株式会社FS.shake 代表取締役 遠藤勇太氏:1983年、島根県生まれ。高校卒業後、大手居酒屋チェーンに就職して地元の店舗に勤務した後、料理を勉強するため上京して「服部栄養専門学校」に入学。卒業後、日本料理の老舗や和食ダイニングを経営する外食企業で経験を積み、29歳の時に独立して開業。
独立前から飲食業は楽しかった。
唯一、嫌だったのは給料が安いこと
Q:フードスタジアムに初めてご登場いただくので、まず創業の経緯を教えてください。
自分は島根出身で、高校の時に松江にあった大手居酒屋チェーンの店舗でアルバイトをしたのが飲食業に入ったきっかけです。親からのアドバイスもあり、飲食業でやっていくなら調理技術を学んでおいたほうが良いということになり、20歳の時に上京して調理専門学校に通いました。その後、いくつかの外食企業で経験を積んで29歳の時に独立し、2013年2月に水炊き鍋専門店の「酉一途」を西新宿に開業しました。この「酉一途」を改良し、多店舗化できる低価格の鶏料理居酒屋にしたのが「とりいちず」です。
Q:遠藤社長は独立する前、飲食業のどんな点に楽しさを感じるタイプでしたか。
忙しいのが嫌というのはまったくなくて、忙しくなるとかえってイキイキしていました。例えば、独立する前に料理の責任者として働いていた店は、忙しい金曜日とか土曜日に80万円、100万円を売っていましたが、そういうメチャクチャ忙しい日に現場を円滑に回すことができた時が楽しかったですね。
Q:成功している飲食店経営者は、従来の飲食店や外食企業に対して疑問を感じた点を反面教師にしてきたケースが少なくありません。遠藤社長も独立前に現場で働いていた時、「外食業界のここがおかしい」と思った点はありますか。
仕事が楽しかったのであまりないのですが、唯一、嫌だったのは単純に給料が安いことです。ある程度、店を任せられるようになると仕事の自由度も増して、すごくやりがいのあるのが飲食の仕事ですが、一方で給料が安いケースがまだまだ多い。やはり、そこか大きな課題だと思います。
Q:店舗を展開しようと考えたのはいつ頃ですか。
創業店が軌道に乗った頃、多店舗化を考えるようになりました。僕はやると決めたら行動するのは早いので、創業から1年ちょっとの2014年5月には関内に120席の大箱で「とりいちず」を出店して勝負に出ました。2015年1月には大井町にも120席の「とりいちず」を出店し、この2店舗が成功したことで多店舗化への弾みがつきました。そうして、まずは売上10億円を目指し、それを達成してからは100店舗・100億円を目標に掲げました。

躍進のきっかけになった「とりいちず 大井町西口店」
生ビール199円で集客に成功し、今は生絞りレモンサワー80円が「時流に適合」
Q:59店舗(2025年5月末時点、業務委託3店舗含む)になっている「とりいちず」ですが、これだけの成功をおさめた理由を端的に表現するとしたら、どんな言葉になりますか。
「時流への適合」ですかね。まず3店舗目から生ビールを199円にし、それを店頭で大きくアピールして集客に成功しました。当時は200円内で生ビールを売っている居酒屋はほとんどなかった。他に先駆けてやったことで強烈な差別化になったのです。ただ、コロナの少し前くらいから、生ビール・199円があまり刺さらなくなってきました。同じように生ビールを安く売る居酒屋が増えたことが大きな理由ですが、もう一つ、時流の変化として若者のビール離れが顕著になっていました。
若者のお酒離れと言われますが、うちの店のお酒の出数からすると決してそんなことはありません。今の若者もよく飲むし、テキーラなどは伸びています。決してお酒を飲まなくなったわけではなく、ビールを飲まなくなってきたのです。そこで、約1年前にメニューを改訂して新たに打ち出したのが「生搾りレモンサワー」と「強炭酸ハイボール」で、価格はともに80円です。「生搾りレモンサワー」は生レモンを半分使ってこの価格なので、「レモン農家の店ですか?」と言われるくらい(笑)のインパクトをお客様に与えています。今はこの80円シリーズが非常に好評で、時流に適合する形になりました。
Q:80円もかなり突き抜けた価格ですね。利益は出るんですか?
