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【第1回生産地視察ツアー】千葉県山武郡横芝光町の生産現場をレポート!


東京から車で1時間半、千葉県北東部に位置する横芝光町が見えてくる。国内最大の消費地・東京からほど近いこの生産地で、今、どんな取り組みがなされ、どんな変化が起こっているのだろうか。私たちの「食」を支えている生産現場を訪ねた。新たな栽培方法を開発し栽培するトマト農家、耕作地を次々と拡大していく若手農家、生産から販売、コンサルティングまで幅広く事業を手がける米穀会社や食肉加工場など、東京の〝食料供給地〟を目指す現場から生産者たちの新たな取り組みをレポートする。

(レポーター/望月実香子)

 

【千葉県山武郡横芝光町とは】

同町を訪れたのは収穫期のまっただ中、8月25日。車を降りると、澄んだ空気が気持ちいい。半袖だと少し肌寒いくらいだ。田畑の間には民家がぽつぽつと数軒見える。高層ビルやマンションはなく、ただ緑と空が目の前に広がる。

人口約2万5000人のこの町は2006年に山武郡横芝町と匝瑳郡光町が合併してできた町だ。都心から約70km、北西約20kmには成田国際空港もあり、地方といっても都心部とのアクセスが良く便利だ。主要な産業である農業においても、自然条件に恵まれている。夏涼しく、冬暖かいが、適度な気温差もあり農業に適した気候だ。南部にひろがる九十九里平野を通り太平洋へと注ぐ栗山川周辺には、平坦で肥沃な土地が続く。米の生産をメインとして、野菜の栽培や畜産業も盛んだ。野菜は、ネギやトマト、とうもろこしで県内有数の生産量を誇る。畜産業では、養豚農家数は県内有数で、町内には新鮮な生モツを使ったモツ鍋やモツ焼きを提供するお店もあり、町民に愛されている食材だ。

 

【「生産地から消費者まで」新たな流通の仕組み】

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農家の流通支援を行う合同会社SOZO代表の吉岡隆幸さんによる講義「お米から考える日本の農業」からツアーがはじまった。

「日本はもうパンが主食になってしまった国なんです」

「米農家は儲からない。

このまま減り続けると、米の専業農家は2020年にはいなくなる計算です」

日本の農業、特に米農家が直面している厳しい現実が次々と示される。これからの米農家はどうすればいいのか。吉岡さんいわく、「差別化が必要」。どこの業界でも「差別化」は求められるが、これまでの農家は画一的な生産・流通を求められてきた。どれだけこだわって、高品質なものを作っても、農協が買い取り、他の生産者がつくった農作物と一緒にして業者などへ渡してしまうため、差別化はこれまで不要だった。

講義で特に勉強になったのは「流通の基礎」だ。農作物の一般的な流通経路は、「生産者→農協→一次卸(市場)→二次卸(仲卸)→実需者(飲食店、小売り店など)→消費者」となる。商品が手から手へと渡っていく度に、各業者の取り分が上乗せされるため、それだけ価格が高くなる。これに対し、吉岡さんが提案する「産直」は生産者、消費者双方に多くのメリットがあるという。

 

<産直のメリットとは>

  • ①格段に鮮度がいい!

中間業者をできるだけ省略するため、収穫から食べるまでの時間が大幅に短縮される。朝採りが翌日には届くというわけだ。昨今の保存技術の進歩で、収穫から個人宅へ届けるまで2週間冷蔵庫で保存していても、見た目はそのままの野菜を届けることができるようになった。とはいえ、栄養価はもちろん香りなど味覚の中で重要度の高い要素はガクンと落ちる。産直だと鮮度、栄養価、味すべてにおいてより高い品質のものを提供できる。

  • ②コストダウンで良質なものが安価に

農家が商品を午後6時までに「産地集荷所」という所に持っていくと、青果物専門の物流会社が午後8時〜午後9時には築地市場か太田市場の二次卸に届ける。商品を受け取った二次卸は、注文が入ったものを仕分けて、開店前にそれぞれのお店に届けてくれる。農協や一次卸を通さないため、コストが抑えられ、一般的な流通では高価格になってしまう良質な農作物を比較的安価で提供することができる。東京に近い立地を最大限にいかした流通の仕組みだ。

