このところ、ずっとカジュアルワイン業態を追いかけているが、昨日は中野でたいへんな“発見”をした。最初に訪ねた店はCP抜群でいま話題の「千年葡萄家」。中野駅南口の五差路近く、決していい立地とはいえない。しかし、20時に店に入ると、27坪44席がほぼ満席。白いワイシャツ姿のサラリーマンたちでほぼ埋め尽くされている。ここはいまトレンドの“がぶ飲みワイン”の業態である。ソムリエもいる。立川店に続く2号店。内装がワインの店らしくなく、なんとなく「ファミレスくさいな」と思って、オーナーの阪本節雄さん(株式会社Moh代表取締役)に経歴をうかがったら、「すかいらーくに25年いました。脱サラです」と。一貫して現場畑で、「イエスタディ」などの業態開発も手がけたという。阪本さんは、自ら接客し、ワインをサーブしながらお客さんと楽しそうに会話している。「マスマーケット」と格闘してきた彼は、なぜ「非マスマーケット」にワイン業態で独立したのだろうか。その答えはこうだ。「マニュアルと真逆のことがやりたかったんですよ。一人ひとりのお客様のご事情やお好みに応じたサービスをしたいと思いまして…」と阪本さん。ワインはまさにお客さんの嗜好によって提供する商品もサービスも異なる。ワインだけでなく、メニューにない料理を出したり、ポーションの大きい料理はメニューにはないがハーフサイズ(半額)で提供したりと臨機応変。結果として、もともとリーズナブルな価格だが、そうしたフレキシブルなサービスが加味して、お客さんにとっては「CP、半端ない!」というサプライズにつながるのだ。私はそのとき思った。「ここはワインを飲みたいというウオンツ(潜在的なニーズ)に応える、大人のサイゼリアだ」と。“ファミレス型ワイン食堂”と言っていいかも知れない。阪本さんは、ワイン業態という「非マスマーケット」を掘り起こし、その底に広がる大きな鉱脈をつかんだのではないだろうか。今後の展開がとても楽しみである。中野駅南口にはもう一軒、話題のワインの店がある。最近、新橋駅前ビル1階に4店舗目をオープンしたばかりの「vivo daily stand」の中野1号店である。10坪ないマイクロ店舗だが、地元の一人客が次から次へとやってくる。オーナーは広告代理店出身の鈴木健太郎さん、37歳。鈴木さんがこの店を始めたのは、学生時代にスペインを旅していて、どこの街角でも見かけるバルに魅せられたため。鈴木さんは、この業態を東京の600駅に1店舗ずつ創りたいと真剣に考えている。私は質問した。「それは夢ですか、事業計画ですか、野心ですか?」と。すると、鈴木さんは即座にこう答えた。「使命です!」。常連さんも一見さんも、ワイン好きなら隔てなく楽しめるパブリックな空間として、各駅に1店舗、「なくてはならない存在」なのだ。ふらっと入ってきてグラス1杯でもいい。「ちょっと他の店を覗いてくるね」といってコートや鞄を置いていけるような気軽さと安心感のある存在。これはまさに、「ネオ・マスマーケット」といえるのではないだろうか。不特定多数ではなく、最大公倍数でもない「まぎれもなく顔の見える個人」をターゲットとしたマスマーケットの存在である。ワイン業態を極めれば、そこには計りしれない宝の山が眠っているに違いない。
コラム
2011.09.01
「ネオ・マスマーケット」を狙え!
外食ビジネスにおいて、「マスマーケット」を狙うのか、「非マスマーケット」を狙うのか、それを明確にしないと勝てないことは自明の理である。しかし、ニッチ、コアの非マスマーケットを深めていけば、実は「ネオ・マスマーケット」という大きな宝の山が存在するかもしれない。
佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、フードスタジアム 編集主幹。商業施設リーシング、飲食店出店サポートの株式会社カシェット代表取締役。著者に『イートグッド〜価値を売って儲けなさい〜』がある。