はい、さすがに原価率は高いですが、利益が出ないわけではありません。また、このメニュー改訂では、サワー・酎ハイ類を299円から199円に値下げし、生ビールを199円から299円に値上げしました。これによってどうなったかというと、お客様からはより安く感じると言われ、店としてはドリンク全体の利益率が良くなりました。2杯目に注文されることが多いサワー・酎ハイ類を安くして割安感が強めながら、原価の高い生ビールを値上げして利益率を改善したからです。
Q:「名物 秘伝かわ串」(1本99円/税別・以下同)、「スパチキ」(1個59円)、「秘伝のデカ鶏唐揚げ」(1個149円)、「水炊き」(1人前680円 ※2人前~)、「秘伝の骨付鳥」(790円)…等々、「とりいちず」はドリンクだけでなく料理も安い。メニュー全体では、どうやって利益を出しているのですか?
メニューミックスによってメニュー全体の原価率を30%以内に抑えています。他の会社の低価格居酒屋もやっていると思いますが、うちの店も原価率の高いものと低いものが混在するメニューミックスによって利益を出しています。
Q:メニュー全体でかなり割安感があり、なおかつ原価率が30%以内ということは、相当に賢くメニューミックスをやっているということですね。
確かに他の飲食店経営者から、「とりいちず」の原価率は40%行くよねと言われ、30%以内だと答えるとかなり驚かれます。原価率に関しては、新たに始めたお通しも貢献しています。399円のお通し代をいただくようになって客単価がアップし、なおかつお通しの原価率が低いからです。このお通しのポイントは、選べる揚げパスタと生キャベツをどちらも食べ放題にしていること。どちらも、食べ放題であってもたいして原価はかかりませんが、「安い!」とお客様が喜んでくれます。実は最初、ガーリック枝豆を選べるようにしていましたが、食べ放題でないと「399円で枝豆は高い」とあまり好評ではなかったのです。そこで、お客様が心理的に安いと感じる食べ放題のお通しに統一しました。
Q:商売はお客様との心理戦とも言われますが、まさにその好例ですね。ところで、以前の低価格居酒屋チェーンと、今の低価格居酒屋チェーン。その違いとして、出店時の内装費を上手に抑えて利益を出しやすくしている印象がありますが、「とりいちず」もそうですか?
はい、そうです。もちろん、内装費は物件によって差はありますが、基本的に居抜きでの出店が多く、清潔感さえあれば簡素化した内装でよい業態なので、総じて安いほうだと思います。例えば、「とりいちず」の渋谷マークシティ横店は、ビル一棟丸ごとの5フロア・230席の店舗で、物件取得費は3,000万円かかっていますが、内装費は200万円しかかかっていません。厨房機器代の700~800万円、ビル一棟の壁面を使った看板代の400~500万円などを合わせても、設備投資額は2,000万円以内に収まりました。
Q:昨年から今年にかけても「とりいちず」だけで20店舗以上、出店していますね。
首都圏だけでなく北海道、福岡、沖縄などの全国に出店エリアを拡大したところ、物件がどんどん出てきて出店が加速しました。出店エリアを広げるに当たっては、一部のメニューをローカライズしています。例えば、九州は甘口の醤油を使う文化があります。そこで、福岡の「とりいちず」の唐揚げは甘口の醤油を使っています。また、関西では調理していない生キャベツでお金を取ると嫌がられるということなので、大阪に出店する「とりいちず」のお通しは、何かしら調理したモヤシを食べ放題する予定です。
シーシャバーともんじゃ業態は価格破壊によって勝機を見出した
Q:2021年7月に「C.STAND(シースタンド)」の1号店を出店したシーシャバー業態も、50店舗近くまで増えています。シーシャバー業態の成功要因についても教えてください。
最初は僕にとってもシーシャバーは未知の業態でしたが、たまたま興味を持つきっかけがあり、実際に既存の店に行ってみたり、ネットで情報を色々と調べてみると、これは勝機があると思いました。そう思った理由を簡単に説明すると、シーシャバーは思った以上に需要があるにもかかわらず、リーズナブルな店が少なかったからです。既存の店は1人5,000円以上するケースがほとんど。その半値で利用できるようにし、なおかつ内装をかっこよくすれば流行ると思ってやったら、実際に上手く行きました。
Q:売り方に関して特にポイントになっている点は?
