九州は宮崎県出身の48歳。宮崎ならずとも、九州でソーシャルビジネスに関わる人に村岡氏を知らない人はいないだろう。これまでの詳細なキャリアは同氏の著書「九州バカ」で語られているのでここでは割愛するが、家業は宮崎の「寿司処 一平」。酢飯にマヨネーズと醤油を合わせてレタスと一緒に巻いた「レタス巻き」発祥の寿司店として、地元では知らない人はいない。「血は争えない」と思うほどに、村岡氏には飲食ビジネスに関わるに当然の根拠が備わっているのである。
とはいえ、これまでフードスタジアムが追いかけてきたいわゆる“飲食店オーナー”とは少し異なるアプローチでビジネスを行っている。村岡氏が取り組むのは「地域創生」。九州という地域をどう捉え、どのように未来を描くか−−。これが事業の中心となり、ビジョンや行動の核となっているのだ。飲食店はあくまでそれを叶えるための一つの手段であり、店舗出店や運営だけで事業を回しているのではない。
つい先日、グループとしての組織体制を再構築し、現在は一平ホールディングスの代表として3事業を統括する存在となった。事業の1つ目は「九州パンケーキ」に代表されるリージョナルプロダクト事業、2つ目は「寿司処 一平」や「九州パンケーキカフェ」などのレストラン事業、3つ目は九州全域でのコワーキングスペースの運営やクリエイターのネットワークをつくるコミュニティ事業だ。すべては「世界があこがれる九州をつくる」という理念の実現を目指した事業。「九州以外は興味がないんです」と断言するほどに、多角的なアプローチで九州を盛り上げることに全力を注いでいる。
なぜ県単位ではなく“九州”という地方=リージョン単位にこだわるのか?
「宮崎パンケーキ」ではなく「九州パンケーキ」とした理由をもう少し踏み込んで尋ねた。すると、「宮崎◯◯じゃ、世界には伝わらないですよね」と村岡氏。全国の都道府県はじめ千数百という自治体がこぞって、わが町自慢のように商品を作っては東京に売り込む。「ローカルブランドにとっての東京は一番競争の激しいレッドオーシャンな場所です」と続けた。九州では唯一、福岡ブランドが勝ち組と言えるが、これはシンプルに九州の玄関口となっているからと分析する。「インバウンドなら約7割、国内でも約5割の旅行者が九州を訪れるとき、福岡を訪問もしくは経由するんです。これなら物は売れるし、認知もされます」と解く。ご当地産品が飽和状態でひしめき合う東京と、人口減で市場縮小に苦しむ“わが町”だけで物を売っていても思うように結果が得られないのも無理がないのだ。「だから僕たちは最初から九州全域を巻き込んだブランドを作ろうとしていたし、最初からアジアを狙っていました」と、話す。
単に括る範囲を広げただけで、本当に世界と勝負できるのだろうか?と疑問に思う人もいるかもしれない。しかし、村岡氏が九州というステージで抱く大きな夢は、だだ漏れる九州愛だけで形成されているわけではなかった。様々なデータからも、九州が今後世界で勝負するに十分な存在であることを細かく分析している。
ご存知、九州は全部で7県から成り立っている。地域人口は約1300万人。これは東京都の人口を大きく超える。内需を見ても中小企業にとっては九州内に十分な内需があるといえる。また一方で、福岡県を中心に半径2時間で飛行機移動できる範囲を一つの“圏”と捉えた場合、「世界最大の経済圏です」と村岡氏は胸を張る。確かに、アジアへの移動は東京よりも有利。内需と外需が両取りできる九州リージョンは、大きなポテンシャルがあると言えるのだ。
さらに、九州リージョン戦略を立てる上で着眼すべき4つのファクトがあると話してくれた。1つ目は「農業の産業規模」。九州農政局が昨年末に発表したデータによると平成29年の九州農業生産額は1兆8356億円。7年連続で増加し、日本の農業生産額の約20%を占める大農業産地である。そして2つ目は「農業の多様性」。地理・気候条件に恵まれた九州での生産は多品目に渡り、村岡氏は“品種の多様性においてアジアNo.1”ではと自信を持つ。続いて3つ目は「農業からサービス業まで含めた、食産業への従事率が高いということ」。しかしながら、最後の4つ目のファクトとしては「とても気になる要素」として、域内での食産業が稼ぎ出す力が相対的に弱いと指摘する。農業規模や食分野で働く人数と比較すると、域内総生産(GRP)における比率が10%程度と低い。
この4点からいえることは、2つ。1つは、農業も含めた九州の食産業は、その規模に相反して相対的に“稼げない非効率な産業”になっているということ。儲かっていないのであれば今後衰退していくだろうという懸念。もう1つは、この現実を逆手に取り、イノベーションを起こして現状を好転させるという展望。未来がこの二択なのであれば、村岡氏は当然後者を選択する。先に述べた九州ポテンシャルの活かし方が今、改めて問われている。
