・古賀慎一 氏(株式会社ダルマプロダクション代表取締役)
・乙部隆行 氏(株式会社スタジオムーンデザイナー)
佐藤こうぞう(以下、佐藤) :フースタゼミ初となる3月度講座のテーマは「色気ある酒場繁盛店のつくり方」。いま、老舗大衆酒場 や割烹などのエッセンスを取り入れ、現代風にアレンジした「ネオ大衆 酒場」「ネオ酒場」が大きなトレンドになりつつある。今後数年は飲食マーケットの大きな波になっていくだろう。
第1部では、色気のあるイタリアン、和食、日本酒バルの繁盛店をつくり続けてきたダルマプロダクションの古賀慎一さんと居酒屋・酒場繁盛店の デザイン集団として業界では随一と評されるスタジオムーンの乙部隆行さんを講師にお迎えし、対談していただく。
古賀慎一氏(以下、古賀):まず、今自分が「色気ある酒場」を作れているという前提でお話をさせていただく。2月23日に、大手町ホトリア「よいまち」内に8店舗目となる『ルンゴ』をオープンした。そこで初めて乙部さんと一緒にやらせていただいたのだが、店舗デザインをお願いしたきっかけは渋谷の『酒呑気 まるこ』を見たこと。ここまで攻めたレイアウトをかける人なら、面白い店ができるのではないかと思った。
今日は、①店ができるまで、②細かい仕掛けや遊びについて、③そもそも「色気ある」というのはどういうことなのか④お店を作るに当たり、沢山の飲食店に視察に行くが、そこで何を得るのかについてお話したい。
店ができるまで
古賀:『ルンゴ』は23.3坪あり、間口が16m、奥行きが4.5mくらい。鰻の寝床の逆バーションで、商業施設ならではの形。街中では作ろうと思っても作れないので、面白そうだなと思って受けた。席数は50席弱。宴会ニーズがすごくある立地なのにカウンターメインでテーブルは2つしか作っていないというイカレた店になっている。
店名はイタリア語で「長い」という意味。テーマは「野趣」で、名物はジビエと肉豆腐。そして、パコジェットというアイスクリームメーカーを使って、野菜とフルーツを無加糖のシャーベットにして「ベジシャリサワー」として新しく販売している。
店を作る過程では、まず自分から乙部さんに白図を渡し、業態、冷蔵庫のボリューム、客席数などを伝える。それ以外の情報は、最初は店名であっても全くデザイナーに与えないというのが自分のやり方。そのことによって相手の潜在能力を最大限に引き出すことが可能になると思っている。そして一番大切にしているのは「導線を無視する」ということ。いろいろなアイデアがとっちらかっていたほうが面白いものができる。
今回も、店の細部については途中まで一切乙部さんに伝えていない。とはいえ同じ方向を進んでいく必要はあるので、飲食店の視察は頻繁に共にした。そこで方向性の摺り合わせができる。
乙部さんとの共通点は「レイアウト」を非常に大切にしていること。パースさえ必要ないくらいで、レイアウトの段階で「面白い」「いいお店になるな」と感じるかどうかを大事にしている。
乙部隆行 氏(以下、乙部):普段は細かい部分まできっちり聞きたいタイプなので、今回は初めてのやり方。非常にやりにくかった(笑)。一枚目の最初の案で「全然面白くない」と却下されたのがショックというか、いつもオーナーさんの想い以上のことを表現したいと思っているのだが、今回はそれを掴むのが難しかった。いくつかの案を出していくなかで、最終的には9案作った。そして、二枚目が「ちょっと面白くなってきたね」と言われたレイアウト。右サイドはほぼ固まって、左サイドをどう面白くしていこうかという過程の案となっている。丸いカウンターを作り、ドブ漬けみたいなものをお湯でやろうかとか、炭を入れて食材を炙ったりできるアウトドアの器具をセットしようかとか、いろいろ考えていた。
古賀:今回、ルンゴの一番大きな仕掛けは、3番目のレイアウトにある「小下がり席」のアイデア。即・採用だった。カウンターの周辺に座った時、欄間を通り越して下のお客さんが見える。動物園の檻状態ともいえる。
このデザインは賛否両論あるとは思うが、誰にでも好まれるというよりは、誰かにだけ、つまり1日に一組~二組くらいのお客さんにだけ面白がってもらえればいいんじゃないかと考えた。結果としてこの席はとても人気があり、滞在時間はすごく長くなっている。
佐藤:席効率は?
