(ホットペッパーグルメ外食総研上席議員 稲垣昌宏氏)
稲垣:ホットペッパーグルメ外食総研上席議員の稲垣昌宏です。ホットペッパーグルメ外食総研は、リクルートライフスタイルが持つ顧客接点とマーケットデータを活かして業界の変化や兆しを見つけ、発信していくことで、外食市場の創出や外食産業全体の発展に貢献することを目的としている調査研究機関です。
今回は、「外食市場調査」で得たカスタマーデータもとに、コロナ禍によって変化した外食と中食の利用の変化と、今後の兆しについて「イエナカ外食」をキーワードにしながら発表いたします。
2020年は利用者数、単価ともに外食は減少し、中食が増加傾向に
稲垣:まず、昨今のコロナ禍によって人々の食生活に変化が訪れております。私たちホットペッパーグルメ外食総研が2020年5月から10月に行った外食市場調査の結果では、外食の売上は前年比マイナス51.5%とほぼ半減していることに対し、中食の売上は前年比プラス21.1%と伸長。利用の機会や単価も、同様の傾向が見られています。
また、伸びている中食の中でも増加傾向が顕著だったのが外食店からのテイクアウトです。こちらは2019年4月と翌年の2020年4月のデータを比べたものですが、外食店からのテイクアウトは中食全体の18.7%だったものが39.4%と倍増。外食店からの出前・デリバリーも5.0%だったものが9.2%と増加傾向に。逆に、従来から中食の主流であったスーパーマーケットやコンビニエンスストア、百貨店などの割合は軒並み減少傾向です。
さらに、2020年上半期の中食利用者全体からみる平均支出は夕食時に832円という数値が出ているのですが、その中で「外食店からのテイクアウト」の平均単価は1708円と高い数値が見られました。
これらのことから、中食を利用する人々のニーズが「外食店のメニューを家で食べたい」というものに変化していると推測されます。
中食需要の高まりに伴い、「イエナカ外食」が増加
稲垣:ここまでのデータを基にして、食事の機会に対する消費者の行動の変化をまとめると、コロナ禍で、これまでは「単価の高いメニューを家で食べるイメージがなかった方が多数派だったことに対し、「たまには贅沢しよう」という場面で「高単価のものを家で食べる」というニーズが増加したと考えられます。それを受けて、従来は選択肢の少なかった「家で食べられる高単価の外食店メニュー」自体も増加傾向にもつながりました。つまり、提供する側も必要性を感じたということですね。その一方で、従来は多数派だった低価格帯の外食に関しては、中食や自炊で代替するという動きも増加していると思います。
私たちは、この「家にいながら外食店の味やその他付加価値を楽しむことができる」ことを「イエナカ外食」と定義しています。
従来の中食の価値は、味や提供時間といった「料理自体の価値」と利便性などに付随するという印象でしたが、今後は外食で求められている「顧客との接点を持つ」「飲み物との合わせ方」「誰が作った料理である」といった、「料理以外の付加価値」を求められ、それが「イエナカ外食」の価値として単価などに現れるのだと予想しています。
外食・中食ともに「メニュー」に「付加価値」を作ることが今後の課題
稲垣:こうした「イエナカ外食」の付加価値を重視して結果を出している店舗の実例もご紹介します。
兵庫県神戸市にあるイタリアンレストラン「Ciccia(チッチャ)」では、コース料理の一部で人気だったパスタをミールキット化してデリバリーを開始しました。併せて、家でも店舗のクオリティを再現できるよう、YouTubeチャンネルを開設して、調理方法の動画を配信。その他のSNSやZoomなども利用して、顧客とのコミュニケーションも図っています。
ラーメン店「蒙古タンメン中本」では特注の伸びにくい麺を開発し、スープとセパレートになっている容器で提供することで、家庭でも店舗のクオリティを維持できるような工夫をしています。
(↑「蒙古タンメン中本」セパレート容器のラーメン)
代々木上原の物販併設リストランテ「Quindi(クインディ)」では100mlという小ポーションのボトルワインを販売。有名ソムリエセレクトの目利きによるアイテムや、料理とのマリアージュのアドバイスなどによって付加価値を作っています。
(↑「Quindi」100mlの小ポーションのボトルワイン)