九州リージョン戦略の施策の一つとして、「KYUSHU ISLAND®︎―九州アイランド」というIP(商標)ブランド戦略をスタートするという。これは、九州生まれの優れたプロダクトに与えられる“称号”のようなものだ。「例えばハワイに旅行に行くとき、アメリカに旅行に行くっていいますか?」と聞かれた。「いいえ」と答えると「絶対に“ハワイに行く”って言いますよね。九州もそういう位置づけにしたいんです。日本ではなく、九州に行くって言ってもらえるように」と続けた。
具体的には、九州全域のアライアンスを組んだ食品加工会社と共に、新しい九州地域商社を旗揚げするというもの。現状では海外産の原料を使って、安価な下請けをしている食品工場の技術を新たな視点で検証し、九州独自のユニークな地産プロダクトを、九州の農産物を使って製造する。そして、村岡氏率いるチーム及び外部有識者などにより構成された選考委員会によって一定の審査基準をクリアしてブランド認定されると、「KYUSHU ISLAND Family®︎」というオリジナルマークを無償で使用することが許される。これにより、消費者にとってもコンセプトが極めて明快で、安心・安全・高品質な九州商品を手に取っていただけるきっかけを作ることが狙いだ。
「一生懸命作っても、流通の価格圧力で製造者に利益が残らない世界はハッピーじゃない。九州に良い商品が生まれたなら、仲間みんなで支えあって、それを応援するという文化を作りたい。なんでも東京を目指すのではなくて、九州で生まれた商品は、まずはきちんと九州の消費者に伝える努力をする。地元に愛される商品でなければ、長生きしないと思うからです」と話し、九州アイランドブランド立ち上げの背景について説明してくれた。また、独自の展示会やアワード開催も視野に入れている。九州発の優良商品を表彰し、対外的にアピールする場作りにも今後力を入れていく。
村岡氏自身もまた、九州アイランドブランドの第1弾となる商品開発に取り組んでいる。南島原に400年間続く手延べそうめんのまちで120年間操業する老舗工場の職人技術を活かして、九州素材100%の雑穀パスタを商品化する計画だ。(3月25日よりクラウドファンディングで先行受注がスタート。詳細はこちら)「九州各地に伝わる伝統のものづくりの技術が少しずつ衰退していくのを黙って見ていられない。素晴らしい技術と素材を掛け合わせ、新たな切り口で、新たなチームと共に、新たなマーケット開拓を目指す。加工食品業界におけるイノベーションだと思っています。」4月以降に、レストランシェフや専門家に試してもらいながら、複数種類を少しずつ封切りしていくということ。それ以外にも、今年は発表を控える商品が幾つかあり、これまで温めてきた企画や商品が、今年一気に日の目を浴びることになりそうだ。
「実は、KYUSHU ISLAND®︎は様々な領域で商標をとっているんです」と言う村岡氏。九州アイランドブランドは食領域だけでなく、近い将来、ホテルチェーンなどとコラボした観光産業領域や、農業原料の自然派化粧品などのコスメティック領域、豊富な食材を使ったサプリメントなどの健康食品など他分野でも開発に着手する計画で、その可能性もどんどん広げていきたいようだ。その根っこには全てに九州の農業や風土があって、文字通り総合九州商社として「世界があこがれる、九州をつくる。」という企業理念を実現しようとしている。
これまで何年も時間をかけて研究し、仲間と構想を描きながら綿密な計画を立てて地道に準備してきた。長い助走期間を経て、ようやく走り出す時がきた。もう、すべてが整いつつある。2019年、九州の新しい時代が始まろうとしている。
株式会社一平ホールディングス代表取締役社長
MUKASA-HUB代表
1970年 宮崎県生まれ。88年宮崎県立大宮高等学校卒業後、渡米。コロラド・メサ大学に入学。途中退学し、輸入衣料や雑貨を取り扱う会社を設立。
1998年 家業である寿司店を継いで寿司職人に。2002年には、九州1号店となる「タリーズコーヒー」のフランチャイズに加盟し、現在では「食」ビジネス全般を手がける事業家として多数の飲食店舗を経営する一方、九州各地のまちづくり支援や、食を通じたコミュニティ活動にも取り組んでいる。
2012年に発売した「九州パンケーキ」は『第1回地場もん国民大賞』金賞のほか、『フードアクションニッポンアワード2014』商品部門入賞、『料理マスターズブランド』認定など数々のコンテストにおいて注目を浴びる。第1回『九州未来アワード』海外事業部門大賞受賞。
カンブリア宮殿、日経スペシャル 夢織人、日経プラス10、他メディア出演多数。
(取材=小野 茜)