古賀:ものすごく悪い。でも、効率を求めすぎないことが面白さや独特の仕組みになる。例えばうちの系列の『アカベコ』という店では、敢えて入口をセットバックさせて、外に炬燵の席を作っている。入口を前に出せば暖かい席が用意できるのだが、ここだけお通しを湯豆腐にするなどの工夫をすることによって、まるで寒い時に外で熱燗を飲むみたいな特別感が出る。この席もとても人気がなって非常に予約が入る。
このように、普通に配置すればいいものをちょっとずらして45度くらい回転させる、そういう”よがみ”はいつも意識している。つまり、作業効率、導線を考えない方がおもしろいものができる。
乙部: 結構珍しいといえば珍しい考え方だと思う。
店内に細かい仕掛けや遊びを作る
古賀: レイアウトが完成したこの時点で、乙部さんに店名、ロゴ、食器などの詳細を明かした。『ルンゴ』はお店が垂直のイメージなので店内には丸いものを増やした。椅子もアールが柔らかく見える様なもの、ローテーブルやカウンターの椅子のカバーも丸いデザインにした。また、オリジナルグラスには落書きのようなイラストをデザインしている。ユニフォームは大きな水玉模様のついた派手なものにして印象をアピールしている。また音楽にはこだわっており、気分とずれたものにならないよう、時間帯によってジャンルを変えている。
また、肉豆腐はランチタイムのクイックメニューとして設定した柱となるメニューの一つ。ウリを明確にするために、60センチの大鍋に入れてアピールしている。
「色気ある」酒場とは
古賀:そもそも「色気ある」とは、こうぞうさんの解釈ではどういうことか?
佐藤:「乾いていない」「ストーリーを感じる」「居心地の良さと危なさの同居」お客さん、空気感など、店全体が醸し出すものではないか?『アカベコ』の二階は色気があるとおもう。
古賀:うちでは「粋であること」を大事にしている。全員に対して媚を売るのではなく、その感覚を好きだと思ってくれるお客を相手にした方が、双方ともに幸せになれると思う。あとは、なるべく「カテゴライズされないこと」も大切で、一言では言い表せない店。また、なんとなく夕暮れを歩いているような「哀愁感」も大事で、帰ってきたくなる店を目指している。
視察回りについて
古賀:自分は、せんベロ酒場も、客単価5~6万のレストランも区別なく行く。趣味と実用を兼ねている所もあるが、なるべくいろいろな店を見る。ポイントは、「この店いいな」と思ったら真似をしないこと。あとはその店のいいところしか見ないようにしている。今回、
乙部さんとは50件くらい回った。
乙部:視察における自分のルールは、一時間以上は滞在してみること。そしてつまみ食いではなくてきちんと食べること。長く続いている店に一番のヒントがあると思っている。お客に長い間愛されてきた理由はなんなのか、それを考えてみるようにしている。店舗デザインでは当たり前のことが大切で、お客に狙いが垣間見えてしまうとハズれることが多い。
佐藤:「ここは行くべし!」という店を5件くらい挙げるとしたら?
古賀:何度も立ち返るのは池尻の『KAN』。恵比寿の『barまつとら』、そして表参道の『モントーク』。すたれない新しさがいつもあると思っている。
乙部:同じく『まつとら』。あとは大宮で家族経営でやっている『北海』という店にはインスパイアを受けた。また、立石の『うちだ』の相席感も好きで、ゾクッとするというか、極限だなと感じる。
質問者より:『ルンゴ』の予算は?
