コラム

海外飲食マーケットの研究2(韓国全羅北道全州市編)

10月24~28日、韓国全羅北道全州(チョンジュ)市で開催された「全州国際発酵食品EXPO2013」の取材で初めて全州市を訪ねた。全州市は人口63万人、丘陵の盆地に開かれた都市で、朝鮮王朝が誕生した歴史と伝統のある土地として知られる。韓国の「食の都」「味の都」と称されるように、ビビンバやクッパ、韓定食、マッコリ発祥の地であり、発酵技術を軸とした食文化の伝統が延々と継承されている。

PROFILE

佐藤こうぞう

佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、フードスタジアム 編集主幹。商業施設リーシング、飲食店出店サポートの株式会社カシェット代表取締役。著者に『イートグッド〜価値を売って儲けなさい〜』がある。


2003年から世界の発酵産業の活性化という目標を掲げてスタートした「全州国際発酵食品EXPO」は、そうした全州市で育まれた伝統的な発酵文化を受け継ぎ、そこに新しい技術や発想を植え付けて、さらに進化させようとの狙いもある。第11回目を迎えた今回のEXPOには、世界18カ国から350を超えるブーズが出展、キムチ、コチュジャン、味噌、納豆、漬物、チーズ、塩辛、酢、茶、塩、酒、ビール、加工食品などが展示され、世界からバイヤーが駆けつけ、商談会や商品情報の交換も盛んに行われた。このEXPOが象徴するように、全州市は“世界の発酵食品産業のハブ”になりつつある。2002年日韓ワールドカップに合わせて建設された国際競技場前の広場で開催されたこのイベントは「食の都」全州市あげての年に一度のお祭り。世界に全州市の魅力をアピールする絶好のチャンスでもある。そんな全州市の魅力と飲食マーケットの現状について私が見てきたことを報告したい。日本で知られる韓国の観光地といえば、ソウル、慶州、釜山、済州島で、全州を上げる人はほどんどいないだろう。しかし、「歴史と食」という切り口では、この都市は一番ではないかと私は感じた。位置的には韓国南部、釜山のちょうど反対側の西部にある。観光地として知名度が低いのは、空港、鉄道の公共交通の便が悪いこと。東京から全州市に入るには、ソウルの仁川空港か金浦空港から高速リムジンバスで3時間超走ることになる。しかし、時間をかけて行くだけの価値はある。市内最大の観光の目玉は「全州韓屋村」。韓屋と呼ばれる特徴的な瓦屋根や一軒一軒模様の違う土塀が美しい伝統家屋が約700棟密集して立ち並ぶ。朝鮮王朝発祥の地、全州は百済時代には完山と呼ばれ、1200年以上の歴史を持つ古都。「世界スローシティー」にも選ばれており、現在も韓屋に暮らし、歴史や伝統文化を受け継いで生活する人々がいる。オンドルの部屋に泊まれるゲストハウス(民宿)も多く、そこにはモダンなカフェやギャラリーが併設している。古い家屋を改造したおしゃれなイタリアン、ワインバーなどが増え、歴史と伝統の上に、新しいカルチャーを植え込んで進化している姿が印象的だった。まるで京都の町家カフェやレストランの街並みを彷彿とさせる。「韓屋村」が“旧”を象徴するエリアとすれば、ファッション、コスメなどのショップが並ぶ「歩きたい道」や映画館が並ぶ「シネマストリート」などは“新”を代表する若者が集まる繁華街。そのコントラストが面白い。「ユニクロ」はじめ、「スターバックス」「ピザハット」「アウトバックステーキ」「KFC」などのチェーン店も集中している。この繁華街で日本食レストラン、日本人経営の店を探したが、皆無だった。ラーメン店や日本語の店名を掲げたバーがあったが、いずれも韓国人経営のいわゆる日式“なんちゃって系”の店だった。ガイド役をつとめてくれた韓日文化交流センター事務局長の康チョルミンさんに聞くと、「全州市には日本人経営者の店は一軒もありません」と言う。