マンハッタン、過熱する3つのフードトレンド
ブルックリンの自然体な“地元志向”のフードカルチャーとはうってかわって、マンハッタンはネクストブームを生み出すのが使命、とでもいうかのような表情を見せる。寿司やラーメンをはじめとした日本食が流行しているのは、私たちも知るところ。メキシカンやハイブリッドスイーツ、ブレックファストやフライドチキン……。次々に食の流行りものをつくっては、世に送り出してきたまさにトレンド最先端の街だ。
そのなかでも、取材時に感じた「過熱する3つのフードトレンド」を紹介したい。
大都会のど真ん中に増殖中!?
飲食ビジネスの新たなモデルFood Hallとは
マディソンスクエアパークのすぐ隣り、エンパイアステートビルも目の前に眺められるマンハッタンのど真ん中、5thアベニューに美食を求める人々でごった返す場所がある。イタリア食材をテーマにしたマーケット「Eataly(イータリー)」だ。
ビルの中に一歩足を踏み入れた瞬間感じる活気といったら、まるで年始のセール会場のようだ。グローサリー、肉屋、魚屋、パスタ屋、コーヒーショップに、ブルーパブにレストラン……。1400坪にも及ぶこの巨大な市場には、イタリアに関連するものならなんでも揃う。「レストランを兼ね備えたスーパーマーケット」をコンセプトにする「イータリー」は、オスカー・ファリネッチ氏がイタリア・トリノで、2007年オープンさせた。2010年、ここNYにも進出し、イタリアン好きのニューヨーカーのみならず、世界中から訪れる観光客の心までもがっちりつかみ続けている。5ドルのジェラートから、100ドルのコース料理まで、どんなニーズにもこたえてくれるこの巨大なマーケット。5つあるレストランは、有名シェフによる魚介料理、新鮮野菜をつかったクリエイティブなベジタリアン向け料理、肉料理をメインにした高級コース、職人がつくるピザにパスタなど、いずれも本場イタリアにひけをとらない味、とニューヨーカーたちを驚かせ、魅了する。食材を販売する“マーケット”セクションでは、打ちたての生パスタ、手作りの生ハムやサラミ、オリーブオイルやチョコレート、ワインなどが所狭しと並び、販売されている。
米ニューヨークタイムズ紙の記事によると、この場所に年間700万人が訪れ、売上は7000万ドルにものぼるという。専門性、クオリティの高さ、網羅性、多様性を追求しながらも、消費者の手に届きやすい価格設定で間口を広げ、誰もが体験して楽しめる巨大な食のテーマパークは、類を見ない成功をおさめているようだ。
「イータリー」は、食材のリテールとレストランの在り方を間違いなく一歩前進させたといえるだろう。この“イータリー革命”以来、マンハッタンの繁華街で「Food Hall(フードホール)」と呼ばれる新型マーケットが増え続けている。
私たちがNY初日に向かったのも、そんな話題のフードホールのひとつだった。グランドセントラル駅の裏手にある「Urbanspace Vanderbilt(アーバンスペース・バンダービルト)」だ。2015年9月にオープンしたこのフードホール。モーニングからディナーまで、近隣の大企業で忙しく働くオフィスワーカーたちの空腹を満たし、特にランチに関しては「オフィスランチのゲームチェンジャー」とまで言われている。一風堂の「Kuro-obi by Ippudo」や、NYで最も美味しいと評されるピッツェリア「Roberta’s」、多数の受賞歴をもつベーカリー「Ovenly」など、NYでもっともホットな20あまりの飲食店が軒を連ねる。従来のフードコートと異なるのは、地元の「Artisan(職人的)」な店が集まっている点だ。これまでフードコートといえば、全米で展開しているファストフード店やチェーン店の出店が一般的だったが、ここに出店しているのは、地元で人気のシェフや職人が手作りする食事を出すレストランのみ。ファストフードよりは価格設定は少し高めだが、それでもオフィスランチの平均が15ドルもするマンハッタンでは、わざわざ足をのばさなくてもブルックリンやクイーンズの名店の味をいただけるなら許容範囲だろう。
