「信なくば立たず」という言葉があるが、いま人々が飲食店を選ぶ基準として大事なのは、料理やサービスのクオリティもさることながら、「あの店は安心できる」「あのシェフが仕入れる食材は安全だ」といったそのお店のオーナーや料理人に対する「信頼感」、いわゆる「クレディビリティ」ではないか。3.11以降、常連さんが多い店が強いとか、地元密着型の店が強いとかいわれるが、それは「応援消費」的な動機だけでなく、やはりその店への信頼感がベースにあってこそお客さんは足を運ぶのだ。かつては「CP(コストパフォーマンス)がいいかどうか」が一つの基準とされた。しかし、「価格」よりも「価値重視」(VP=バリューパフォーマンス)の時代になると、その「価値」の積み重ねがこんどは「信頼性」を生むようになる。この“グッドスパイラル”を勝ち得た店がまぎれもなく繁盛店になるのである。「クレディビリティ」は何も高い技術や知識、経験だけに裏づけらたものではない。一部のプロフェッショナルの専売特許でもない。半年前に飲食店を始めた素人でも、自分のやりたいジャンルをしっかりと勉強し、師に教わり、あるいはお客さんとのキャッチボールのなかで成長していけば、信頼を築くことができる。いま飲食マーケットで急速に増えつつあるカジュアルワイン業態。昨日も新店を2軒リサーチした。1軒目は恵比寿にオープンしたばかりの15坪の箱。居抜き流行りの時代に、あえてスケルトンから開業。6年前にホルモン屋からスタートし、今回のワイン業態は7店舗目。ワインのプロたちはいないが、マーケットをよく研究している。ボトルは2,800円均一。グラスは600円均一で普通だなと思ったが、ワインをグラスにこぼれる寸前まで注ぐ。いまではいくつかの店で提供され、「すり切り」とか「こぼれ」といわれている注ぎ方だ。店長は「はい、これは某繁盛店のやり方を参考にしました」と正直に話す。そして、メニューの売りもしっかりと説明する。その素直さ、真面目さが信頼の獲得につながる。2軒目はいかにも居抜きの空間。業態は「バル」と銘打っている。ほぼ満席状態。キッチンもホールも黙々と仕事はしている。料理もそこそこだが、出された白ワインが冷えていない。一口つければ安いメーカー品だということがわかる味。メニューの売りもわからない。カウンターの向こうにいるシェフは手元ばかり見て客を見ていない。ホールスタッフもできれば客と会話したくないという顔をしている。お店のメッセージが客席まで届いてこないのだ。ここのオーナーは何をしたいのかが見えない。ちょっと調べてみたら、この店で4店舗目。オーナーは小口資金を集めてファンドを組んで店舗展開している。業績もよく、順調に店を増やしているそうだが、少なくとも私はこの店に信頼感のかけらも感じなかった。クレディビリティ、信頼感は店と客をつなぐ心の架け橋だ。まずコミュニケーションありき、「信ある言葉」からそれは始まる。
コラム
2011.05.26
いま最も大切なものは「クレディビリティ」
「3.11」大震災以降の人々の意識の変化、「ユッケ食中毒事件」を機に高まった食の安全・安心志向。そうした中で、いま飲食店に最も求められているものは「クレディビリティ(信頼性)」ではないだろうか。
佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、フードスタジアム 編集主幹。商業施設リーシング、飲食店出店サポートの株式会社カシェット代表取締役。著者に『イートグッド〜価値を売って儲けなさい〜』がある。