コラム

「上海飲食マーケット」視察レポート(2)

上海市の人口は2400万人(2013年統計)、面積は群馬県ほどの広さだが、中心部はさほど広くなく、飲食店やモールが集中する主なエリアを端から端までタクシーで回っても1時間、300元(5000円)ぐらい。上海滞在2日目、3日目は、日本人街の虹橋開発区エリアのランチタイム視察から浦東新区エリアへ飛び、さらに欧米系の人たちが集まる淮海中路の茂名路エリアなどを歩いてみた。いたるところで、日本人経営者が戦う姿があった...。

PROFILE

佐藤こうぞう

佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、フードスタジアム 編集主幹。商業施設リーシング、飲食店出店サポートの株式会社カシェット代表取締役。著者に『イートグッド〜価値を売って儲けなさい〜』がある。


上海2日目以降の天気はPM25が嘘のような快晴。雲一つない青空の下で動き回ることができた。
「最近でこんなに晴れた日はありません。かなりラッキーですよ」
とアテンド役の遠藤さん。ホテルを出て、気分よく虹橋開発区周辺を歩き回った。街は緑が多くきれい。ランチに出てきたオフィスワーカーがモールや路面の飲食店に吸い込まれていく。ランチ営業店はどこも混んでいた。。モール内の2階にある柚子グループの繁盛店「お箸家 柚子」。1日60万円売るとか。柚子グループは、和食、焼肉など10店舗以上展開している。「銀平」も繁盛店。和歌山から出てきて1店舗だが、ローカルからの評価は高く予約が取りづらいとか。ランチは讃岐うどん「田野」にした。高松から上海に出てきて4店舗展開中。夜は総合居酒屋だ。はやりアジア特有、メニュー数の多さに驚かされる。虹橋エリアに今年9月、新しくオープンしたモール「ARCH WALK」へ。地下にはユニーとして中国本土初出店となる「アピタ金虹橋店」が出店、大繁盛中だった。飲食テナントは施設オープン後に順次開業。このあたりもアジア共通。
「日本の商業施設は全テナント一斉オープンが当たり前ですが、上海ではこれが常識です」と遠藤さん。
オープン直前の「がってん寿司」の総経理の倉地さんに話を聞いた。「がってん寿司」は、上海9店舗目。「スシロー」が出店を諦めるなど上海における日系回転寿司は苦戦しているが、そのなかで最も成功しているが「がってん寿司」だ。これからは「上海市内よりも地方都市へ出たい。杭州は候補ですね」と倉地さん。杭州は上海から高速鉄道で南へ50分。人口は780万人。上海の周辺にはこうしたマーケット規模をもつ地方都市がたくさんあるのだ。「ARCH WALK」では、ワンダーテーブルの「モーパラ」もオープンに向けて工事をしていた。

2日目の夜は、上海版のネオ大衆酒場「平成屋」からスタート。空間は日本人経営者の店と思わせるようなベタな大衆居酒屋スタイル。
遠藤さんによると、この店は大ブレークしているとのこと。経営は、上海人の陶さん。4店舗展開。ハイディ日高で日本的オペレーションを学び、上海に帰って起業した。客単価は100元(1700円)。女子独り客やファミリーの姿も目立ち、30坪ほどのこの店で月1000万円を売るらしい。
「上海女子にとって、日式居酒屋で食事するのがオシャレなんです。オフィス帰りに食事。ラーメン一杯でもOKですから。大衆食堂的機能もあるんでしょうね」。
「串カツ田中」も上海出れば当たるのではないか…とふと思ったりした。
虹梅路へ。虹橋エリアでは、よりローカルが多いエリア。欧米人ストリート「老外街」もある。ここで繁盛店「竿屋」を運営する竿山さんにヒアリング。キャラの濃い方で豪快な鹿児島県人。鹿児島で5店舗、上海はパートナーと3店舗を展開。ジャカルタにもパートナーと進出。虹梅路エリアの隠れ家「北彩」へ。2003年創業の老舗。オーナーの浅野さんは、埼玉出身。20代前半で上海に出てきて“居酒屋道”を追究。多くの上海在留邦人の社交の場になってきた店で、料理のクオリティには定評がある。虹梅路の外国人街「老外街」。オープンテラスの店が延々と続く。クラフトビールの店も大人気。上海のビアシーンのこれからにも注目。虹梅路からタクシーでワンメーター、日系の老舗店が集まるストリートの古羊路へ。超繁盛店の「萬蔵」、老舗「照ノ谷」、ちゃんこの「玉海力」、人気店「やまとや」などが軒を連ねる。周辺は台湾人の住むマンションも多く、台湾系飲食店も多数並ぶ。2日目の〆は、上海で日本そば業態をリードする「紋兵衛」。なんと上海で7店舗展開している勝ち組だ。上海ナイトを日本そばで〆るって、なんかオシャレではないか…。