古賀:今回は三菱地所の案件で、B工事が23.3坪で1940万くらい。Cは2400万。厨房が350万くらい。ただいろいろと条件をもらってもいるので、実際に全てをキャッシュアウトしているわけではないが、予算上はそのくらいだ。
佐藤:乙部さんの設計料は?
乙部:坪7万くらいかとおもう。
佐藤:今回に関しては、割に合わないのではないか?(笑)
というわけで、皆さん、ぜひ大手町の『ルンゴ』に行ってみてほしい。ありがとうございました。
(一部終了)
・金子源 氏(株式会社アクティブソース代表取締役)
佐藤:ゼミ第2部は、「外食アワード2016」を受賞した「晩杯屋」アクティブソースの金子源さんに、「晩杯屋」快進撃の秘密と今後の戦略を語ってもらう。今後のFC展開の戦略についてもお話しいただきたい。
晩杯屋オープンから現在まで
金子源(以下、金子):自分は高校卒業後に一般隊員として海上自衛隊に入った。もともと酒を飲むのは好きだったが、市ヶ谷から喜界島に転勤になった際には、本当に何もない島で飲むくらいしかすることがなかった。この時に飲食店経営を志すようになり、レインズインターナショナルに入社して半年間だけ『牛角』の店長を経験した。
『牛角』で実感したのは、飲食店経営の要は「売る力」よりも「買う力」だということ。それで、青果・水産などのサプライヤー数社で5年ほど働いた。その後2008年に独立して、創業メンバーと二人で東京・武蔵小山に4坪のBARをオープンした。ところがこれが鳴かず飛ばず。とても男二人が食べていける状況ではなかったので、翌年、近所に『立呑み晩杯屋』をオープンした。現在は、『立呑み晩杯屋』と『大衆酒場晩杯屋』の二業態。違いは座れるか、座れないかだけだ。
2012年にオープンした二号店の大井町店は大当たりした。一階が12坪、二階が10坪で1200万売り上げた。しかしこの時天狗になって、翌年大山に110坪の大箱をスタートさせたら大失敗。黒字化するまでに2年かかった。その後、2014年に出した中目黒RS店でメディアの露出が一気に増え、知名度が広がった。2015年、駅前再開発に伴い、武蔵小山の本店を50坪の仮店舗に移転したのだが、ここは現在1400万売っている。
大きな転機は2015年8月、南大井に総投資額一億円をかけてセントラルキッチンを作ったこと。これができたから今の晩杯屋があると思っている。昨年4月にはエムグラントフードサービスさんと業務提携し、現在は直営が18店舗、FCが6店舗で、合計26店舗になっている。今年の目標は、合計54店舗体制にすることだ。
晩杯屋の業態イメージ
金子:『晩杯屋』は、チャージなし、お通しなしの”純立ち飲み”、そして早い時間から営業している”下地屋”という業態イメージが強い。安くて早くて美味しい、一人で入りやすい。
こうした昔ながらの純立ち飲みは、赤羽にある創業60年の最高峰酒場である『いこい』で修行して勉強させてもらった。店内にルールが沢山あって、秩序と統制が保たれている。そして椅子、飯は絶対に置かない。といったことを学んだ。
実は飲食店にはあまり行かず、先日『鳥貴族』さんと『串カツ田中』さんに初めて行ったくらいだ。ベンチマークしているのはデパ地下やコンビニ、スーパーなど。デパ地下では、惣菜をよく見ている。見た目がキラキラと非常に美しく、おいしそうなのに、食べるとそうでもないものも多い。それらの調理法、原材料を研究するのが自分の趣味となっている。
客単価・組客数、メニューについて
金子:うちの大きなポイントは組客数。2階がある店舗の場合は座席にしているのだが、こうした店舗の場合は客単価約1500円で組み客数が1.6人。路面店で立ち飲みの場合は客単価1350円で組み客数は約1.4人。空中店舗は立ち飲みなしで座席のみ。こうした場合は客単価1800円で組客数約2.1人となっている。
