『BRUTUS』の酒場特集は、「おいしい酒場七カ条」として、以下のポイントをあげている。「その店で選んだ基準の酒があること」「その酒を前提にした料理があること」「店の規模が小さいこと」「一つ名物があること」「ひとり客でもいいこと」「料理は安くて頼み方が自由なこと」「食材に手間や原価をかけていること」。これらは、私が“ハイカジ(ハイクオリティカジュアル)”というトレンドキーワードでこれまで述べてきたポイントとほぼ重なる。(地下鉄フリーペーパー『メトロミニッツ』最新号「ハイカジ中華」特集で私のハイカジ定義を取り上げてもらっている)。「その店で選んだ基準の酒があること」「店の規模が小さいこと」「ひとり客でもいいこと」などは、私が創刊した女性のための酒場雑誌『バッカンテ』のコンセプトでもあった。さすがに『BRUTUS』、ハイカジの流れを非常にわかりやすく七カ条に整理して見せてくれた。というわけで、同雑誌とも被るかもしれないが、最新の“ハイカジ酒場”で注もしたい店を紹介したい。やはり、酒はワインと日本酒、クラフトビールが中心だ。生ビールを置かない店も増えている。
中目黒の山手通り沿い、歩道橋のたもとにオープンした東京葡萄酒の小さなワインショップ「THE WINESTORE(ザワインストア)」は、通りに面し全面がガラス張りで奥まで透けて見えるお洒落な空間。ワイン倉庫のようなセラー仕様のショップは、スチールの棚にワインボトル並べただけのシンプルさ。セラーの奥、ガラス張りの向こうは、水回り設備を付帯したアイランド型のカウンターテーブルが迎える。実はここ、その日おすすめのワインをテイスティンググラス(30ml、60ml)で、価格もワンコイン以下から楽しめるワインの角打ち。セラーのワインを購入し、抜栓料500円を支払い味わうことができる。扱うワインはヨーロッパを中心に、日本産など自然派やクオリティワインを揃えている。さらに、石釜で焼かれる無添加のパンや手作りのピクルスなど、自然の美味しさと質にこだわった食品も販売しており、店内で味わうこともできる。わずか7坪に満たない店の中にはオーナーの食・ワインに対するハイセンスな価値観、世界観が溢れる。オーナーはすかいらーく創業者、横井一族の女性だ。
浅草橋にオープンしたパピーユの「ワインショップ&ダイナーFUJIMARU」。大阪に自社のぶどう畑を持ち自社醸造を行っている同社もまた、独創的なワイン提供スタイル。川沿いの裏通りのビル2階にある同店は、ワインショップとダイナーを併設する。ダイナーでは同社醸造の樽生ワインが東京で唯一味わえる。オンメニューされているワインのほか、セラーショップで購入したワインも抜栓料を支払って楽しめる。ショップで扱うワインはヨーロッパを中心に日本も含め、世界各国から自然派など、やはりクオリティ重視の醸造家のものが多く揃う。ダイナーらしいフードメニューは、「オマール海老のホットドック」、「たこりき大阪風クロケット」など。ユニークで気軽なワインスタイルが楽しめる大人のワイン酒場だ。いまや、リーズナブルなワインバル、ワイン酒場は定番化し、普遍化した。一方で、メニューやワイン提供法は画一的で類似傾向が顕著になってきている。淘汰現象も始まったようだ。そんな飽和マーケットにおいて、独自のワインセンスとスタイルのワイン酒場の台頭に注目したい。
荻窪駅北口、中央線沿いの居酒屋などが並ぶ通りにオープンしたワインバル「GRECO2号店」。ビル2~3階にありながら2階は立ち呑み、3階は倉庫謙のテーブル席。ワインはカルフォルニアを中心に揃え、グラスもタイプに合わせた本格志向で料理も充実している。「ワインをもっとカジュアルにお洒落に日常のものとして提供する店」をコンセプトに昨年秋に同じ荻窪駅北口の駅前路地にオープンした繁盛店、立ち飲み「GORECO本店」の2号店目となる。本店はヨーロッパを中心としたワインを揃え、高級ワインもグラスで飲める。毎月最終営業日には、誰でも参加できる産地を決めたテイスティング会「GRECOワイン会」をおつまみ込み3000円で開催するなど、立ち飲みながら、ガブ飲み系とは異なる本格志向のワイン酒場スタイル。サムライフードカンパニーの新業態「かしわビストロバンバン」。コンセプトはまさに「大人のワイン酒場」で、近江黒鶏のかしわ焼きを看板にサムライフードらしいでカジュアルで楽しいワインスタイルを提供。通常のワインはグラス、ボトルに加え、多くのワインを楽しんでもらいたいとデキャンタワイン1/2、1100円?1500円を揃える。ハイクオリティでおしゃれ感を気軽に楽しむ「大人のワイン酒場」が増えている。
池袋の東口にオープンしたのが「立ち呑み割烹 そら」。大手家電ショップなどで賑う明治通りから一気にディープエリアに入った路地のビル地下に構える立ち飲み業態。オーナー、店長、スタッフ、共に元同じ大手外食チェーン出身者のこの店は、場所柄ありがちな大衆ポジションの立ち飲みにせず、敢えて量ではなく質にこだわった立ち飲み割烹に仕上げている。カウンターの中で腕をふるうのは本格和食の職人で、どれも職人技が映える丁寧に仕事をした一品を揃える。赤、緑の野菜に白いポテトを綺麗にミルフューユにしたポテトサラダをはじめ、味とともに見た目もおしゃれな創作志向も見せ、まさにネオ割烹らしい。酒は、料理との相性を意識し、8気圧の超炭酸の本格麦焼酎ハイボールをはじめ、九州の蔵、蒼田ブランドを揃え、“ここだけ”感を強くアピールしている。立ち飲み業態としても、ワンランク上の業態だが、価格は居酒屋なみで、まさにハイクオリティカジュアルの割烹版といってよい。
目黒に昨年9月オープンしたビストロ割烹「koda(コダ)」。日本の伝統と技が生み出す割烹料理をビストロ感覚で気軽に楽しんで欲しいとオープン。コンセプトは新しい和食料理だ。あくまで正統派を目指すが素材や調理法などにより、創作和食ではなく、和食の新しい世界観、付加価値を創り出している。日本酒を中心にワインも揃え、新しいスタイルの割烹、ビストロ割烹という業態を打ち出している。上質な日本酒を味わうために、ネオ割烹ポジションにしたのが、錦糸町、マルイ裏に店を構えた割烹バル「小さな蔵だれやめ」。生粋の和食職人の店主が正統の和食、割烹を知って欲しく、カジュアルな日常使いを意識したバルポジションのネオ割烹。日替わりを中心に、その日、季節の食材で、丁寧に造る料理に小さな蔵の上質な日本酒を合わせる。割烹の本質をさり気なく教えてくれる。いま注目されるのはこうした正統派の和食技術をベースとし、それでいて新しい感性を打ち出したネオ割烹だ。そこには、質を高めた日本酒人気の影響もあるが、やはりその背景には、価値あるもの、本物であること、職人技術といったことへのリスペクトという飲食マーケットの軸トレンドがある。これはワインバル業態がビストロ系へとシフトしているとの同じで、“ポスト居酒屋”の大きな波となるに違いない。もう「ありきたりな居酒屋や酒場には行かない」、そんな時代が来たのかもしれない。