3日目も快晴。この日はホテルからタクシーで、浦東開発区の森ビル上海タワー(上海環球金融中心)へ。森ビルは101階、目の前の米国系の金茂大廈は88階、そして建築中の上海中心は120階建て。まさに摩天楼エリア。まずは、上海森ビルの飲食ゾーンをチェック。B1の「東京屯ちんラーメン」「はなまるうどん」は行列。B2のフードコート「嘉柚(ジャーヨウ)」は大活気。ワイズコーポレーションから柚子グループ&アサヒビールの合弁会社に運営が移ってから業績が急回復した。日本からは、南さんの福井唐揚げ&海鮮丼&牛丼店、岩手の蝦名さんのカレー&ラーメン店が出店。絶好調のようだ。森ビル87階、パークハイアットホテルのバーへ。浦東エリアから川向こうの外灘のある浦西エリアを眺める。2010年万博でこれだけの発展を遂げた上海。街のスケール感はNYに負けない。いったい、これからの上海はどうなるのか?市内はもう商業もオフィスもオーバーフローと言われる。これからの開発は、上海郊外、周辺地方都市へ広がらざるを得ないというのが日系の皆さんの見方。一方、市内も外国企業撤退で空洞化が始まっている。モール、路面含め、物件はまた出てくるとの見方もあるが…。

いずれにしても、飲食ビジネスのターゲットは「ローカル」。それだけは間違いない。
茂名路エリア、フランス旧租界の衡山路にあるノバレーゼの「SHARI」へ。ハウスウエディングコンセプトで、フランス人の別荘だった一軒家でオープン。途中からウエディングよりレストラン経営に軸を移し業績が好転した。運営を任されている中川さんは、「ターゲットをローカルの中国人にシフトしてプロモーションをかけた。それが奏功した」と言う。中川さんは、グローバルダイニング出身。この周辺は“上海の外国人街”、衡山路のオシャレなストリート。“老房子”(古民家)をリノベーションしたカフェやバー、レストランが点在する。中国とは思えない光景が広がる。オーガニックレストランとグロサリーをミックスした西海岸スタイルの店やクラフトビアレストランなどが並んでいた。その衡山路から淮海中路方面へ10分ほど歩くと、日本人経営の焼肉店「あじや」へ。3日目の夜は焼肉からスタートだ。日本人街の古北路で1号店、今年2月にで淮海中路に出て2号店オープン。ターゲットはローカル中間層と日本人駐在員。ビルの3階だが、大ヒット。
「お客様が入れないこともあるので、この近くでもう1店舗やりたいですね…」とオーナーの八木さん。淮海中路のこのあたりは、日本人も来るが、ローカルが多い。ローカルターゲットの日式焼肉が成り立つことを証明してくれた店だ。内装オシャレ、肉はリブロースとかマルチョウもあり、クオリティは日本並み。ローカルの若い女子4人組が隣に。キリンの一番搾りフローズンビールで乾杯していたのが印象に残った。“上海のトラジ”というイメージだった。

「あじや」の八木さんにいろいろうかがった。
「ちゃんといいものをカジュアルに出せば、ローカル客は確実に来てくれます」。
口コミで評価されたら、たちまち店はお客様でいっぱいになる。消費性向は高い。中間層は半端ないボリュームで増えている。上海人が反日というのは日本にいる人たちの思い込み。外食に関しては“好日”、日系飲食店なら間違いない、新しい日系飲食店には行ってみたいというのが中間層の本音だと感じた。
淮海中路エリアで話題の繁盛店へ。話題の主人公は、KOTA(津吹孝太)さん、33歳。上海飲食ビジネスの光と影が凝縮したストーリーの持ち主だ。TYハーバーで飲食を覚え、23歳で上海に渡る。様々な飲食経験を積み、飲食で起業。店は大繁盛するが、チャイナリスクの典型のような乗っ取りパターンで店を手放す。しかし、タダモノではない。その店の近くで、その店よりも広い480ヘーベの店を出す。それが「KOTA'S KITCHEN」。かつてのグローバルダイニング系の店みたいなオーラがある。上海ローカル、欧米人、日本人がバランスよく入っている。目標月商は150万元(2550万円)。グラフィックや音楽はビートルズにこだわる。
「やはり、ビートルズがグローバルスタンダードでしょう。そのスピリッツで世界に通用する店を展開していきたい」と津吹さんは熱く語る。この人は大きく伸びそうだ。3日目の〆は、グローバルダイニング卒業生の山本(Kohei)さんが新しい店を出したという情報をゲットしたので、店を探して南京西路へ。この辺は、東京で言えば原宿。ユニクロの巨大店がオープンし、人の流れはユニクロ中心になっている。そんなストリートの裏路地に、突如として夜遊び系の店が集合する巨大な洋館が隠れていた(泰興路99号)。ここだけ別世界の空気感。ターゲットは欧米人。「上海政府の意向で欧米人が遊べる飲食エリアをリノベーションでつくり上げた」という。山本さんはいま上海の夜のバーシーンをリードする「el willy」「el Cocktail」グループの最新店「el Ocho」にいた。扉を開けると、欧米人がほとんど。空席はなく、再開を約束して山本さんと別れた。

