「マイクロ・バル」の特徴は、ズバリ、その狭さを故の店と客の距離、客と客の距離の近さにある。すれ違いも、身動きも儘ならない困難を強いるような狭さが、ネットやソーシャルメディア時代の“大衆の孤独”を癒す街の新しいコミュニケーション空間となっている。並んでも入りたいと思わせる客を逃がさない。客が客を呼ぶ旬の社交場なのである。代々木の「vivo daily stand」に初めて行ったときの衝撃は忘れない。3坪もないスタンディングのワインバーに客がぎゅうぎゅう詰め。ゆるキャラのオーナーが軽妙な会話で迎えてくれる。ここはその店名通りの“デイリーワイン”を広める店だ。狭さがインパクトとなり、口コミで広がり、1号店の中野、3号店の高田馬場といまや3店舗を展開。オーナーの鈴木さんは、「料理通信」最新号で、「一つの街に1軒、こんなバルを作りたい」と語っている。注目すべきは、そのメッセージ訴求力ではないだろうか。「マイクロ・バル」が新しいコミュニケーション空間だとすれば、確実にその機能を発揮しているといっていいだろう。新橋の角地ビル1階2階構成のマイクロ店舗「白金魚プラチナフィッシュ」がオープンした。1階は洋食をベースとした創作ダイニング。2階は寿司をメインにした和食業態で基本的には別業態となる。1階はカウンター10席とテーブル2席。アラカルトもあるが基本おまかせシステムで1000円からでも可能。おまかせは「客のわがままを受ける」が基本姿勢で、店の都合でなく客の心をつかむスタンスだ。和バルといえる個の店のドリンクはは日本酒、ワイン、焼酎が1杯500円とリーズナブル。店と客のディープな関係がリピーターづくりの鍵である。魚金グループの影に隠れて目立たないが、新橋で20店舗をドミナント展開するJWAグループ・おば九ブランドの新業態となる。究極の日本酒バルが池袋の「希紡庵」。地下のカウンター8席だけのマイクロ店舗。日本酒の薀蓄をオーナーの渡邊さんに伝授してもらいながら飲む日替わりの希少な日本酒と肴は最高。女性一人客も多く、予約がなかなか取れない日本酒ファンの社交場となっている。築地では、築地の仲卸しの直営、牡蠣・鮮魚が売りの「魚の粋」の2号店、カキ専門の業態、カキバル「地下の粋」が同じビルの地下にオープンした。店はキッチンカウンター前のオープンなスペースで、店舗らしい構えはない。こだわりの新鮮国産カキが並ぶ箱に、荷車に透明アクリル板を置いたメインテーブルと、小テーブルが2卓の16席程度。メニューはカキ尽くしのほか、本日のアクアパッツアが売り。ドリンクは日本酒もあるが、ワインが売りで、グラスは500円、ボトルは2800円からとガブ飲み系。築地らしい専門性を極めたストレートさが客の心を捉える。小さい店だからこそわざわざ来る人を大事にするため予約はできないという姿勢も、行きたい店としての価値を高めている。同じ築地のど真ん中、築地場外にできたのは「魚河岸バル 築地TAMATOMI」。わずか10席のマイクロ・バルだ。料理の8割は地元築地仕入れのイタリアン海鮮バル。ワインもイタリアン中心。こだわりはランブルスコ(微発泡赤ワイン)を6~7種類置く。ハウスワインはグラスが500円から、ボトルが2700円からと、やはりリーズナブル。代々、たばこ屋であった家業をバルにした生粋の築地っ子の店主自身がすでに築地ブランドだが、気負いがない。気さくなゆるさが客同士のコミュニケーションを広げる。席数が限られ営業的に不利と思われがちなマイクロ店舗だが、素のままのコンセプトを肌で感じる距離感に客はファンとなる。「マイクロ・バル」は現代版古典酒場であり、スナックなのかもしれない。
コラム
2011.02.10
注目される「マイクロ・バル」
ワイン業態の広がりの中で、見逃せない動きがある。それは10坪以下の極小店舗、いわゆる「マイクロ店舗」が急増していることである。オーナー一人、あるいは二人で店を切り盛りするカウンタービジネスとして「マイクロ・バル」がいま注目されている。
佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、フードスタジアム 編集主幹。商業施設リーシング、飲食店出店サポートの株式会社カシェット代表取締役。著者に『イートグッド〜価値を売って儲けなさい〜』がある。