「カーディナス」や「ディキシーダイナー」など、都内を中心に20店舗以上のレストラン、カフェなどの飲食店を展開し、東京のダイニングシーンをリードしてきたエーディーエモーションの社長、中村文裕さんは新しい店がオープンすると、オペレーションができるまで必ず洗い場に立ち、店内をキョロキョロ見回す。もちろん黙々と皿洗いをしながらだが、私にはその視線がいつも気になってしかたがない。その視線は、厨房内の調理スタッフの動き、デシャップ(料理を出す場所)周りの動き、ホールスタッフの動き、そして客席の回り具合いや客の表情までをチェックしているのだろう。スタッフがそれぞれやるべき仕事をしているかどうか、お客さんは料理、ドリンクの提供時間に不満を感じていないかどうか、楽しんで過ごしているかどうか、おそらくはそれらをすべてチェックしているに違いない。そして、スタッフに目で注意や指示を与えているに違いない。レストランにとって、「皿洗い」「洗い場」は新人スタッフの最初の修行の場であり、バックヤードの実はキーポジションでもある。デシャップが表のキーポジションとすれば、下げ場、洗い場は裏の重要なポジションなのだ。店が忙しいかどうか、厨房が回っているかどうかは、下げ場と洗い場を見ればわかる。調理、サービスすべての店内オペレーションができれいるかどうかのバロメーターである。そして、この場所には、スタッフの不平不満や客のクレームがすべて流れてくる。ここに立てば、レストランの現場の「本音」や「弱点」が見えてくるのだ。米国フーターズが成功したのは、二代目のオーナーがお忍びで皿洗い係になり、女性キャストの不平不満を聞いたり、客の本音を聞いたりして、それを改善したからだという話はいまや伝説になっている。あるチェーン店の女性GMの意見を聞き、「フーターズのミッションは働く女性を主役にすること」という理念を掴んだという。ひるがえって、いま成長期の飲食店オーナーがどれだけ現場に立っているだろうか?「オープンした店に行ったこともない」ということを平気でブログで書いたり、リサーチと称して毎夜遊び歩いているオーナーがあまりにも多いような気がする。少し店が増えれば、「現場にでないことが成功者の証しだ」といった勘違いをしている経営者も目立つ。そういうオーナーの店は必ずダメになる。現場感覚を忘れたオーナーはただの虚業家でしかない。ただ、現場に出過ぎて、調理場の邪魔をしたり、常連客相手に接客をし過ぎるオーナーもダメだ。こういうオーナーは「自分がいなければ店は流行らない」と勘違いしている。店を広げることができないオーナーの典型である。理想的なオーナーの立ち位置は、やはり「洗い場」である。そして空気のような存在であってほしい。自分の表現したい空気感を、目で、感覚(センス)で店全体に浸透させるべきである。厨房目線だけでもダメ、客目線だけでもダメ、それらとは少しズラした客観的な目線で店の成長を見届けるべきだろう。それができたとき、「店が完成する」のではないだろうか。「できる飲食店オーナーは皿洗いをすべきだ」と私は言いたい。
コラム
2011.08.25
できる飲食店オーナーは「皿洗い」をする?
飲食店のオープンに行くと、私は必ずオーナーの動きをチェックするようにしている。オーナーシェフはともかく、着実に繁盛店を広げている経営者は「洗い場」に立っているケースが多い。
佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、フードスタジアム 編集主幹。商業施設リーシング、飲食店出店サポートの株式会社カシェット代表取締役。著者に『イートグッド〜価値を売って儲けなさい〜』がある。