コラム

「割り算発想」で業態力アップを!

これからの飲食業態の進化、イノベーションのポイントは何か。顧客が価値と感じる強い業態"はどういう発想や手法で生まれるのか。そのヒントは、「割り算発想」のなかにあるのではないだろうか。"

PROFILE

佐藤こうぞう

佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、フードスタジアム 編集主幹。商業施設リーシング、飲食店出店サポートの株式会社カシェット代表取締役。著者に『イートグッド〜価値を売って儲けなさい〜』がある。


経営は、「足し算」「引き算」「掛け算」が大事と言われてきた。チェーン店は「足し算」の発想で伸びてきた。メニューもマスの顧客に対応するためには「足し算」の発想でできるだけ幅広い料理を提供する総合的な業態づくりが良しとされてきた。しかし、顧客のニーズが多様化し、ライフスタイルも個性化してきたために、それに対応するため、「引き算」の発想が必要になってきた。メニュー数を絞ったり、業態を専門化していくことが大きな流れとなっている。店舗規模も大き過ぎず、時代の変化に対応できるような中小型店舗にシフトするチェーンも増えている。食材に安全性が問われ、顧客のニーズが本物志向に変わってからは「掛け算」発想が重要になった。生産者と直結した産直メニューを中心に据えるような付加価値経営を標榜する外食企業や飲食店が脚光を浴びているのだ。

しかし、これからの飲食マーケットは、単純に「足し算」「引き算」「掛け算」の発想だけでは顧客の期待に応えられない時代になりつつあるのではなか。昨日、中野エリアの3店舗をリサーチして、そんな問題意識がわいてきたのだ。一軒目は、中野に古くからある伝説のモツ焼き繁盛店「久遠」グループが昨年11月にオープンした「焼き貝久遠」。同グループの遠山氏が、焼き貝業態でいまブレークしている「あぶさん」グループの延田氏に教えを請うかたちで新業態をつくり上げた。久遠グループのノウハウと人材の蓄積を“分母”にして、オリジナリティあふれる貝業態を割り出した。お通しで選べる「オイスターシューター」はテキーラのショットグラスに日本酒を注ぎ、生ガキと鶉の卵を入れて出すスタイル。米国のオイスターバー(日本酒ではなくテキーラ)では定番メニューだが、それを日本酒で出すという発想は面白い。

二軒目の「キッチンRoot」は、世界を旅する仲間たちが集うキッチンというコンセプトで南口レンガ坂にオープンした。オーナーは、秋葉原や中野ブロードウェイで玩具店を手掛ける原田氏。はやり世界中を旅した経験から「世界のビール」を提供、旅をして「日本のコメがいかに旨いか」に気づき、そのコメを美味しく食べられるキッチンを作りたいという夢を実現した。料理は「在来種野菜」にこだわった。スタッフはなんと全員が“世界一周経験者”。オーナーの経験値やコンテンツ発信力といった“分母”の力をもとに、どこも真似できない店をつくりあげたかたちだ。三軒目は飲食激戦地の北口にオープンした「5(ゴーバル)」。昼はカレー、夜はステーキとワインのバルだが、ステーキ肉は和牛のもも肉「しんたま」にこだわり、その部位だけでも「しんしん」「かめのこ」「かぶり」「ともさんかく」の赤身ステーキがカジュアルに食べられる。かつてベンチャーリンクで「牛角」業態の立ち上げにかかわった関氏がプロデュースしたという。やはり関氏のノウハウと経験値が“分母”になった業態といえる。

こうしたコンテンツの細部にこだわり抜いた店が、これからどんどん増えるし、多様化する顧客の価値観にフィットしながら勝ち残っていくのではないかと私は思う。それが偽物ではなく、実力に裏付けられたものであるこが条件。つまり、企業やオーナーの経験値、蓄積されたノウハウ、人材パワーなどの“分母力”がまず問われる。そしてその分母をもとに、様々な業態、メニュー、商品価値、顧客価値、提供法、きめ細かい接客サービスなどを割り出していく「割り算」発想がこれから求められるのではないかということだ。「神は細部に宿る」という言葉がある。「足し算」でも「引き算」でも「掛け算」でもなく、「割り算」でその細部をつくりあげいく、生み出していく。そのようなクリエイティブ力が問われる時代なのだ。オーナーの大林氏が世界を旅して最先端の料理のエッセンスを吸収し、自店のメニューを常にブラッシュアップしているオリエンタルビストロ「アガリコ」グループもまさに「割り算」経営かもしれない。底の浅い業態は続かない。この厳しい競争を勝ち抜くには、まずもって“分母力”を厚くし、磨き上げていかなければならない。

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