このフードホール熱は、近年ますますヒートアップしている。2016年6月、グランドセントラル駅構内にオープンしたのが、ノルディック料理をテーマにした「Great Nothern Food Hall(グレート・ノーザン・フードホール)」だ。世界最高峰のレストラン「Noma(ノマ)」の共同創業者、クラウス・メイヤー氏が仕掛人とあって、開業前から業界内外から注目を集めた。デニッシュペストリーをメインにしたベーカリーや、オープンサンドなどの北欧の軽食を提供するスタンドなど、これまでNYでは珍しかった北欧料理を気軽に楽しめる。ほかにもマンハッタンの交通の要衝「ペン駅」には「Pennsy(ペンジー)」が、開発中のヘルズキッチンエリアには「Gotham West Market(ゴッサム・ウエスト・マーケット)」が相次いでオープン。さらに、2019年にはシェフ、著述家、テレビスターとして著名なアンソニー・ボーディン氏がてがける「Bourdin Market(ボーディン・マーケット)」がオープンを控えている。
不動産サービス会社クッシュマンウェイクフィールドの調査によると、2016年の前半9ヶ月だけでフードホールの数は4割近く増え、さらに少なくとも18カ所で新たなフードホールが開業を控えている、と伝えている。もはや食のリテールとレストランが融合したフードホール抜きには、NYの飲食シーンは語れないのである。この流れは、消費者にとってだけではなく、飲食店側にとってもメリットがある。地価と人件費が上昇を続けるニューヨークにおいては、多くの人が集まる繁華街に出店するハードルは天より高い。10店舗20店舗と集まるフードホールなら、外れたエリアでブレイクした店が、2店舗目を繁華街の中心にあるフードホールの一画へ、ということも十分に考えられる。消費者側にとってみれば、わざわざ遠方に出向かないと食べられない人気店の味が一堂に会し、仕事の合間に気軽に立ち寄れて、テイクアウトまでできるなどかなりのメリットがある。
日本の商業施設にあるレストランフロアやフードコートと異なるのは、その空間デザインにもいえる。フードホールには、基本的に壁がない。ポップアップレストランが集まったようなイメージだ。イタリアンレストランの隣りに肉屋があったり、バーの隣りはベーカリーだったり。しっかり座って食事をしたい人、待ち合わせの時間まで一杯だけ飲みたい人、テイクアウトして自宅で食事をする人、朝食、ランチ、カフェ、ディナー、バー……。あらゆる食のニーズがつまっている。その上、地元の超人気店が集まっているから「フードコートで見飽きた店ばかり」なんて愚痴も出ない。
フードホールは、大都市における飲食ビジネスの新たなモデルとなりえる。そんな可能性が垣間見えた。
ニューヨーカーの夜は
「まさか、ここに!?」なSpeakeasyへ
世界中からあらゆる人々が押し寄せるニューヨーク。この790㎢の小さな大都市に、毎年6000万人(NY市観光局)が訪れる。どこへ行っても観光客たちがカメラに向かってポーズをとり、非日常を楽しむ彼らの騒々しさに出会ってしまう。だから、ニューヨーカーたちは自分たちだけの場所を求めて、夜はお気に入りの隠れ家に集う。そう、「Speakeasy(スピークイージー)」と呼ばれる隠れ家に。スピークイージーとは、もともと無許可営業のバーをそう呼んでいたことから登場した言葉だ。1920年代の禁酒法時代、一気に全米に広まり「酒類密売店、もぐり酒場」などの意味をもつようになった。警察や隣人に見つからないように、表向きはなんの変哲もないレストランを装っているが、地下や隠し部屋にはバーが広がっているなんてことも。
今、ニューヨーカーたちが夜集うのも、そんな知る人ぞ知るスピークイージーな店なのだ。私たちが訪れた「La Esquina(ラ・エスキーナ)」は、常にウェイティングのある超人気のスピークイージーだ。ノリータ地区にあるこのお店。外観は、まったく普通の、映画でよく見かけるザ・ダイナーという印象。「the CORNER」とレッドネオンが灯る。よく見ると、「La Esquina(=the CORNERの意)」と小さな小さな文字も。半信半疑で中に入ると、店奥の“Empoyees only”のドア前には、いかついSPらしき男性。名前を告げて、ウェイティングリストに入れてもらい、待つこと10分。名前を呼ばれて、ドアをくぐる。暗くて狭い階段を降りきると、そこは料理人たちがせわしく立ち働く厨房の中。さらに抜けて奥へ。急に暗くなったと思ったら、ショットグラスを片手に賑わう人だかり。