全州市で行ったことのない飲食店がないという康さんが断言するのだから間違いあるまい。いま、韓国は日本の外食企業の進出が目白押し。かつら、CoCo壱番屋、かっぱ寿司、スシロー、モスバーガー、サイゼリア、ワタミ、すかいらーく、甲羅…etc。い志井グループの「東京ハヤシライス倶楽部」や居酒屋「てっぺん」なども進出に成功し、店を増やしている。日本の外食企業の進出がここにきて加速しているのは、韓国政府が国内の零細飲食店を保護するために韓国資本大手チェーンの新規出店を規制したことも要因になっている。韓国大手チェーンがリストラを始めている隙間を狙って、日本企業が攻勢をかけているのだ。韓国資本が日本企業と合弁で日本レストランを増やす戦略も始まっている。時ならぬ“日本食レストランバブル”の状況が起きているのだが、しかしそれはソウル市内に集中している。ソウル以外では、釜山市に「かっぱ寿司」が出ているぐらい。あくまでソウル一極集中なのだ。「なぜ、日本の外食企業や飲食店は全州市に出ないんですかね?」と私は康さんの意見を求めた。康さんの答えはこうだ。「私たちが積極的に全州を日本に売り込んでいないことで、知名度がまだないということもあると思いますが、全州の人々は食に関して非常に味を追求するところがあり、保守的なんです。やはり、ビビンバ、クッパ、韓定食などが定着しており、日本食を含めた海外の食にはすぐに飛びつかない。でも、日本人の経営者が全州で飲食店を始めたら全面的に応援します。私は日本食が大好きですから。とくに日本の寿司屋は欲しいですね!」。たしかに、全州ビビンパ、コムナムルクッパ(豆もやしクッパ)、やかんマッコリ居酒屋などの韓国郷土料理の店が街のいたるところにある。私も滞在中に、いくつかの有名店を訪ねた。やかんマッコリの有名店「カイン」は、米の生マッコリがやかんで出てくる。3本分入って2000円ぐらい。やかんを頼むと、なんと全部で20品のお皿が出てくる。これがすべてサービス。やかんをお代わりすると、さらにいい食材の料理が出てくる…という驚きのシステム。全州市で一番歴史のあるコンナムルクッパ専門店「三百家」やミシュランガイドにも紹介されたという韓国ビビンパ発祥の店「韓国家」も訪ねた。こうした有名店、庶民のためのマッコリ居酒屋が外食文化のなかで定着しきっている。ソウルのトレンドのシーフードバイキングの店も覗いたが、ブライダルやパーティーなどの宴会需要の店。日常的には、やはりビビンパ、クッパ、マッコリ居酒屋なのだ。とくに驚きのやかんマッコリ居酒屋は、街のいたるところに“マッコリ通り”があり、そこに何軒もの店が立ち並ぶ。人気店の料理のクオリティとボリュームは圧巻。キムチ類やチヂミなどの定番はもちろん、新鮮な野菜や魚介類を使った手の込んだ料理が次ぐから次に出てくる。しかも客単価は一人500~1000円。ローカルダーゲットで全州のマーケットに出て行くには、このマッコリ居酒屋が強敵になるだろう。逆にいえば、この業態とどう差別化するか、そこに通う顧客が新しい外食に求めるコンテンツとして何を期待しているかを徹底的にマーケティングすることだ。そこに答えはあるはずだ。ヒントはソウルでブレイクしている日本食レストランの中にもあるだろう。いかに保守的とはいえ、ソウルのトレンドは必ずこの地方都市にも波及してくる。康さん曰く、「そろそろ日本の外食企業、飲食店の皆さんも全州に出てくるタイミングだと思いますよ。我々は本物の日本食をここで食べたいといつも思っていますから…」。機は熟してきたのかもしれない。この記事で「全州」に興味を抱いてくれた飲食店オーナーさんがいたらぜひ、一度視察に行って欲しい。 

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