料金システムです。少し前、酒場の斬新な業態として注目された入場料制のスタイルをシーシャバーに取り入れた感じです。シーシャの利用料とチャージ料で一人当たり1,500円から1,800円くらいいただく。これが入場料みたいなものです。入場料をいただく代わりに、コーヒー(ホット・アイス)90円、ウーロン茶60円、レモンサワー90円、ジントニック140円、梅酒160円、生ビール220円という格安の値段でドリンクを飲めるようにしています。「C.STAND」の客単価は2,500円くらいで、「C.STAND」よりも内装などをグレードアップした「煙間-ENMA-」が4,000円くらいです。
Q:シーシャバーをやってみて、この業態ならではの難しさみたいなものはありますか。
売上が採算ラインを超えるまでに時間がかかることです。シーシャバーはじわじわと認知されていく感じなので、黒字になるまでに半年くらいかかることが少なくありません。でも、採算ラインを越えて売上が上がり出すと、どんどん営業利益率が良くなります。料理の仕込みがないため、売上が伸びても人件費はさほど増えないからです。例えば、居酒屋は売上が大幅に増えても人件費率は1~2%程度しか下がりませんが、シーシャバーだと5~10%くらい下がり、その分、営業利益率が良くなるのです。
ただし、居酒屋よりも設備投資額はかなり大きくなります。シーシャバーはかっこいい内装を魅力にしているため、仮に居抜きであっても厨房以外はスケルトンにして店を作るからです。そのため、内装費だけで2,000万円くらいかかります。その他の物件取得費なども含めると総投資額が5,000万円を越える場合もある。にもかかわらず、オープン初月の月商はわずか200万円ということもあるので、かなり心臓に悪いですよ。企業体力がないとなかなか手を出しにくい業態で、それが参入障壁になっているというプラスの見方もできますが。
Q:シーシャバーの後に開発したもんじゃ業態の「だしや」も19店舗にまで増えましたね。
もんじゃ業態についても、既存の店よりもリーズナブルにした価格破壊の業態をつくるという発想はシーシャバーと同じです。食べ飲み放題2,980円で利用できるもんじゃ業態にしました。4~5割くらいのお客様が食べ飲み放題を注文しています。
Q:もんじゃ業態の業績はどうですか?
池袋などのターミナル駅の店舗は好調ですが、都内でも少しローカルなエリアになると苦戦するケースがあります。もんじゃは、業態としては少し尖っているので。若い客層がメインなのは「とりいちず」も「だしや」も同じですが、「とりいちず」のほうが中高年客や家族客の利用も見込めるため、ローカルな立地でも集客しやすいんです。

50店舗近くまで増えている、シーシャバー「C.STAND」

「もんじゃ酒場 だしや」出店加速中
今後の成長に欠かせないのはM&Aと海外進出。海外はフィリピンに出店予定
Q:主力3業態の特徴や現状を分かりやすく教えていただき、ありがとうございます。この3業態ですが、特に好調な店舗は月商でどれくらい売るのですか。
「とりいちず」は、渋谷センター街の店が50坪で月商2,000万円を売っています。数年後に建て替えが決まっている物件なので、家賃は立地の割に安くて190万円。それとこの店は、売価299円でも原価率20%のテキーラがよく出るので原価率が低く、営業利益率は40%に達しています。
「C.STAND」は、歌舞伎町の店が損益分岐の600万円を大幅にクリアして68坪で2,000万円。家賃が155万円、営業利益率が45%です。「だしや」で一番いいのは西新宿一丁目の店で65坪・月商1600万円。家賃200万円で営業利益率は30%弱です。
Q:すごい数字です!こうしたヒットをいくつも叩き出して躍進してきたのですね。一方で遠藤社長は、他のインタビューなどで失敗した店があることを正直に話されています。
