まず、デザインの道に入られたきっかけは?
最初は弁護士になろうと思っていて、兄と同じ大学の法学部に進みましたが、司法試験がどれだけ大変か、実際に弁護士になった兄の姿を見ていたし、自分には音楽という夢もあったので、学生時代はロクに勉強せずに、飲食店でのバイトに明け暮れていました。弁護士になるより、ミュージシャンになるかどうしようかと、真剣に悩んでいました。
そんな学生時代に、休学されて、海外に行かれたのですね?
カナダ、アメリカ、メキシコなど、北米を転々とし、バスキングというストリートミュージシャン演奏をしたり、テキサスの国立公園のレンジャー(公園のパトロール)の手伝いをしたり、いろいろやってました。そんなある日、レンジャーの仲間に連れて行ってもらった、砂漠の中の洞窟の中にあるBARに衝撃と感銘を受けて、空間デザインをやってみたいと思うようになりました。
デザイナーを目指しての、帰国後はいかがでしたか?
法学部は卒業したものの、建築課の大学や専門学校を出たわけではないので、資格取得や、就職も大変でした。なんとか拾ってもらった設計事務所では、月15万という薄給で、年間3日しか休みのないという過酷なハードワークを経験しました。
では、独立をされる、転機となったのはいつですか?
その最初の事務所の次に入ったデザイン事務所が潰れてしまい、最後の半年分は給料がでなかったのです。その頃、自分がデザインを担当していたお店で、当時料理長をしていた、今のラ・ブレアダイニング高橋知憲社長と知り合って、ちょうど、彼が独立するというので、その店のデザインをやらせてもらうことになりました。
半年給料がでてないという状況なので、当然お金は欲しかったですが、高橋社長もお金がなくて。その最初の一号店は、格安+店の焼酎ボトル1年分という報酬で引き受けました。(笑)
しかし、その高橋社長とは、1号店の「陣や」「砂漠楼」「鶴姫」など、6店舗をされていらっしゃるなど、10年来の長いお付き合いですよね?
お金はかけられないけど、お互いにいい店を作ろうと本気で必死なので、昔はつかみ合いのケンカになりそうなことも度々ありましたが、いい仕事ができたと思うし、それもいい思い出で、これからも戦友として、公私共に長く付き合っていきたいです。
色々な経験や想いを積んで、独立されたと思いますが、事務所 “engine”の名前の由来を教えてください。
すべての仕事は「縁」だと思っています。その「縁のある人」(縁人)たちと「円陣」を組んで生きたい。このコンセプトは弊社のロゴに現れています。更にそれらがエンジン(駆動力)となって世界を駆け巡っていきたい。そんな思いも込めています。
2006年にオープンされた、お店「ファクトリー ロー」を作ろうと思ったきっかけは?
お店を作らせていただく中で、オーナーと意見の食い違いでぶつかったりすることも多くて、ある時、「轟君は店を経営していないから、解らないんだよ。」と、あるクライアントから言われたことがあって、その時「確かに一理ある」と思いました。我々デザイナーはクライアントから大金を預かって店を作っていくわけですから、初期投資のかけ方、コストバランス等を理解しなければデザインがただのマスターベーションに終わってしまいかねない。それには自分で店を経営するのが一番だと思い決断しました。もともと飲食店が大好きでしたし。
実際にご自分のお店を作られていかがでしたか?
engineは設計デザインだけでなく施工もできるので、協力業者に手伝ってもらいましたが、当時他の案件も数件重なっていたので、現場で図面を引きながらアドリブで作り上げていきました。そのため予算組みをする暇もなく完成した時にははるかに予算をオーバーしてしまいました(笑)
本職のデザインのお仕事上にも変化がありましたか?
実際、飲食店の経営は思ったよりも大変ですが、お客さんのレスポンスや時代の潮流をいつもリアルに感じられるし、売り上げを意識したり、キッチンのあそこには45リットルのゴミ箱を置けなきゃ困る、みたいなオペレーション上の、“細かい使いやすさ”に、より配慮できるようになりました。
また、飲食店オーナーと同じく、「トライ&エラー」を繰り返しつつ、生き物である店を育てる喜びや悩みを共有できるようになったこともいい経験となっています。
振り返れば、若い頃の色々な想いや経験が、全てが今に活かされて繋がっている感じですよね?
