーティー会場に到着した時、A社長は車寄せに歩を進めていた。その後ろを、ピッタリと山本が追っている。安藤は逸る気持ちを抑え、呼吸を整えて、笑顔をつくる。ターゲットと交錯する、5メートル前にだ。
そして、立ち止まって挨拶を
交わす。時間に直せば、ほんの数十秒秒だったろう。しかし、A社長との距離は一気に縮められた。

安藤たち3人は、プレゼンの準備を進めていく。
「20代の孫たちが、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんを連れてくる」。これがプレゼンのコンセプトだった。
客単価が高いこともあり、そのレストランバーは客の年齢層は高めだった。そこに、若者を取り込むため、孫に当たる男女の視点からつくり上げていく。
完成したパワーポイントの枚数は約50枚。構成を練り、3人が話す順番を決める。直前まで、練習を重ねた。
このチェーンとの距離も、縮まっていった。3人に加え、キリンビバレッジの担当者も合流しているが、新たな提案はやりやすくなっている。

安藤はビール営業について言う。
「一つは、人、もの、金、そして時間は有限であるということ。グループ各社の担当と連携をとりながら、いかに有効に使っていくかを考えています。もう一つは、営業先を“恋人”だと捉えています。どうしたら、こちらを好きになってもらえるのか、と考えているのです。押し売りのような営業では、信頼はされません。信頼を得るためには、相手のかゆいところに手が届く、提案を重ねることだと思います」

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