はい、どんずべりした店もありますよ。例えば、過去に焼肉店も出店していますが、1回も単月黒字を出せずに撤退しました。しかし、攻めている以上はババを引くことがあり、すべる店舗もある。もちろん、すべりたくてすべっているわけではないし、2連敗、3連敗すれば少し慎重になることもあります。それでも失敗を恐れず、「とにかく自分でやってみる」というスタンスを変えずにここまでやってきました。飲食店経営者の中には、10店舗や20店舗になっているのに1店舗でも赤字になると動揺し、その店をどうにかしないと次に進めない…というタイプが結構いますが、僕にそうした感覚はまったくないです。
Q:最近では中華業態の「酒場杏仁」、博多酒場業態の「あいらしか」などの新業態も手掛けていますね。
新業態を開発する理由は、渋谷や池袋など、僕たちが得意とするエリアでさらに出店を進めやすくするためです。いくら得意なエリアでも、「とりいちず」や「だしや」を増やし過ぎると、どうしてもカニバリします。それを避けることができる持ち駒を増やしているところです。
Q:3月にはラーメンの「麺屋 音」を5店舗する㈱天翔、5月にはエー・ピーホールディングスの子会社で「串亭」を10店舗展開する㈱リアルテイストを傘下に収めました。遠藤社長はM&Aのどんな点に特にメリットを感じていますか。
もちろん、会社の成長速度を上げることができるのが大きなメリットですが、同時に僕たちが苦手な部分を手っ取り早く補強できるからM&Aを進めました。「串亭」は夜の客単価が5000円を越える業態です。低価格居酒屋をやっている僕たちが苦手とする業態を補強しました。「麺屋 音」についても、以前に自分たちがラーメン店で失敗していることもあってグループ化したのです。今後の成長にはM&Aと海外進出が欠かせないと考えています。
Q:海外進出も決定しているのですか。
はい、フィリピンに出店することが決まっています。業態は「とりいちず」をレストラン化して、現地の日本食レストランよりもリーズナブルにした店を考えています。「麺屋 音」の本格的なラーメンスープをベースにしたおいしいラーメンも、リーズナブルに提供する予定です。
Q:最後にズバリ、聞きます。遠藤社長はなぜ売上を増やし、会社を大きくするのですか?
「趣味」だからです。語弊があるかもしれませんが、自分がワクワクすること、夢中になれることが趣味だとすると、そういう理由になります。売上を増やし、会社を大きくしていくことが最高に面白いから、全力で取り組んでいます。
Q:そうした飾らない言葉の中に、遠藤社長のストロングポイントがあるよう思います。
長所かどうかは分かりませんが、僕はあまり「従業員のために」という言葉を使わないタイプです。あくまで「自分が夢中でやりたいから」やっているだけで、そこに嘘はないという感じですね。
とはいえ、良い会社にしたいという気持ちは常にありますし、だからこそ店長は年収500万〜550万円、エリアマネージャーは800万円ほどの水準にしています。それも、「従業員のため」というよりは、良い人材と一緒に成長していきたいから。
結果的に、待遇が従業員の喜びにつながっているのであれば、それは嬉しいですし、あまり難しく考えずに、それぞれが気持ちよく働ける環境を目指しているつもりです。少しシンプルすぎる考え方かもしれませんけど(笑)。
Q:いえいえ。なるほどです。最後まで明快な回答をありがとうございました。
取材・執筆:亀高 斉
1968年生まれ。岡山県倉敷市出身。明治大学卒業後、1992年に㈱旭屋出版に入社し、1997年に飲食店経営専門誌の「月刊近代食堂」の編集長に就任。以来17年間、「近代食堂」編集長を務め、中小飲食店から大手企業まで数多くの繁盛店やヒットメニューを取材。2016年に独立し、フリーとして活動。取材・執筆の他、書籍の企画・編集も手掛けている。趣味は将棋。