“立ち食い焼肉”を思いついた理由
――そして、満を持して2014年に「治郎丸」のオープンとなるわけですね。カウンター式の立ち食い焼肉というアイデアの発端は、どのあたりにあったのですか?
江波戸 よく、「どうやって考えついたんですか?」と言われるんですが、自分としては、頭の中で最後のピースがはまったという感じですかね。親しい人には「4~5年くらい前から(治郎丸の基本となる構想を)言っていたよね」と言われます。
焼肉はマーケットも大きいので、もともと勝てる戦略さえ思いついたら絶対やろうと思っていたんです。あとは、時代と共に人口構造のコアが大家族から核家族に推移してきていること、坪家賃10万の物件をどう活かすかということ。「嵯峨谷」で立喰いそばをやったことも大きいですし、自分自身がいい焼肉を食べられるようになり、実感が掴みやすかったということもあります。
――今となっては、「どうして今までなかったんだろう」というくらい、様々な立場のお客のニーズに応えた業態ですよね。
江波戸 「いいカルビなんて一枚食べればいいよね」って仲間はみんな言っているのに、そういうところがなかったんです。そうした前提に加えて、「俺の~」シリーズさん等の台頭で市場が開拓され、人々の立ち食いに対する抵抗感が緩和されたということも大きかったと思います。
――個人的には、もっと機械的に黙々と食べてサッと帰るファーストフード的なイメージを持っていたのですが、意外とどのお客もワイワイガヤガヤと食事を楽しんでいたのが印象的でした。それからタレがかなり辛口だなと感じました。
江波戸 「治郎丸」は、戦略的に人同士が打ち解けやすい距離感に作り込んであるんです。よくある中華料理の丸テーブルって、人と喋りづらくないですか?お~い、みたいな(笑)。新宿店は特に間隔が狭いので、隣の知らないお客同士も仲良くなりやすいですね。
また、居酒屋経営で一番難しく、かつ重要なポイントは、お客さんとのファーストコンタクトをいかに取るかということ。「治郎丸」はメニューの部位を意識的に細かく、わかりにくいようにしてあって、店員がお客に対して「この部位は~」と丁寧に説明することで、そこの課題をクリアできるようになっています。
タレについては、有名な焼肉店って、甘くておいしいタレそのものを食べさせるようなところも多いんですよね。でもそれだと満足感がありすぎて、食べに行くのは月に一回とか、半年に一回でいいや、となってしまう。僕が「治郎丸」で作りたかったのは、いい肉を日常使いでサクッと食べられるような業態。なのでタレはすごくアッサリと作ってあります。
――なるほど。今後の展開に向けた理想のパッケージはどのような感じですか?
江波戸 新宿の店長が「あと1坪あれば完璧だ」といってますが、大体5坪で売上1000万くらいが理想ですね。利益が2割5分~3割、回収が半年~1年以内であればいいかなと。現状はいい肉を使って原価42%前後に設計していますが、一頭買いに転換したら30%台に下がると思います。
――今後も展開が楽しみです。この先、他に考えていらっしゃる新業態はありますか?
江波戸 生ビーフンの専門店とか、讃岐うどん式で製麺した生パスタの店とか、いろいろと考えています。
コンビニには必ず棚のどこかにビーフンのコーナーがあって、ずっとなくならないんですよ。もともと米が原料だから、日本人が嫌いなはずがない。ビールにも合うし、カロリーも少ないし、マーケットの裾野は広いと思います。
具体的には米を粉砕して混ぜた後の「蒸す」という工程を大々的にクローズアップして、焼き小龍包みたいな演出をする店を考えています。それを「嵯峨谷」で使っている押し出し式製麺機でムニューっと製麺するイメージですね。
パスタに関しては、僕は讃岐うどんの手間暇をかけた製法は麺界最強だと思っていて、それをデュラム小麦でやってみたらどうなるかと思い、ずっと実験してきたんです。最近、手打ちの生パスタが完成したので、「讃岐式製麺生パスタ」として売り出していこうと思っています。すごくシャキーン!としたパスタができるんです(笑)。おいしいですよ。
最終ゴールは「和食ファミレス」の展開
――御社が数十年先の外食マーケットを目指して常々公言なさっている「和食ファミリーレストラン(FR)」の開業に向けて、干物、うどん、そば、焼肉、ビーフン、パスタと手駒がどんどん揃ってきていますね。
江波戸 そうですね、あとは天ぷらと寿司くらいかな。牛丼は、虎ノ門にある「牛虎」という焼肉店で、ランチにA4ランクの奥州牛を使った吉野家さん風の牛丼を1300円くらいで出していて、これがとてもおいしいんですよ。なので和食FRは来年にはやれるんじゃないかなと思っています。
あとは、最近築地の仲卸を4社買い取ったので、24時間営業の魚屋も近々やるつもりです。
――魚屋は具体的にはどんなお店になるのですか?
