コラム

“神楽坂女子”が変える神楽坂飲食シーン

昨日、私がアテンド役をつとめる"繁盛店ツアー"で神楽坂マーケットを見て回った。このコラムで2007年に神楽坂を俯瞰したことがあるが、その当時とは様相が一変、新興飲食店グループの台頭が目立っていた。

PROFILE

佐藤こうぞう

佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。


神楽坂は、テレビドラマ「拝啓、父上様」が放映された2007年春頃から盛り上がりを見せた。その後『ミシュランガイド』が日本進出し、神楽坂エリアから「星付き」レストランが「石かわ」「一文字」「ル・マンジュ・トゥー」の二ツ星など8店が選ばれ、グルメの街としてさらに活気を呈することになる。花街情緒が残る石畳の路地裏には料亭や隠れ家和食が密集する一方で、東京一在住スランス人の多い街でもある神楽坂には20店を越えるフレンチレストランがある。「和とフレンチ」が時を超えて混在するユニークな 街なのである。また、古き良き「旧」の店が残る一方、目抜き通りにはガラス張りのモダンなビルが建ち、新しいレストランも急増している“新旧混在”の街でもある。

その神楽坂で、ドミナント展開する飲食グループが注目された。てしごとやの「霽月(せいげつ)」「蛍の火(ほのか)」、そこで修業したユナイテッド&コレクティブの坂井英也氏の「心」「てけてけ」、文商事の「神楽坂 SHUN」「神楽坂 茶寮」「紺屋」「かみくら」、DADDY FINGERの志小田亨氏の「 MASUMASU 」「肴町五合」「しゃぶ屋」、麹村総合企画の「わしょくや」「だいこんや」「ろばたの炉」。さらに、本多横丁では、魚系スペインバルの「エル・プルポ」、ソフィテル東京元料理長だったクリストフ ポコ氏のフレンチ「ルグドゥノム プション リヨネ」なども人気店となった。フレンチ系では、ラーシェベルトラン氏の「ル・ブルターニュ」、「メゾン・ド・ラ・ブルゴーニュ」「ラ キャパス」、“ノースエリア”では、池田シェフの「ラ・マティ エール」などが話題に。変り種では、低価格を売りにした居酒屋「竹ちゃん」「竹子」の人気は今も続いている。

様相が変わったのは、リーマンショック以降、デフレの嵐がこの神楽坂にも吹き始めてからだ。同時に新興勢力が神楽坂マーケットに参入してきた。毘沙門天前に建つガラス張りの「楽山ビル」で「つみき」を運営していたアントレストの有村壮央氏が「魚串さくらさく」という展開型業態を09年6月にオープンしてヒット。同社は今月、「楽山ビル」2店舗目となる「野菜食堂sakurasaku」を出し、“ワイン2時間1500円飲み放題”が当たったのか、連日ほぼ女性客で占領状態。スタジオナガレの横井貴広氏が開発した“アウトレットワインバー”業態ライセンス1号店(経営は「ぶけなび」を運営するマウントウィナーズ)となる「神楽坂ワヰン酒場」も賑わっている。09年11月にオープンしたが、この店が渋谷の直営店と並ぶ情報発信現となり、現在「ワヰン酒場」ライセンス店は13店舗を数えるほどの急成長を遂げている。

さらに神楽坂を下ると、通り沿いに白熱灯がまぶしい「CHICHUKAI UOMARU」とその2階にちょっと怪しいエントランスの「貝殻荘」がある。恵比寿横丁や品川魚介センターなど“横丁ブーム”を仕掛けてきた浜倉好宣氏と下遠野亘氏のコラボレーション店舗である。下遠野氏はさらに、本多横丁で文商事と組んだ「本多鉄横丁」をオープンし、話題になった。その近くの路地裏では、スタジオナガレが料亭を改造した「81レストラン」とその隣に「ワヰン酒場」に次ぐ「神楽坂ビヰル酒場」を、業界注目のべンチャー企業、APカンパニーが宮崎日南市の「日南館」のライセンス店となる「日南館別館」(経営はドリームシェア)をオープンした。さらに、最近、DADDY FINGERの志小田亨氏が久々新店となる「しこたま」をオープンするなど、神楽坂はいまや“新旧”の新陳代謝が激しい街となってきた。そのマーケットを支える顧客は、神楽坂に移転し、神楽坂を心底愛する“神楽坂女子”といわれる層。彼女たちの目に留まるかどうか、それが成功の秘訣となっている。

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