また、フードメニューの特徴は小ポーションであること。中心価格帯は税込み150円で全メニューの40%を占める。うちはよく安い安いといわれるが、ポーションを一人客向けに設定していることも要因。ドリンクは中ジョッキ500mlが基本となっており、中心価格帯は290円が40%。
例えば平目のエンガワは180円で売っている。通常はキロ4000円くらいするものだが、うちは1600円で仕入れている。なぜかというと、産地では一級品の相場を崩したくないから、見た目が落ちるB品やC品を流通させたくない。こちらがそれらをまとめて引き取る受け皿となることで、双方にメリットが生じている。
うちの安さの秘密は、こうした取引先との信頼関係はもちろん、必須食材がないことが大きい。通常のスキームと逆で、安い食材の提案を受けてからメニューを作っているためだ。また、アルコール比率が高いことも関係している。
物流について
金子:うちは仲買いと一緒に築地場内に物流センター、フローズンセンターを持っている。外部ではあるが一番大きなスペースをもらっている。こことセントラルキッチン(CK)を自社で行き来し、仕入れに応じてメニュー内容の変化に即日対応することを可能にしている。CKには鮮魚加工室を設けており、2500万くらいする「青魚三枚おろし機」も搭載。毎分120尾おろしてくれるため、パートさんにして50人分くらいの働きだ。これによって各店舗に魚を捌けるスタッフがいなくても、大量の魚を処理することが可能になっている。ここでメニュー全体の約30%くらいの下ごしらえをして、最終的な火入れや調理は各店舗でやっている。
お客の標準的なオーダー点数は立ち飲みでドリンク3杯、フード3.5品で大体1350円くらい。座席でドリンク4.5杯、フード4品で1800円くらいとなっている。売り上げ高の比率はフード35:ドリンク65。原価は38%くらいで、人件費は22~23%、営業利益率は25~30%というイメージだ。他の飲食店と違うのは、閑散期が12月~1月であること。あと8月も狭い空間でエアコンが効きにくくなるので少し暇になる。2月からは繁忙期に突入する。
晩杯屋の役割
金子:自分のモットーは、流行りに左右されず時代に求められているものを提供していく事。晩杯屋は地域のたまり場、コミュニティとしてシニア層に場を提供していくと同時に、若者へ飲食文化の楽しさを広めたいと思っている。今後は新業態の開発を目指す。7月には『大衆酒場晩杯屋 北関東ふるさと編』をオープンする予定だ。ここでは、これまであまりスポットの当たってこなかった北関東の食文化にクローズアップする。
また、社内独立制度の拡充も目指す。新中野店で今年独立第一号が出た。あとは海外出店。日本のおいしい和食を広めていきたいと思っている。
金子: 目指しているかどうかといえば、現状ではまだ目指してはいないが、上場できるような会社にしていかないといけないとは思っている。
佐藤: 今後もFC展開はエムグラントフードサービスさんだけ?どういう風に店舗数を拡大していくのか。
金子:そうとも限らない。今後は社内に独立組を増やしていく事で店舗数を拡大していきたい。
質問者より:今、26ある店舗数が例えば50を超えた時、カニバリが起こって収益を圧迫するようなことは?
金子:ありえるとは思う。ただ、創業8年を迎えてこれまでずっと右肩上がりの売り上げを誇っている。こちらではPRは一切やっていない。認知されればされるほど売り上げは増えていくのではないかと思う。
佐藤: 地方に出店することはないのか?
金子:地方市場は基本的に安定高値。築地だけが唯一多種多様な品目を取り扱うので相場が乱高下する。それにより、うちみたいな業態が安いものを仕入れられるというビジネスモデルなので、基本的には築地のある東京が中心だ。
佐藤:なるほど。ありがとうございました。
(第二部終了)
(構成 中村結)
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