江波戸 場所としては、新橋か有楽町あたり、築地の手前でやります。ターゲットは築地場内のお客です。
魚の買い付けって、飲食業の人のライフスタイルからすれば、営業が終わってから午前3時くらいまでに行けるのが理想ですよね。でも築地は朝6時~10時くらいまでしか開いていない。その点に関してはサービス力が低く、昔の銀行みたいです。だから、仲卸として買い取った場内価格で、24時間営業の魚屋をやれば必ず当たると思っています。
――そうなると従来の魚屋さんは大変なことに…。一騎打ちというか、すごいことになりそうですね。では和食FRの具体的なイメージは?
江波戸 イメージは、郊外型で「千と千尋の神隠し」に出てくる湯屋とか、道後温泉本館みたいな感じを考えています。1階がファミレス、2階が宴会場で、パタパタ…と店員が立ち働くのが見える回遊式の建物ですね。
従来のファミレスと圧倒的に違うのは、コストパフォーマンスです。日本一レベルの高いビジネス街のランチを勝ち抜いてきたこれまでの業態が、個店として集合したようなイメージ。無敵です。これが郊外で活躍できるとなると、日本全国で500億くらいのマーケットが見えてきます。
――なるほど。10年、20年先まで見据えたビジョンなのですね。江波戸さんは、いつもどのような視点でこうした構想を考えておられるのでしょうか。
江波戸 最終的に飲食が進んでいく先を見据えていないと業態って作れないと思うので、そこに向かっているかどうかということがポイントです。最低でも20年は持続する業態を作りたいし、20年持つということは100年くらいのスパンが視野に入ってきます。
飲食の進む先とは、トレードオフが崩れて進化した最終形。おいしくて、安くて、サービスが良くて、清潔で…と全ての要素を兼ね備えたゴールに向かって進んでいくということです。
どの分野でも、トレードオフを壊して本質を追求した結果が上場だったり一流になるという形に現れるのだと思います。店に魂がこもっているかどうか。内装、備品、配置、全部に意味があるかどうか。作り手として“細部に神が宿る”ことに本気で取り組む業態を作っていかなくてはいけないと思っています。
――いつ頃からそのように考えるようになったのですか?
江波戸 野球をやっている頃、僕はただ球が速くなればいいピッチャーだと思っていたんです。でも、いいピッチャーというのは、試合に勝つことができるピッチャーだった。それを目的にすれば、努力の仕方は全く違っていたんですよね。
実業団をクビになって一年くらい経営の本を読み漁っていた時に、そこで初めて自分の何がだめだったのか気付きました。だから飲食ビジネスではちゃんと逆から順序建てて戦略を立てていこうと思ったんです。石井さんとドラッカーがいわば僕の飲食の師匠ですね。
――未来に向けての戦略は、具体的にはどうやって立てるのですか?
江波戸 まずは現在を極端によく知ること。今何が起きているのかを正しく把握する目を養うということです。それから過去の流れをよく分析すること。一本の線を書くのと一緒で、この2点が取れれば先がわかるじゃないですか。そうすると、未来なんて考えたくなくても見えてしまう気がします。若干ニュアンスは違いますがドラッカー風に言うと“既に起こった未来”です。
その観点で言うと、冷凍技術と3Dプリンター技術なんかが今後の飲食のキーポイントとして見えてきますね。
――冷凍技術と、3Dプリンターの技術は、飲食とどう関係してくるのですか?
江波戸 冷凍技術とそれに付属する解凍技術は、昔の氷室から今の冷蔵庫までの飛躍的な進化を見れば今後が予測できます。冷たいとか凍る、とかじゃなく、もっと根本的に劣化を止める技術が発達するはずです。
3Dプリンターは、宇宙開発に関連して予算が注ぎ込まれている分野なので、絶対に伸びてきます。原理はドラえもんと一緒ですよ。「~のラーメン」のボタンをピッと押せば、本当の繁盛しているお店の味と違いが全然わからないようなラーメンが器ごと作られてしまう、そんな分子レベルの技術です。
――そんな時代になったら、飲食店は大変なことになりますね。
江波戸 そうです。そんな時代に、やられる側に行くか、やられない側に生き残るか。僕は今7つの会社を経営していて、ロボット事業への参入なども考えているので、飲食事業をずっと続けるつもりはないんですが、ただやられるのもシャクだから、この頃までには何か先手を打っているでしょうね。
――今回は、沢山の貴重なお話を有難うございました。
(聞き手:中村結)