ここが人気のスピークイージー・メキシカンレストラン&バー「ラ・エスキーナ」なのだ。 ゆったり100席もあろう広さで、奥はローテーブルのメインダイニング。手前はバーカウンターとソファ席。若い男女の熱狂と歓喜が充満した空間。日々マンハッタンを動かしているエネルギーは、夜、こんな隠れた地下で小爆発を繰り返しているのだ。そんな考えが頭に浮かぶ。ほかにもチャイナタウンの外れにある「Apotheke(アポテケ)」も印象的だった。中華料理店が並ぶ裏路地。知らなければ見過ごしてしまいそうな街に溶け込んだ寂れたビルに古いドアを一歩入ると、黄金色にライトアップされたグラマラスなバーに広々としたメインフロアが迎える。カウンターの向こうでは、科学者のような白衣のバーテンダーたちが精密に絶品カクテルをこしらえる。こういったスピークイージーの店は、もちろん広告宣伝もしなければ、通常ホームページも持たない。口コミだけに情報を絞っているのに、メディアはこぞって“10 of Manhattan’s Best Hidden Underground & Loounges”などと取り上げる。それを見た人たちは、まず店を発見するまでを楽しみ、発見してから入るまでに心地の良い不安と期待を味わい、一歩踏み入れると忘れられない驚きを体験するのである。一度経験すると、またほかの誰かを連れてきたくなる。そうやって“隠れ家”はニューヨーカーたちの好奇心をかきたて、関心を一点に集めて一気に広がっていったのだった。
ニューヨーカーたちがこぞって隠れた店で騒ぐ理由。私が実際に訪れて思ったのは、まだ知らない「体験」の驚きや楽しさを与えてくれるからだと思う。ただおいしいだけの食事、お酒、有名シェフ、新しいトレンドフード…。それらもすべて体験の一要素なのだが、1万軒以上もレストランが密集するマンハッタンでは、そういった体験は繰り返され、新鮮ではなくなり、やがて刺激を失う。それ以上のなにか、心の底からワクワクさせてくれる新しいなにかを彼らは常に求めているのだ。その欲求に対して、洗練されたエンターテイメントとして応えたのがスピークイージーだったのだろう。
マンハッタンのイートグッド現象
都会の屋上に広がるルーフトップファームに迫る
“オーガニック”や“ファームトゥテーブル”“サステイナブル”などのキーワードは、もちろんNYでも欠かせないキーワードだ。むしろ日本やブルックリンよりも強く意識したレストランが目立つ。マンハッタンの“イートグッド”の草分け的存在なのが、高級アメリカン料理の「BLUE HILL(ブルー・ヒル)」だ。サンフランシスコで40年以上ファームトゥテーブルを発信し続けてきたアリス・ウォーターズの「CHEZ PANNISE(シェ・パニーズ)」で経験を積み、その思想を受け継いだダン・バーバー氏が、2000年にオープン。東海岸にもイートグッドカルチャーを広めた立役者的存在だ。「ブルーヒル」のオープン以来、「Rosemary’s(ローズマリーズ)」、「BOBO(ボボ)」などのファームトゥテーブルを実践するレストランが続々と登場。彼らが牽引役となりマンハッタンセレブたちの食意識を変えてきた経緯がある。
私たちは高級住宅地グリニッチヴィレッジにある「ローズマリーズ」を訪ねた。同店は、カフェカンパニーと業務提携し、昨年夏、新宿NEWoManに出店。NYで最も人気の高いオーガニックイタリアンがやってきたと話題をさらった。本店となるこのレストランには、ルーフトップファーム(屋上農園)がある。シェフのウェイド・モイセス氏が案内してくれた。店内の階段を上り、屋上へ出ると、一面緑の小さな農場があった。“Basil”“Lemon grass”と一畝ごとに名札が立てられている。ここで収穫した野菜は、1階のレストランでサラダやパスタなどとして供される。ルーフトップファームで野菜の栽培する意義を、モイセスシェフは次のように話す。「都会の子どもは野菜がどこからくるのか知らない。だから、僕たちは市内の小中学校から生徒を農園に招いて、いつも食べている野菜がどうやって育って、食卓へと運ばれるかを教えているんだ」。また、ファームトゥテーブルの難しさについては、「求める食材を常に一定量仕入れて、一年間レストランをまわしていけるか」という点にあると説明する。食材の供給を完全に自然に依存しているため、自社農園だけではとてもまかないきれない。そこで同店では、近くの6、7農家と契約し、食材を補っているそうだ。
