1986年の発売以来、変わらない素朴な味――。今年、発売29年を迎えた「ハートランドビール」の味わいを表すとき、このようなフレーズがよく使われる。それもそのはずだ。ハートランドは、発売当時から現在まで、味はもちろん、ロゴや王冠に至るまでリニューアルを行っていないという。
変わらぬ味で愛されるハートランドビール
1986年当時、日本経済はバブル経済を迎えており、好景気に沸く社会で、高級車や海外ブランド商品などが人々の心をつかんでいた。こうした時代背景の中、どうしてハートランドビールは誕生したのだろうか。発売元であるキリン(東京都中野区、代表取締役社長 磯崎功典氏)のデジタルマーケティング担当の田代美帆氏は、ハートランドビール誕生の経緯について次のように語る。
「ハートランドビールは、六本木6丁目にあったビアホールハートランド、通称『つた館』のハウスビールとして誕生しました。商品コンセプトは、『素(そ・もと)』です。流行や権威、既存の価値観に左右されず、モノ本来の価値を大切にする想いが込められています。このコンセプトは開発当時から、現在も変わりません」
ハートランドビールをハウスビールとしていた「つた館」
素朴な味、エメラルドグリーンのボトル、ダイヤモンドシェイプ、そしてシンボルマークの大樹――。こうしたハートランドを象徴するファクターは、すべて「素(そ・もと)」のコンセプトから導かれている。本質を大切にしているからこそ、時代を超えて愛されるビールは誕生したのだ。それは、空前の好景気で無個性に陥っていく社会へのアンチテーゼとなっていただろう。
ロゴには「すべての人の心の中に、いつでも、どこでも。」と書かれている
また、ハートランドビールには、「素(そ・もと)」のコンセプト以外にも、大切にしていることがあるという。
「発売以来、ハートランドビールが大切にしてきたのは、お客様とのコミュニケーションです。レストランやバー、カフェなど、ハートランドビールを取り扱っている飲食店とのコミュニケーションを通して、ブランドを育ててきました。そのため、テレビCMなども行っていません。ハートランドビールのコンセプトに共感していただくためにも、飲食店様とのコミュニケーションが大切だと考えています」と田代氏は語る。
ハートランドビールでは、キリンというブランド名を出していない。それでも取り扱い店舗数は、年々増え続けている。ハートランドビールが大切にしてきたコミュニケーションは、確実に身を結んでいるのだ。そして現在、培ってきた飲食店との関係性を表現した「SLICE OF HEARTLAND」という動画が話題を集めている。動画で使用されているのは、レイ吉村氏がデザインしたシンボルマークの大樹だ。
「SLICE OF HEARTLAND」で象徴的に使用されるシンボルマーク
まず動画では、実寸大に3D再現した大木を100個にスライスし、アートディレクター・窪田新氏のディレクションのもと、数人のイラストレーターによって、細密画が描き起こされていく。そして、異なる断面が描かれたポスターが完成し、飲食店に寄贈された後、それぞれ写真に収められる。最後に、撮影された1枚1枚の写真を動画で繋ぎ合わせると、シンボルマークの大樹が完成するのだ。
1枚1枚、イラストレーターの手によって描かれていく細密画
1つ1つのポスターが丁寧に手作りされて、想いを紡ぎだしていく動画からは、クラフトマンシップを感じる。そもそも「つた館」では、手作りのジョッキが使われたり、アーティストのギャラリーとしても使用されたりしていたという。このクラフトマンシップも、実はハートランドビールを形作ってきた重要なファクターであるのだ。
「アートプロジェクトでは、ハートランドビールを通して、もっとコミュニケーションが広がっていってほしいという想いを込めました」と田代氏は語ると、動画制作の狙いについて説明してくれた。「今回、ハートランドビールのコンセプトに共感する、100店の飲食店様(※)にご協力してもらっています。その先には、ご協力いただいた飲食店様を利用される多くの方々がいるでしょう。アートプロジェクトを通じて、私たちとお客様とのコミュニケーションを深めていくとともに、ポスターを通して、お客様と飲食店利用者様とのコミュニケーションも活発になればと考えています」
※東京都・大阪府の飲食店
ポスターが掲示されている飲食店の様子
現在、ハートランドビールを取り扱う飲食店には、個性的な店や強いこだわりを持つ店が多くあるという。そうした店こそ、ハートランドの名前に込められた「心のふるさとであり、ほっとしたときに戻るところ」になっているのかもしれない。2016年、ハートランドビールは30周年を迎える。それに併せて、新たなアートプロジェクトも行っていくそうだ。これからも多くのコミュニケーションの中で、ハートランドビールというブランドは育っていくのだろう。