クラシック フレンチを愛しつつ
さらなる新境地を目指すオーナーシェフの挑戦
日本とフランスの名店を経て
28歳で原宿に「kiki」をオープン
原宿駅近く、明治通りから道一本入った静かな路地裏に店を構える「kiki(キキ)」。2011年8月に当時28歳の野田雄紀氏がオーナーシェフとしてオープンし、2016年に5周年を迎えた。野田氏は静岡県で魚屋を営む祖父母と母の元で育ち、のちに母が独立し仕出し屋を開業。幼い頃から食が身近にあり食が好きだったが、同時に飲食業の大変さも肌で感じていたという。それでも食の道を進み、専門学校を卒業後19歳で地元 静岡の港町近くにあるフランス料理店「ボン コラージュ」へ。同店のシェフ 萩原雅之氏は「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ」出身で、料理のスタイルはクラシック。野田氏は萩原氏の元でキッチンとサービスの仕事を約3年間学び、クラシックなフレンチの味わいに魅せられその世界にのめり込んだ。22歳で渡仏し、当時一つ星の魚介レストラン「グマール」で研修。その後、昔ながらのビストロ「ル・プティ・トロケ」を経て、二つ星の名店「タイユヴァン」で約2年間研鑽を積んだ。「タイユヴァン」のスタイルもクラシックだが、メインの肉料理などはシンプルで、幅広い味の作り方を学ぶことができたという。
帰国後、南仏・リヨンの郷土料理を取り入れた神楽坂のネオビストロ「ルグドゥノム ブション リヨネ」に入社。スーシェフを務めた。同店のシェフ クリストフ・ポコ氏には、料理はもちろん、店の開業や運営についても教わったそうだ。料理の道に入った時から、いつかは自分の店を開きたいと思っていたという野田氏。30歳までに独立開業すると決め、開業資金や店づくりの細かなところまでポコ氏に学びつつ、休みの日には物件も見て回っていたという。そして2011年3月。東日本大震災で店が1週間休業になり、改めて自分の歩むべき道を見直した。やはり店をやりたいという思いを再確認し、独立を決意。開業には難しい時期とも考えられたが、「とにかく、やってみよう」と心を決めた。ひと目で気に入ったという物件は、ガラス張りでどこか温もりの感じられるビルの1階。キッチンの様子がうかがえるカウンターを中心にアンティークの家具などを配し、パリのカジュアルなレストランを思わせる内装に仕上げた。そして2011年8月、13.8坪20席の野田氏の店、「kiki」がスタートした。
「kiki」のオープンから現在まで、野田氏はそのスタイルをさまざまに変化させチャレンジを続けている。スタート時は夜のみの営業で、フレンチの要素を盛り込んだタパスとワインを提供。お客様が来てすぐに出せるような、おつまみのような料理が中心だった。しばらくして、作りたての料理を提供したいと考えるようになり、アラカルトのビストロスタイルに。単品でオーダーし2人でシェアする料理を提供した。ランチ営業もスタートし、1,000円代のタルティーヌセットを販売。ランチタイム中に2.5回転するほどの人気メニューとなったが、1年ほどして夜のメニューにもっと力を入れたいと考えランチを休止。夜の3,500円のコースに1本化した。この頃に、食材の産地を訪ねる「nottv」の料理番組『恋するキッチン美男美食』にレギュラー出演し、月2回のペースで日本全国を回った。その際に出会った生産者の食材は、今でも使用しているという。そして、「kiki」では2014年1月から“フルーツを使った料理”をコンセプトに掲げ、さらに注目を集めた。
フルーツを取り入れた
リーズナブルなコースで話題に
フレンチの道に入り、フォワグラにイチゴやフランボワーズ、ブータンノワールにリンゴなど、フルーツを使ったフランス料理の美味しさに驚いたという野田氏。相性の良い食材と組み合わせることで単体とは全く違う味わいが生まれることに感動し、フルーツを使った料理が好きになったそうだ。フルーツをふんだんに使った野田氏の華やかな料理は「kiki」のお客様にも喜ばれ、このスタイルを追求した。前菜やサラダ、スープ、肉料理の付け合わせなどさまざまな料理に使用し、現在はコースの半分の料理にフルーツが登場している。元々フランス料理でフルーツを使うことは少なくないが、“フルーツを使った料理”をコンセプトにしている店は珍しい。そのため、「美味しそう」「面白い」というお客様もいれば、「え?」と驚いてしまうお客様もいるという。最初はお客様によって反応が違っても、必ず全員に「美味しい」と思ってもらうために、生かされてくるのがクラシックなフレンチの修行経験。誰にでもわかりやすく絶対に美味しいと思ってもらえる味を、伝統的なフレンチの技でつくり上げている。
コースの組み立て方に関しては、伝統的なスタイルにはこだわらない。肉料理の前に魚料理という流れは絶対ではないし、冷たいものから徐々に温かいものへ、とする必要もないと考えている。最初に冷たいものを出し、次に温かい料理で温まってもらって、サラダでいったんクールダウンしてメインへ、という流れが好きだという。味わいの流れにも注意し、まろやかな料理の次にはすっきりしたもので締めるなど、メリハリが生まれるようにしている。レシピを考える上では、食材との出会いも大きなポイント。この食材が美味しいからお客様に食べてほしい、この組み合わせでもっと美味しくなるから体験してほしい、という思いで考案していく。今回の取材で撮影した「燻製した甘くないレアチーズケーキ」には、取材前日に訪れた千葉県「銚子山十」の醤(ひしお)を使っている。出会った瞬間にこの料理に合うと思い、早速取り入れたそうだ。同じくこの料理に使われている“ルタ”は、千葉県の農園「エコファーム アサノ」で作られているもの。料理には難しいとされているハーブだが、野田氏は気に入り使い続けると決めているという。