はい。ミュージシャンにはなれなかったけれど、今も音楽は大好きで、店のスピーカーなどの音響設備には、TAGUCHIさんというメーカーにタイアップしてもらうなどこだわったり、週末はライブをやったり、ごく最近はCDも作って販売するなど、色々楽しんでいます。また、弁護士にはならなかったけれど、建築にはもちろん消防法等々、法律的なことも関係あるので、無駄にはならなかったですね。
デザインは日ごろどんな所から、インスピレーションを受けますか?
若い頃は意識していろんなデザインを見に行ったりすることもありましたが、都会の中にいると様々な、デザインに溢れかえっていて、煮詰まった時や仕事がひと段落したときは、山に入ってキャンプやフライフィッシングをしたりして大自然の中に身を置いてリセットします。
元々、人工的なものより有機的なデザインが好きで、自店のファクトリーローなどでも、窓は雪見障子風、壁は枯山水を模したりと、どこか和や自然のテイストを取り入れています。
デザインをする上で、心がけていらっしゃることや、嬉しいことはなんですか?
ビジネススケールを念頭に置くのはもちろんですが、我々デザイナーに頼んでいただくメリットを最大限出すためにその「箱」にストーリー性をしっかりと持たせるようにしています。 それは曲をつくるのに似ていています。 更にオーディエンスが入ってライブが成り立つように、店にお客さんが入って空間が完成するように作っています。 それなのでオープンしてたくさんのお客さんが店の中で楽しそうに寛いでいるのを見るのが最大のやりがいかつ喜びです。
デザイン、飲食店の経営、昨年は不動産と、色々チャレンジされていらっしゃいますが、今後の抱負等を教えてください。
家具のブランドの立ち上げも進めています。店舗デザインって、それだけを切り離せるものじゃなくて、もともと弊社は設計だけでなく施工までもできるし、すべては繋がっているから、どうしてもそれをトータルでやりたくなってしまうんですよ。
あとは、不況といわれている世の中でデザイナーに求められているものも変わってきていると思います。こんな時代だからこそ、設計・施工ができ、自社店舗を持っている強みを生かして、多角的にクライアント側に貢献できるコンテンツを提供していこうと思っています。
“唯一無二の魂のこもったデザイン”で、engineの足跡を世界中に残して行きたいです。本気でいいお店を創りたいという、面白いクライアントに出会いながら、これからも新しいことにもチャレンジしていきたいと思っています。
<デザイン例>
● 陣や 恵比寿本陣/炉端焼き/恵比寿
北の漁師町にひっそりとたたずむ店がコンセプト。古材・欄間をふんだんに使い暖かい雰囲気を醸し出す。 あえて天井照明は使わず床やカウンターに置かれた行灯と、壁の特注の一升瓶照明でほのかな明かりを作り出し、店内中央の新鮮素材のディスプレイを引き立たせている。
● factory LO/炉端Dining/三軒茶屋
engineのアンテナショップ。 わずか12坪の店だが中二階の小上がりやテーブル席・VIP個室など多彩なブースが存在。 一見モダンだがあえて分かり易い和の素材を使わずに、枯山水や五月雨など情景をシンプルな素材で表現している。 engineの魂がこもっている店である。
● 鶴姫/郷土料理/中目黒
戦国時代の豪華絢爛の「かぶき」を表現している。 鶴姫という女武将の故事にのっとり、店内には様々な種類の金襴の生地が使用され、各部屋の名前と連動した合わせ鏡のディスプレイが不思議な広がりを見せる。 外壁の巨大な銅製の折り鶴も必見。
● Gustro Pub ARROWS(ガストロ パブ アローズ)/ブリティッシュパブ/本八幡
従来のブリティッシュパブの概念ではなく、美食をテーマにしたガストロノミーを取り入れたパブ。 パブが持つフランクさを残しつつレストランとしての風格も併せ持つ。 2階立地と天井の低さを逆手に取り、大胆に配置された天井のモールディングやミラーが雰囲気を出す。
<プロフィール>
有限会社engine エンジン
代表取締役 轟 貴弘
1971年長野県生まれ。2000年にE/g SPACE LABO設立、2004年(有)engine設立 住所;東京都世田谷区太子堂4-29-15 第2モリビル3F
TEL;03-5431-3880
factory LO
営業時間;平日18:00~2:00(L.O.1:00)
;金・土・祝前日18:00~5:00(L.O.4:00)
;日・祝日18:00~0:00(L.O.23:00)
定休日;不定休
席数;25席
“