ニューヨークでは、彼らのように屋上で野菜を栽培する「ルーフトップファーム」や「アーバンファーム」と呼ばれる都市農業が増え続けており、その数は全米でもトップクラス。子どもたちへの食育機能のほか、新鮮で安全でエコフレンドリーな野菜が安価に手に入り、さらに雇用創出につながるため、ニューヨーク中で積極的に取り組まれているのだ。
ミレニアル世代の価値観を映すフードシーンの変容
これまでNYの今の飲食シーンを3つのキーワードでお伝えしてきた。これらの現象の背後には、全米で最大人口層を形成する「ミレニアル世代」が大きな影響力をもって存在している。ミレニアル世代とは、1980年以降に生まれた30代後半までの若者層を指し、米国の人口の4分の1を占める。大量生産・大量消費の時代を生き、これまでの米消費を牽引してきたベビーブーマー(46〜64年生まれ)とは、その消費動向も価値観もまったく異なる。リーマンショックの余波をもろに受けた彼らは、多額の学生ローンを背負いながら、就職難を経験。一方で、人種的にも政治的にも史上最も多様性に富む層でもある。インターネットが生活の一部になった「デジタル・ネイティブ」で、SNSなどを使いこなしてコミュニティの輪を広げたり、情報収集をおこなったりすることが得意だ。そんな彼らが求めるのは、「所有」より「体験」、「量」より「質」。仕事は、より社会貢献的であるべきと考え、富を築くことが第一ではない。スマホがあれば個人ですべてが完結してしまう今だからこそ、食事や車をシェアしたり、ボランティア活動に参加したり様々な方法で他人とつながろうと欲する。だから、美食だけじゃ満足できない。大勢が一時に集い、職人が手作りするあたたかな料理のあるフードホールでランチをとり、そこにしかない体験を求めてスピークイージーの店で夜を過ごす。そして、社会問題、環境問題の解決を願ってルーフトップファームでとれた野菜を食べるのだ。
この流れは、もう一度人が人との距離を縮め、自然に向き合い寄り添おうとするはじめの一歩かもしれない。ただ、NY取材を通じて見えてきたのは、なにも良い面ばかりではない。インターネット上で、瞬時に情報が拡散する今日、言葉だけが切り取られ、独り歩きする危険性をはらんでいることもあらためて感じさせられた。それは、「オーガニック」や「ファームトゥテーブル」など、食や農業、環境に配慮された食材としては聞こえがいいが、単なるキャッチコピーと化していないだろうか、ということだ。街中どんな店でもこれらの言葉が目についた。大手コンビニチェーンのオーガニック版なんていうのもあった。そんな中、2015年から続く米ファストフードチェーン「チポトレ・メキシカン・グリル」をめぐる問題は、言葉だけが拡散する危険性をあらためて浮き彫りにした。同社は、「organic(有機栽培)」「non-GMO(遺伝子組み換えでない)」「pasture-reised(放牧育ちの)」などのキーワードを全面に押し出し、ファストフードチェーンに対するイメージをがらりと変えてきた。だが、そのずさんな衛生管理が原因で全米で食中毒が発生。さらに、「non-GMO」を謳いながら、家畜に遺伝子組み換え飼料を与えていることが問題となり集団訴訟にまで発展したのだった。
私はこう思う。あまりに簡単に買える食、あまりに簡単に手に入る情報。そこには力ない幻想しか存在しないのではないか、と。その一皿の向こうに、どれだけの人の労働と時間と心が注がれているか、どれだけの自然の力が働いているかを日々の生活の中で想像し、より良い選択をするには、生の体験と交流しかない。そう、もっと「食の現場」を体験し、理解を深めるほかはないと思うのだ。