そのほかに、和食やイタリアン、フレンチなどさまざまな業態の飲食店舗を運営しているクマガイコーポレーションは、渋谷地区の5店舗の料理をデリバリーできる「SHIBUYA PREMIUM DELIVERY」を立ち上げました。お子さまはピザ、親御さんは焼鳥と言ったように、異なる業態の料理でも一括注文・配達が可能で、デリバリーでフードコートのような使い方を可能にしています。2020年10月のスタートで、11月の取材時には、注文の半数が複数店舗にまたがるメニューで、平均単価は3500円前後と、狙い通りの内容とのことです。
「イエナカ外食」で食事の選択肢は増加。外食・中食・内食のボーダレス化はさらに加速へ
稲垣:最後にまとめとなりますが、今回キーワードにした「イエナカ外食」の需要と供給は増加し、消費者は「食べる相手」や「目的」といった食事シーンと、「外」「うち」といった食べる場所を自由に組み合わせられるようになるかと思います。その一方で提供する側は外食・中食・内食のボーダレス化がさらに加速するため、「どのようなメニュー」を「どのような付加価値」をつけて家庭に届けるかという部分で、他店との差別化が必要になると考えられます。
千葉:ホットペッパービューティーアカデミー・アカデミー長の千葉智之と申します。ホットペッパービューティーアカデミーは美容に関する調査研究を行っている機関でして、今回は「シン『密』サロン~親密・心密・深密~」をキーワードに、「美容サロンの持つ本質的な価値」について紹介します。
一時的に自宅ケアに切り替えるも、多くの人にとって美容サロンは必要不可欠
千葉:結論から言うと、消費者が美容サロンに求めるものは「信頼」であると考えています。
ホットペッパービューティーアカデミーが2020年5月に実施した調査では、新型コロナウイルスの外出自粛に伴い、「美容サロンでの施術を一時的に自宅ケアに切り替えた」という方が46.9%と、全体の約半数を占めました。特に多かったのは「白髪染め」や「前髪カット」といったメニューです。しかし、「前髪カット」を「今後もずっと自宅ケアに切り替える」と答えた方は3.9%という結果でした。そのため、多くの方にとって「美容サロンは必要不可欠である」と認識されていることが分かります。
また、コロナ後の2020年4月以降にこれまで利用していた美容サロンを変更したかどうかの質問に対しては、「コロナ以前と同じ美容サロンを継続利用中」という回答が77.3%。さらに、その理由を聞いてみると「施術者・スタッフを信頼しているから」という回答が62.2%と、他の回答と比べても圧倒的な結果が見られました。
サロン内外で新たなサービスを展開し、ファンを獲得
千葉:実際に、コロナ禍に行った施策で消費者の信頼を得て、結果に結びついた事例をいくつか紹介いたします。
まず、サロン内でのサービス向上に力を注いだ店舗として、千葉県の「hair garden 10derness」をご紹介します。こちらのサロンは4年連続で「ホットペッパービューティーアワード」を受賞しているのですが、日頃の接客や技術はもちろんのこと、定型文を一切使わない丁寧な口コミ返信とDMによって信頼を獲得していました。緊急事態宣言時には、顧客への想いを切々と伝えた特別なDMを配信し、結果として予約が5倍ほどに増加し、現在も継続しているそうです。
また、東京都を中心に展開し、愛知県名古屋市にも店舗を持つ「AFLOAT」では、独自のヘアケア商品を開発。この商品は、インフルエンサーでもある美容師と所属スタッフがSNSで顧客にアンケートを取りながら作り上げたんですね。約半年でECサイトでは380万円、サロンでの販売は1700万円を売り上げ、今後新たに追加ラインも投入する予定だと言います。
サロン外のサービスで結果を出した店舗もあります。「HONEY」は、4月初旬からコロナ禍で来店できない顧客へ向けてZoomを使用したオンラインカウンセリングをスタート。前髪セルフカットのレクチャーなど、顧客の要望に合わせて情報提供と精神的なサポートの両方を行っていました。
さらに、他業種店舗とのコラボレーションも。表参道の「IJK OMOTESANDO」は、2020年10月にサロンと同じビルにパーソナルジムをオープン。ジムでシャワーを浴びたあと、濡れた髪のままサロンでスタイリングを受けられますし、サロンオリジナルシャンプーやプロ仕様のアイロンを設置したりなど、独自のサービスでファンを増やしています。
ほかにも、ナポリタン専門店を併設した福岡県の「MERICAN BARBERSHOP FUK」や花屋を併設した神奈川県の「Journeyman」など、他業種とのコラボによる相互集客で結果を出している店舗は増えているようです。
