いまマーケティングの分野では、「物を売るな、物語を売れ!」という言葉が注目されています。ストーリーブランディングの専門化、川上徹也氏が提唱しており、「売れない時代に物やサービスを売るためには、物ではなく物語を語ることで「独自化」「差別化」していくということである。これは、外食業界でいえば、奇跡の急成長を遂げたエー・ピーカンパニーがその事例の代表格といえよう。同社の代表店舗である「塚田農場」や「四十八漁場」は、宮崎・日南市の養鶏場づくりから始め、宮崎の自社漁船で漁師が朝獲りした鮮魚をその日に東京の店舗に運ぶ。そうしたストーリーは、同社独自のものであり、他の居酒屋チェーンとの差別化を訴求できた。それが同社の急成長のバネになったことは間違いない。しかし、ここで注意しなければならないのは、食関連ビジネスの場合、そのストーリーは「リアル」、つまり事実に基づいたノンフィクションでなければならないということだ。「食品偽装」につながりかねないフィクションは通用しないと考えたほうがいい。
ノンフィクションでさえあれば、そのストーリーが決して美談である必要はない。要は、顧客一人ひとりの心に響くことが大事なのであって、いかに「いいね!」をもらえるか、共感、共鳴してもらえるかが肝心なのである。先日、リサーチで訪ねた丸の内国際ビル地下1階の「築地もったいないプロジェクト 魚治」は、まさにいま時代が求めている「物語」を体現したような店だと感じた。「もったいない!」という言葉はいわばタイトル。まず、それに惹かれる。「なんだ?」「どういうことだ?」と関心が湧く。同店のコンセプトは、築地の仲卸業者とタイアップし(ここまではよくあるパターン)、「競りで残った魚」を仕入れて安く提供する(ここまでもよくあるパターン。「魚金」グループがそうだ)。同店が違うのは、その魚たちの”悲劇”のストーリーをメニュー開発に活かし、顧客にきちんと伝えていること。
例えば、「のどくろの煮付け」(1980円)と「かぶと焼き」(3000円)、「白子まーぼー煮」(680円)。のどくろは「トロ―ル漁で揚がったんですが、網で傷がついてしまって売り物になりませんでした…」。まぐろのかぶとは、「輸出用だったんですが、デカ過ぎて重量オーバーのため通関を通らなかったもの…」。そして、白子は「雪のためセリ時間に到着が間に合わなかったもの。緑がかっていたので麻婆にしました…」。このような解説が一つひとつあるので、顧客は「なぜ安いのか」「安くても品質はそんなに変わらない」「むしろ、こういう魚を食べてあげることで漁師さんが少しでも潤えばありがたい…」と感じる。すでに、顧客はその「もったいない劇場」という物語の出演者の一人になっているのだ。ガッツリ肉を食べるために”登山する”という吉祥寺の「肉山」、サンフランシスコからやってきた「焙煎して24時間以内の豆しか売らない」という「ブルーボトルコーヒー」なども物語を売っているといえるのではないか。これからの飲食店経営者は、優れた「ストーリーテラー」であるべきだ。