このほか、「kiki」で注目されるポイントは価格だろう。フレンチに馴染みのない若い人にもその良さを知ってほしいと3,500円でコースをスタート。現在はディナーコースが7皿5,000円。ランチも再開し6皿のコースを3,500円で提供している。野田氏のキャリアや店の立地を考えればかなりリーズナブルな価格設定だ。タパスとワインでスタートした当時の客単価からすれば5,000円で十分と思う一方、スタッフへの還元や労働時間の改善、店の継続などを考えると難しい問題ではあるそうだ。お客様に喜ばれ、スタッフ、店にとっても十分な売り上げを確保できる価格を模索している。「kiki」はカジュアルな店のつくりにしていることもあり、高級店並みの価格にはしないにしても、その時々に応じて細かな微調整はしていきたいという。ただし、お客様にたくさんの選択肢がある中で、現在の5,000円前後という価格帯で「kiki」が選ばれるためには、そこでしか食べられない料理、そこでしかできない体験が必要不可欠という野田氏。今後はさらに自身の殻を破り、“攻める”と決めた。
さらに新たなスタイルに挑戦しつつ
店とスタッフを大切に育てていく
これまでは、ボーダレスで自由なスタイルの店が多い今だからこそ、自分はあえてクラシック フレンチにこだわることに意味があると考えていた。しかし今後は、そこからさらに独創的な料理も組み込んでいく。フレンチの枠の中で、さらに価格の制限の中で勝負するには限界があると考えたためだ。自分がこれまで歩んできたクラシック フレンチのスタイルは今後も大切にしつつ、決してその枠には捉われずに、「kiki」でしか食べられない独自の料理や楽しさを新たに生み出すことができれば、より多くのお客様に評価されると考えている。何かの真似ではない、“本物の創作料理”を追求していく。取材時のコースでは、「寒鰆の粕漬け みかんとルッコラのお寿司」にもそのチャレンジが現れている。フランスの家庭料理であるライスサラダをベースにみかんというフルーツを使っているが、そこからさらに大胆なアレンジを加えた、野田氏らしくもあり新しい“これからのkiki”の料理だ。
ここ一年の日本のフレンチ業界を振り返ってみると、シェフ就任や独立開業など同世代の料理人の活躍がとても多いように感じているという野田氏。そういったシェフたちとも積極的に交流し、おおいに刺激を受けているという。2017年にはシェフ仲間との横のつながりを生かして、生産者とも連携したイベントなども行う予定。自分1人だけではできない、自分たちの世代ならではの活動を通して、業界を盛り上げていく。海外へも積極的に足を運び、2016年10月にはスタッフを連れてパリの人気店「abri」などで約1週間研修した。「abri」のシェフ 沖山克昭氏は野田氏のフランス修行時代の同僚。SNSなどは全く使わないが料理の美味しさで評判を得て店は盛況。2号店として蕎麦の店もプロデュースしているそうだ。2017年1月にはオーガニックレストランの発祥の店といわれるバークレーの「シェパニーズ」を訪問。こちらでは、長く人気店として愛され続けている秘訣を探りたいという。さまざまな店を見て、自らの店の方針を考える際の参考にしたいと考えている。
試行錯誤しながらも、2016年は過去最高の売り上げを記録したという「kiki」。海外出店や2号店出店などを勧められることも多いそうで、オーナーとしてはビジネス展開も考えたくなるところだが、当面はそのつもりはないという。今ある「kiki」という店と、「kiki」で長く働いてくれているスタッフを大事にし、この店を続けていきたいという考えだ。現在の調理スタッフは、1名が約2年、もう1名が約4年「kiki」で働いている。ポコ氏が常に言っていた、「相手を信じる」という言葉を思い出しながら育てるようにしている。今後はスタッフ全員で全国各地へ食材を探しに行ったり、人に会ったりと、より有意義な時間も持ちたいと考えているそうだ。また店では、こもりがちだったカウンターの中のキッチンから、なるべくテーブルの方へ出てお客様と言葉を交わすようにしている。それによりお客様の満足度も上がったと感じているという。日々店に足を運んでくださるお客様に楽しんでもらうことを念頭に置き、料理や価格、お客様とのコミュニケーションなどあらゆるチャレンジを重ねながら5年の時を歩んできた野田氏。今後もより「kiki」らしいスタイルを模索しながら新たなチャレンジを重ねていく。
<シェフのひと皿>
取材時のコースの一皿目、「燻製した甘くないレアチーズケーキ」。レアチーズの中には生の黒海苔と、ルタというハーブ、黒ゴマが入っていて、軽く燻製されている。上には「銚子山十」の醤(ひしお)とキャビア。醤が味噌のような味わいで、チーズとよく合う。シャンパーニュとの相性も良い、食欲をそそる前菜。
■著者プロフィール 河﨑志乃
山口県生まれ。女性ファッション誌での各種情報執筆及びフードコーディネーターとしての活動を行う。レストランのコンサルティング及び販促物・公式WEBサイトの制作、ホテルレシピ本のライティング、レストランの店舗名考案、一般販売用菓子・コーヒー等のネーミングほか多数。2016年tabetas+を設立。フードコーディネーター・ライターとして活動を続けながら、料理教室を開催するなど多方面で活躍中。