まさにミュージアムである、その空間は知的で美しい——。まるでそこが、古い新橋駅前のビルの中であることを忘れてしまうほどだ。一枚一枚、日本酒の顔となるラベルを入れた額で、床から天井までの壁を埋め尽くしている。整然と並べられた額の中、その数280枚のラベルの存在感は圧巻である。現在のフルカラー印刷のデザインのモダンラベルから、今や蔵元でさえ唯一の1枚というような、昔の多色刷り印刷手法の貴重なラベルもある。ラベルは日本のグラフィックデザインとしての時代的な感性を映してもいる。「立ち呑み 庫裏(くり)」は、蔵元の酒造りの思いや日本酒の歩みを実感しながら、日本酒を楽しむ店である。 そんな店を仕切る女将・栗原伊津子氏は「本来の立ち飲みを知って欲しく、店を立ち上げました」と意外や、動機は厳しい。そしてさらに「作法的なことも含めて、きちんとした立ち飲みスタイルを見直して欲しいです」と続ける。栗原氏が考える立ち飲みとは、さくっと飲んで、混んで来たら次の客へ席を譲るのがマナーだという。そして、店主は常に客と対等の立場であることが基本とも。なぜなら、毎日でも通えるようにと、店主は単価設定を限界まで抑えているからだ。お互い、大人としての心遣い、気配りのある振る舞いができて初めて、“立ち飲みの粋”を知るという。 同店のおすすめは、3種類の日本酒と2種類のアテをセットにした1000円の「店主おまかせセット」。25種類前後から揃う日本酒から、女将が3種類をセレクトしてくれる。幾種類もある日本酒のなかで、知らない銘柄に出会う嬉しいセットだ。日本酒はぐい飲み提供で90ml。価格は300円の20種類前後を基本に、300円以上の銘柄も揃える。当然ながら、燗酒にも対応してくれる。おすすめセットは合わせて一合半と飲み応えもあり、価格的な満足度は高い。酒の肴とした料理はなんと100円からで、200円、300円と財布に優しい価格。女将は酒の肴として、酒の味を切るような味付け、料理であることに気配りし、こだわりの取り寄せ品から、毎日手作りするものまでを用意している。濃い味、辛い味など、提供する日本酒により料理のメニューも変えるというほど、気を抜かない。100円は「ばい貝」、「ひたし豆」、「きゅうりの浅漬け」など。200円は「たこわさ」、「豆腐のもろ味噌」、「あじの味付け」、300円では「甘海老」、「へしこ」、「ホタルイカの塩辛」など。魚貝の酢の物、野菜などと、バランスも良く揃えているのがうれしい。 ここまで日本酒に真剣に取り組む栗原氏。実は「立ち呑み 庫裏」の母体、さかや栗原(町田店・麻布店)の女将であった。先代のご主人と長く日本酒の発展のため、全国、各地の多くの蔵元との勉強会や交流で、深い信頼関係を築いてきたという。蔵元が丹誠込め作った美味しい日本酒を広く知って欲しく、日本酒普及のために奔走してきた。故、日本酒の造詣も、思い入れも深い。蔵元から集めたラベルの枚数は3000枚というのも頷ける。 「立ち呑み 庫裏」は日本酒専門店として広く知られる「和酒バー 庫裏」の姉妹店でもある。その「庫裏」は、今や伝説ともなっている麻布十番のアパート2階、女将の次男、栗原広信氏が立ち上げた、日本酒専門店「庫裏」からスタートしている。1合提供の日本酒が当たり前だった時代、60ml、90ml、1合と選べる斬新なスタイルは話題となった。肴は蔵元お勧めのご当地フードである地域活性化商品だ。伝統を守りながら次世代へ日本酒を伝えていくための斬新なスタンスは、女将にも変わらない原点だろう。店主との近い距離での会話を楽しめるのが立ち飲みの良さであるが、時には厳しくあるのも、日本酒を愛してやまない女将だからこそ。誰もが日本酒を美味しく、楽しく飲んで欲しいと真摯に願う気持ちと、飲食店主としてのプロの心意気が活きる大人の立ち飲みである。
店舗データ
店名 | 立ち呑み 庫裏 |
---|---|
住所 | 東京都港区新橋2-20-15 新橋駅前ビル1号館1階 |
アクセス | JR新橋駅、東京メトロ新橋駅汐留側より徒歩30秒 |
電話 | 090-3690-6363 |
営業時間 | 16:00頃〜22:30頃、木・金16:00頃〜23:00頃 |
定休日 | 新橋駅前ビルに準ずる |
坪数客数 | 3坪・8名(立ち飲み) |
客単価 | 1500円 |