  • ③食材のストーリーを伝えられる

今食べている食材は、どんな人が作っているのか、どんなふうに生産されているのかなど、食材の背後にひろがるストーリーがより食材を美味しくさせる要因となる。また、生産過程を伝えることで、食材の「安心・安全」を気にする消費者にも訴求できる。農薬や化学肥料使用の有無だけでなく、生産者の顔や生産過程まで見えれば、安全でおいしい〝ブランド野菜〟としても販売できる。

  • ④オーダーメイドのような契約栽培ができる

飲食店と農家が直接契約し、これまで生産していなかった作物でも、新たに栽培してもらうことが可能だという。「お店で提供している料理に合うお米」や「おでん用の大根」「社員の研修として農作業をさせたい」などの細かな要望にも対応できるのは、直接取引の大きな強みだ。

 

米の需要が縮小する中で、新たな戦略が求められる農家。従来の流通にとらわれず、生産者にも消費者にもメリットになる新たな仕組みを模索中だ。

 

【郷土料理「太巻き寿司」づくりに挑戦】

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講義の後は、昼食もかねて郷土料理「太巻き寿司」の料理教室を体験した。教えてくれたのは「横芝光町・太巻き寿司保存会」のお母さんたち。のりやでんぶ、かんぴょうなどの食材を使って、梅の花の絵柄をかたどる。お母さんたちがひとつひとつ丁寧に指導してくれるが、結構難しい。花のどの部分をつくっているのか、全く想像がつかない。やっと全部食材を巻き終わって、切ってもらうとびっくり!断面が綺麗な梅の花になっている。お母さんたちが特別、作ってきてくれた自家製メンマと青はぐらうりのお新香と一緒にいただいた。

手作りのあたたかさを感じる最高に美味しいお昼ご飯。

お腹が満たされた後は、いよいよ生産現場の視察へと向かう。

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【先端技術で甘〜いトマトを栽培】

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講義をうけた文化会館を出て、車で5分ほど。フルーツのように甘いトマトを栽培する若梅農園のハウスに向かった。ハウスの中に入ると、トマト苗の鮮やかな緑と真っ白なハウスの内装が目に飛び込んでくる。天井からは苗を支え吊るすための無数の白い紐がたらしてあり、想像していた〝農園〟とは違う、不思議な空間だ。ここではトマトに与える水分や光を制限して、ストレスをかけることで、糖度をあげる。某大手通販サイトでも人気商品で、リピート率も高い。

早速、許可をいただいて、もいで食べてみる。確かに甘い!果肉は肉厚で、中のゼリー質は水っぽくなくプルンとした食感。味にコクがあって、深い甘味がある。ここで栽培されたトマトの8割は同サイトを通じて、通常相場の倍ほどの価格で販売している。作物をその時々の相場価格で市場に卸し、生産者自身がどこで売られているのか、また誰に買われているのか分からない仕組みの中でDSC05719販売するのではなく、リピーターの付きやすい販路に卸すことで商品自体のブランド化と高付加価値化に成功している。その裏にはやはり、試行錯誤と研究の日々が見え隠れする。特殊なフィルムをつかった溶液栽培「アイメック農法」や毎年のトマトの出来具合から独自に砂と根を増やした栽培方法も開発。本来なら相反する「収穫量」と「糖度」を同時に高めることを目指している。トマトは毎年「好きな野菜」で1位もしくは上位にランクインする人気商品だ。その分競争も激しい。同農園のように知名度が高い販路を活用する方法は、「差別化」であり、非常に有効な手段だといえそうだ。

 

「若梅農園」

代表者:若梅直樹

 

【地野菜、珍野菜が見つかる産直市】

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トマト農園を後にして、地域の農産物や加工品を産直販売する「ひかり特産品直売所」を訪ねた。特産「ひかりねぎ」や黄色に縞模様がはいった新品種「タイガーメロン」などの珍しい野菜・果物まで、産直ならではの新鮮なものを格安で購入できるのが魅力だ。直売所はその地域で何が作られているのか、一目で分かる。値札に生産者の名前を明記したり、使っている肥料をPOPに記載したりなど、どんな生産者がどうやって作っているのかも、見えやすい。まさに〝産直〟流通の原型。近くの農家が、採れたての野菜や米などを販売する場所。この〝産直〟の良い部分、すなわち〝生産〟と〝消費〟の距離が近く、相互に見えるという利点を維持したまま、流通できるようにすることが、ビジネスとして収益をあげる農業には喫緊の課題だろう。