専門技術という機能的価値に、サロン独自の付加価値をつけることで信頼を勝ち取る
千葉:消費者が「美容サロンは不可欠」という理由のひとつに専門的技術の再現性の低さがあると思います。自身ができないことを美容サロンでやってもらう。それが美容サロンの「機能的価値」であり、「安心、安全、清潔」とともに店選びの前提条件となります。そのうえで、どのような「付加価値」をつけてお客様の信頼を勝ち取っていくか。今回キーワードに挙げた「シン『密』サロン~親密・心密・深密~」の考え方が役立てばと考えております。これで、私の発表を終わります。
―ここからは、飲食と美容、両方の領域で共通している部分と相違している部分を解説していきます。まずは、共通点をお願いします。
稲垣:まず、どちらの領域でもコロナ禍で消費者の価値観の基盤が変化しているため、求められているものが多様化しているように見えます。しかしその一方で、商品・サービスの消費につながる指針は従来と変わらず「機能的価値」と「付加価値」に集約されると思います。
飲食領域では料理、美容領域では施術技術。これら「人にやってもらうとありがたい」、「自分にはできないこと」が「機能的価値」にあたるかと思うのですが、そこに「店の雰囲気」、「感性」、「センス」、「接客」といった「付加価値」が付与され、差別化につながる。ここはどちらの領域でも共通していますね。
千葉:私も概ね稲垣さんと同じ印象です。つけ加えるとしたら、「安全・安心・清潔」。この三つの要素は、どちらの領域でもコロナ禍以前と変わらず、消費者にとって店選びの前提条件で、そもそもこれがなければ候補にすら入らない。これがあっての「機能的価値」と「付加価値」にどう力を入れて差別化するかが重要になると思いますね。
―では、各領域の相違点はいかがでしょうか。
稲垣:飲食領域が店舗ではなく家での利用に移行しているのに対して、美容領域は一時的に家でのケアに移行したものの、店舗での利用に戻ってきていることが面白いですね。やはり、美容領域では「技術」という、家で再現が難しい「機能的価値」がある部分に要因があると思います。
千葉:そうですね。その一方で、飲食領域では「高単価メニュー」という家での再現性が低いものを、テイクアウトやデリバリーという手段で家に持ち込めてしまうところが強いと思います。消費者が店に行かないで済むための、工夫の幅が広い。
美容領域はどうしても来店に依存するため、そこの対応に力を注ぐ必要があります。それを受けてか、コロナ禍以降は自動シャンプーを導入している店舗も増えました。メニューを自動化することで、お客様との物理的な接触をする時間を減らし、リスクを下げる狙いです。生産性が上がるというメリットもありますしね。
―では、最後に今後の各領域の動きについて予想されることを教えてください。
稲垣:飲食業界において、今となってはデリバリーやテイクアウトは当たり前になったため、今後はこの領域での競争が激しくなってくるのだと思います。その一方で、全ての店舗が中食に注力する必要はない、というのが私の意見です。接客が好きで開業した人は、逆にやりがいを奪われてしまうかもしれないし、そもそも立地や環境によっては、中食自体が向いていないかもしれない。そうした店舗であれば、料理の質といった「機能的価値」と、店舗でしか味わえないようなサービスなどの「付加価値」をより高めて、差別化を図るという方法もありだと思っています。
また、コロナ禍が収束に向かったとして、今は中食へ流れている層の一定数が、外食に戻ることも予想されます。ただし、テレワークの定着や宴会の減少によって、コロナ禍以前の環境とはまた違うはず。ですので、経営者の方は、自身の店を今後どのような方向性で続けていくのか、一度立ち止まって見直す必要があるのかと感じています。
千葉:美容業界においては、消費者が求めているものは「信頼」であることは変わらず、その形が多様化しています。スタイリストも「単なる髪を切る人」ではなく、ビューティーアドバイザーとして、広い役割を求められるようになるのだと思います。
また、美容業界もテレワークの定着によって、今までは利用者が土日に集中していましたが、平日も利用者が増えるというような、利用シーンの変化が起きるかと思います。これを受けて定休日を変えたり、スタッフの休日確保に力を入れる店舗が出てくるかもしれません。消費者の動きに応じたスタッフの働き方を振り返る機会になるのではないかと思います。
―おふたりとも、今日はありがとうございました!