最近の飲食マーケットは、アッパー業態とロウワー(低価格)業態の二極分化現象が定着している。ミシュランガイドの登場がアッパーな業態を活性化する一方で、街場には均一低価格の店やネオ大衆酒場などの客単価3000円以下のロウワー業態が増殖した。リーマンショック以降、デフレの進化でアッパー業態は縮小し、ロウワー業態の層が厚くなる“逆ピン現象”(ピラミッド型から押しピンを逆さにした型へ)がますます顕著となっている。アッパーな業態で元気なのは、ミシュランの星を取得したシェフがいる店やのれんのしっかりした老舗など。ただのブランドを冠した高いだけの店からは客が離れてしまい、閉店する有名レストランも後を絶たない。また、外資系企業やIT企業の“成り上がりリッチ”たちが高級店に集まってシャンパンパーティーをするという風景も、リーマンショックを機にあまり見られなくなった。いまや「高級フレンチやリストランテに行ったり、シャンパンバーで大騒ぎすることがカッコ悪い」時代に入ったのだ。稲本さんはそのような行動をとる人たちを「リッチプア」と名づけた。「本当の価値はそんなところにない。これからは、サンダルで行けるようなレストランがいい。何かいい仕事をしたとき、自分をほめてやろう、そんなときにシャンパンを空けられるような素敵なカフェがあればいい。僕たちのライフスタイルにあった本物の価値を提供してくれるレストランやカフェがもっともっと欲しいと思いませんか?」と稲本さん。その“本物の価値”を求めるスタイル、そのニーズに応える店こそ「カジュアルリッチ」なのである。稲本さんはハワイが好きで、オフはトライアスロンに熱中している。そんな稲本さんが自分で行きたいという、自転車バイクで乗り付けて、トレーニングウエアとサンダルでも気軽に入れる店として展開しているのが「アロハテーブル」である。まさに稲本さんが目指す「カジュアルリッチ」スタイルを具現化した店だ。「私も最近、カジュアルリッチを意識してますよ」と言うのは、恵比寿と表参道で空間や音楽にこだわったレストランを経営している「マーサーカフェ」の森野成貴さん。飲食マーケットが低迷する表参道エリアのビルの空中店舗で月商1,500万円を売り上げている勝ち組だ。「ウチはカフェでも使えるし、高級シャンパンを空けていただけるお客さんも多い。ビール一杯のお客さんもいますし、15,000円以上使っていただける常連さんもいる」と言う。ミシュランの星をとった店にいたシェフが料理をつくり、ソムリエもいるが、それを売りとして打ち出しているわけではない。「お客さんが求める空気感を売っているんです」と森野さん。10月には、恵比寿で「マーサーカフェ」3号店を出す予定だ。8月27日、赤坂の隠れ家立地にひっそりとビストロをオープンしたのは、“フレンチ鉄板”で一世風靡した西麻布「アヒル」のシェフをつとめた山下九さん。店の名前は「BISTRO Q」。店は居抜き。前の店主が残した小さな鉄板はあるが、山下さんはそれをほとんど使わない。「フレンチに戻っていろんな料理を出したい。ビストロにしたのは、枠にとらわれないで何でも出せるからですよ」と笑う。コース料理は6,500円一本。そこそこのワインを空けても10,000円前後で楽しめる。コースには、山下さんを有名にした“フォアグラハンバーグ”や“一口カレー”がちゃっかりと入っている。有名グルメ評論家からしたら、評価は微妙かもしれないが、35歳の山下シェフの自由でフレンドリーな仕事ぶりを見ながら食事する時間はとても楽しい。このコラムで「価格軸から価値軸への転換」を何度も提唱してきたが、“本当の価値”とは、こういう時間と空気感の提供を指すのかもしれない。あなたの店は「カジュアルリッチな時間と空気感を提供できますか?」。そろそろ、“さらば、低価格!”の時代を迎えたいものだ。
コラム
2010.09.09
“脱低価格”の切り札は「カジュアルリッチ」か
先日、私が主宰をつとめさせていただいている第三世代の外食経営者の集まり「サードG」の講師に、ゼットンの稲本健一社長を招いた。その中で、稲本さんの口からさかんに出たのが「カジュアルリッチ」というキーワード。
佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、フードスタジアム 編集主幹。商業施設リーシング、飲食店出店サポートの株式会社カシェット代表取締役。著者に『イートグッド〜価値を売って儲けなさい〜』がある。