上海4日目は、観光客の集まる外灘、南京東路、南京西路、新天地、田子坊などを歩き回った。外灘から南京東路駅までは世界から観光客が訪れる。東路駅前の歩行者天国は有名だが、その交差点の一角に大丸が近々オープンする。日本からは際コーポレーションも出店するようだ。4日目は若い上海女子も一緒だったが、
「私たちは、南京東路で買い物や食事はしません。田舎の方々が多いですから…」
と解説してくれた。彼女も地方出身なのだが…。
「では、どこへ行くの?」と聞くと、
「日本食やイタリアンを食べるときは南京西路か淮海中路、中国料理なら徐家匯あたりです」
という答えが返ってきた。
新宿ゴールデン街のような旧住宅街をリノベーションした観光地でもある田子坊は、B級グルメトレンドの宝庫。吸血鬼飲料、トルネードポテト、便所レストランなど、尖ったサブカル系フードの店が集中。ゴールデン街というより、秋葉原に近い印象。韓国映画などで出てきたアイテムが、すぐに商品化されたりするとのこと。田子坊打浦橋エリアにあるローカル最大のデパ地下、日月光広場は、日系飲食店も多い。「鎌倉パスタ」「プロント」「がってん寿司」「丸亀製麺」などが出店。安定した集客を確保しているようだ。南京西路は観光客があまりいない。中国進出再挑戦の「一風堂」はまずまずの入り。滞在中2回、店の前を通ったが行列は見られなかった。

南京西路にある伊勢丹。地下売り場のフードコートが淋しい。日系は、「はなまるうどん」「がってん寿司」、最近オープンした「とんかつ和幸」のみ。チーズケーキの「てつおじさん」が撤退し、クロワッサンドーナツの店がオープンしていた。台北では大人気の「てつおじさん」は上海中あちこちにある。人気に翳りが出てきたといわれていたが、そのほとんどは“偽ブランド”という話。私には真贋が判別できなかったが、偽ブランドも堂々と一流のモールに出店できるのが中国だ。静安寺にある久光(旧そごう)。地下には日系飲食が多数。道頓堀のたこ焼きが人気だった。ココイチも上海では順調に店を増やしている。淮海中路に1年前にオープンした香港系の「iapm」へ。かなりバブリーな商業施設だ。日系は「炎丸」「一風堂」「麺屋武蔵」が出店。上海デパート飲食戦争は、「久光」が勝ち組。「伊勢丹」はイマイチ。今回チェックできなかった「高島屋」は立地、価格戦略の失敗で負け組に。「iapm」は未知数。近々オープンする「大丸」がどこまで勝てるか…といったところだろう。

上海視察ラストナイトの4日目、夜のリサーチは上海の郊外、宝山区のモール。「焼肉でん」もあったが、目的店は、日本人若手経営者が2年足らずで5店舗展開という焼肉店があるというので遠出した。その店は「炭宝貝」。なんと飲み食べ放題98元(1700円)。上海の郊外出店戦略で“焼肉王”を目指す「炭宝貝」チェーンのソウルロジック綱島容一さんを直撃した。「来年には15店舗、2018年に100店舗展開を計画しています」と壮大なビジョンを語る。綱島さんはITから飲食に転身、社名通りソウル(魂)とロジック(理論)でゼロからの上海外食ビジネスへの挑戦。パートナーの上海人の龍さんが現場の教育、オペレーションを担当。二人の絆パワーも成長の支えのようだ。ローカル郊外に出店を絞る戦略は日系企業では珍しい。会社設立も香港、資金調達も香港で行う。日系企業でありながら、香港資本としてローカライズ戦略を貫く潔さは注目に値する。上海飲食ビジネスの未来を感じさせる新しい起業家が登場したといえよう。2軒目は、再び日本人街の安龍路に戻り、ニューオープンの「ホルモンまるみち」へ。「まるみち」を経営するディーアール(谷脇宗社長)プロデュース店舗。満席状態、フル回転でした。売りの極太マルチョーは半端ないインパクト。

上海視察最終の店は、虹梅橋エリアにポツンと生まれた日系オーナーが集まる袋小路型のSOHO飲食施設。一番どん付きにあるおでんの店が有名とか。しかし、私の目にとまったのはその下に半年前にオープンした「ワイン酒場 萬火」。オーナーの小野さん、店長の金城さんは「フードスタジアム」の読者だった。上海の街角にはこうした地元密着系の飲食店も数多い。日本人街でもトータルのマーケットは縮小しているものの、世代交代の波が押し寄せているようだ。「なんでもあり」の総合居酒屋から、ワイン酒場や日本酒バル、ネオ大衆酒場やクラフトビールの店など、東京飲食マーケットのトレンドを映す変化が起きてくるのは間違いない。
「上海をあきらめてはいけない!」
そんな言葉が最後の夜にふと頭をかすめた…。

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