山下春幸氏
1969年、兵庫県神戸市生まれ。世界各国で修業を積み、「HAL YAMASHITA東京」はじめ日本、米国、シンガポールで10店舗のレストランを経営。伝統的な日本のスタイルに独自の視点を織り交ぜた「新和食」を提案し、各種レストランガイドで高評価を受ける名店として知られる。シェフとして腕を振るう傍ら、行政や国連機関と提携した食の啓蒙活動やボランティアなどにも勢力的に取り組む。コロナ禍では(社)日本飲食未来の会を設立し、飲食業界の苦境を救うべく政治家への陳情活動を続けている。
山下春幸氏(以下、山下氏):私が動き出したのはかなり早い時期だったと思います。当社はアメリカ・カルフォルニア州でもレストランを経営しているので、2020年1月頃、そちらから「変なインフルエンザが流行っているぞ」と耳にしたのが始まりでした。
そして周知のとおり、日本でも状況はどんどん悪化し、4月には緊急事態宣言が発令。私達の店含め多くの飲食店は言われるがまま店を閉めざる得ない状況となりました。日本ではあくまで「自粛要請」というかたちでしたが、アメリカでは、より強制力のあるロックダウンが実施されました。しかし、向こうはロックダウンする代わりに飲食店に対して手厚い補償が出たので、安心して店を閉めることができたのです。一方、日本では当時まだ補償金も出るのかどうか不透明な状況だった。そんな政府の対応を見て、私は政治家の方々に飲食業界の現状を訴える必要があると感じました。お恥ずかしながら、それまで政治については不勉強でしたので、まずはお客様だった政治関係者の方に話をしにいきました。そこで言われたのが「山下君、こんな時だけ急に言うのは調子が良すぎるぞ」ということ。普段、政治家の方々は勉強会などを催しているものの、飲食関係者は案内を出しても全く来ない。平時からの人付き合いがないのに、困った時だけ助けることはできないということでした。「まずは政治家との交流、ロビー活動から始めなさい」と助言をいただき、そこから永田町のいろはをイチから学び始めました。
同時に、2020年1月頃のコロナ前から私は(社)日本環境衛生機構という団体を医師たちとともに立ち上げて、日本の飲食店の衛生状況の格付けする活動を行っていました。その要件で、4月は国に行く機会が多くあったんです。その際に、毎日、政治家の方へ飲食業界の現状を訴えていました。最初は私一人で尋ねていったのですが「個人の訴えに耳を貸すことはできない」と門前払いでしたので、(社)日本飲食未来の会という団体を立ち上げて、引き続き訴えを続けました。団体といっても最初のメンバーは私を含めて数名だったのですが(笑)。そうこうしているうちに、ワンダーテーブル代表の秋元巳智雄さんが私の活動に共感してくれました。「ここで僕らが動かないと次世代の飲食業界が危うい」と意気投合。同様に政府に飲食業界の現状を伝える活動を行っていた日本ファインダイニング協会の力もお借りして、そのメンバーである、飲食店のプロデュースなどを手掛けるソルトグループの井上盛夫さんやバルニバービ代表の佐藤裕久さんも一緒にやっていこうとなりました。
山下氏:少しずつ、政治家の方々が私達の声に耳を貸してくれるようになりました。陳情活動の様子をニュースで取り上げてもらったり、ご縁があり政治討論のテレビ番組にも出演させていただいたりと露出の機会も増えていました。そうした甲斐あってか、日本でも少しずつ補償金等の制度も整ってきました。
ですが、まだまだ飲食業界は厳しい状況。今の飲食店の現状をまとめて、政治家たちに提言し、実行してもらう必要がある。そうして結成したのが「食文化を未来に繋ぐ飲食アライアンス」です。井上さん、秋元さん、佐藤さん、食文化ルネサンス専務理事の二之湯武史さん、私の5人を中心に、さまざまな飲食団体から成る組織です。今年6月には、食文化を未来に繋ぐ飲食アライアンスで「『外食崩壊寸前、事業者の声』緊急記者会見」も行いましたね(※)。飲食店と一口に言ってもその実はかなり幅広い。街場の家族経営の店から大企業のチェーン店、スターシェフによる高級レストランまで。これらを全部まとめるのは至難の業。そこで、数多くある飲食の団体に声をかけ、現在26団体に参加していただきました。合計の加盟店舗数は数万店舗にものぼります。政治に対しては個人の訴えよりも団体の訴えの方が、圧倒的に効果がある。食の経団連のような団体が業界を代表し、声を上げていきます。
※参照:「外食崩壊寸前、事業者の声」緊急記者会見(日本ファインダイニング協会HPより)
自民党総裁選挙間近の9月半ば、松田公太さんのお声がけで複数の飲食店経営者らとともに自由民主党の河野太郎氏と意見交換を行いました。