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「ひかり特産品直売所」

営業時間:午前9時30分〜午後6時(年中無休)

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【就職希望者は年100人以上!注目の若手農家に稲作と稲刈りを教わる】

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次に實川勝之さんが代表を務める株式会社アグリスリーでの稲刈り体験へと向かった。例に漏れず、横芝光町の農業も高齢化が深刻だ。實川さんは35歳。若手農家と呼べるのはこの坂田地区に同社だけだそう。農業の世界では「超」がつくほど若手だが、かなりやり手の経営者だ。年100人以上の採用の応募があるが、採用は数人。人気企業並みの倍率だ。従業員の平均年齢は27歳!農業をやりたい若者や就農から独立を目指す人を受け入れている。同社では米を中心に、梨やかぼちゃ、トマト、ネギなどの青果物を栽培している。耕作面積は22.7ha。東京ドームが約4個半ほどの広大な土地を管理している。周りの高齢の農家が「うちの田んぼも耕してくれないか」と依頼をもちかけてくるらしい。それで、實川さんが就農した時の倍ほどにもなったという。もともとパティシエだった實川さん。父親が農作業で怪我を負ったのをきっかけに、実家に戻り農作業を手伝ったのが農業の世界に入ったきっかけだった。社名の「アグリスリー」は「アグリ(農業)」と「パティスリー(ケーキ屋)」をかけあわせた造語。父親の復帰後も、農業の魅力にはまりそのまま継いだ。消費者に「選ばれる農家」になることが目標だ。

 

2015-08-25 14.37.57収穫期のまっただ中、實川さんの田んぼで稲刈り体験をさせてもらった。普通はコンバインという農機具を使って一気に収穫するが、せっかくなので、手鎌で一束一束収穫させてもらった。「ジャクジャクッ」という音をたてて、意外とすんなり刈り取れる。感触がクセになって、ザクザクと刈りすすむと、すぐに頭に血がのぼり、腰が痛くなってくる。結局10分で1m四方刈り取ってギブアップ。コンバインが収穫するのを見ると、15秒で5列の稲を20mほど刈り取って、ワラとモミを分けて、ワラを細断する作業まで完了していた。さすが、コンバイン!850万円するだけの価値がありそうだ。

米価は下がり続け、米の需要も縮小する中、それでも稲作を続ける。しかし、米だけ育てていてもだめだと感じてもいる。實川さんが就農した翌年、新たな作物として梨の栽培をはじめた。千葉県は日本一の梨の産地ということと、米や野菜と違い、果物は安価なものから高級なものまで価格に幅があり、自分で価格を決めやすいというのが、梨の栽培をはじめた理由だ。梨の栽培も今年で15年目になる。パティシエ時代の経験もいかしながら、今は梨をつかった商品開発に力を注いでいる。同社は農協だけでなく、米、梨、2015-08-25 14.45.50野菜は飲食店や市場、個人宅配も含めて作物やニーズに合わせて流通を多様化している。農協との関係も大切にし、

「農業は地域に根差した産業。地元の人に認められた上で仕事をしたい」

と、地域への目配りも忘れない。

「株式会社アグリスリー」

代表者:實川勝之

 

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【精米からコンサルまで多角経営に乗り出す米穀会社】

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次は収穫した米がどうやって流通・販売にいたるのか、その過程を見学するため株式会社向後米穀にお邪魔した。巨大な倉庫のような建物の中から代表の向後雅秀さんが現れた。向後米穀では農家約600戸と取引があり、そこから集めた米の精米、流通、販売までをも行う。卸業者を通さずに、直接実需者や消費者へと自社便で届けることも可能だ。それによりコストを下げられ、生産側により利益が出るようになる。自身も農業生産法人を設立し、ミルキークイーンや寿司米など様々な品種の米をつくっている。向後さんは米ソムリエの資格を持つ、いわば米の専門家。米の精米、流通、販売以外にも、
飲食店などへのコンサルティングも行っている。精米、保存方法、炊き方、どの米がどんな料理に合うかなど、米について隅々まで熟知している。取引農家600戸がだいたいどんな作物を栽培しているかも把握しているため、米以外の作物でも新たな作付け依頼など飲食店と農家の契約栽培のマッチングも手がける。
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自社で精米から販売まで行うにはコストダウン以外にも理由がある。直接、ユーザーに届けることで、商品の説明ができる。つまり、食材のストーリーづけができるというわけだ。なぜこの時期のこのエリアのこのお米が特においしいのか。どういうこだわりを持って生産者はつくっているかなど、消費者側からみれば、味の向上につながる要素だが、生産者側にとっては意欲の向上につながるという。

「お客さんの反応を伝えるとね、みんなうれしがって、前より田んぼや畑に出るようになるんですよ。生産者側ももっとこだわっていいものを作ろうってやる気が出るんですよ」

と、向後さん自身もうれしそうに話してくれた。

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「株式会社向後米穀」

代表者:向後雅秀

 

 

 

【豚肉加工場の現場を見学】

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最後は主に豚肉の加工を行う株式会社いちはらで、養豚場の豚が「商品」になるまでの過程を学んだ。養豚場の豚は、約180日肥育された後、と畜のため食肉センターに出荷される。牛は出荷まで2年半〜3年かかるのに比べ、豚は約半年と短いため価格も牛肉と比べて安価だ。食肉センターに搬入された豚は解体の後、枝肉や内蔵に病気がないか検査し、適正なものが問屋へと出荷される。問屋は歩留まりを緻密に計算しながら、枝肉をロースやヒレなどの部分肉へとさらに解体していく。この部分肉が小売店に出荷され、さらに消費者向けに細かく分けられて販売される。

同社では仕入れた枝肉を、ロースやヒレなどの部分肉にして出荷するだけでなく、豚肉を商品に加工して、販売もしている。添加物を極力使用せずにつくるソーセージやベーコンは、良質な豚肉を新鮮なまますぐに加工できる同社だからこそできる商品づくりだ。贅沢に良質な豚の肩と腕の部分を使用するため、旨味や歯ごたえといった肉感をしっかり味わえるのが魅力だ。飲食店向けのOEM製造も対応可能だ。太さ、長さ、厚さや味付けなど細かい要望にこたえてくれる。「大量生産の過程で、添加物で原料が〝かさ増し〟されるスーパーの商品と違い、うちは最低限の添加物しか使用しない」というのも、「安心・安全」を求める消費者にはうれしいポイントだ。

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「株式会社いちはら」

代表者:市原健

 

 

今回の視察ツアー、普段見ることのない生産現場を見て、聞いて、体験することで、これまで知識でしかなかったものが、実体を持ち、強く迫ってくるようになった。今、日本の農業はまさに変革期だ。それは「生産」にとどまらず、「流通」「消費」においても同様だ。これまで農家は「生産」の部分で、既に工夫に工夫を重ねてきた。それでも「農業は儲からない」というイメージが根強いのはなぜか。農業を収益のあがる「ビジネス」として成り立たせるには、日々変わりゆく消費者のニーズや多様化する物流に対応する必要がある。それができている農家はまだまだ少数派なのが現状だ。今回訪れた生産者たちはすでに「流通」の変革に踏み出していた。自ら販路を開拓し、生産者団体を組成して、卸を通さずに販売する、個人へ直接宅配するなど、新たな試みが始まっている。

そんな生産現場の変化を、消費する私たちはどう受け止めるべきだろうか。安さだけを追求するなら、大量生産が可能な外国産になるだろう。国産は高価だが、理由がある。生産過程が見え、鮮度、栄養価、味すべての点で外国産をはるかに上回る。そして、何より日本の食材を食べるということは、日本の農業を応援することだ。日々、私たちの生活の根幹ともいえる「食」を支えてくれている彼らへの感謝と応援する気持ちが「消費」にまず求められる一歩ではないだろうか。

→本ツアー詳細のお問い合わせは合同会社SOZOまで
連絡先:info@sozo.jpn.com

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