レストランビジネスにおいて、「テーマ」や「コンセプト」が非常に重要な時代になってきた。言い換えれば、顧客をサプライズさせ、ディライトさせる ためのシナリオ作りに成功した店が勝っているのである。まさに「フィクションの時代」である。個性的な店のネーミング、コンセプトを表現するショルダー キャッチコピー、そして魅力的なメニューブックやホームページ製作。レストランはシナリオライター、コピーライターたちが活躍する“ギョーカイ”になって きたのである。 しかし、それはあくまでSI(ショップアイデンティティ)やプロモーションのための演出であって、食材、調理手法、サービスなどレストランの本質的 要素ににおいては、「ノンフィクション」でなければならい。にもかかわらず、ノンフィクションであるべき料理やサービスが「フィクション」としか思われな い“本末転倒”の店が登場してきており、それが人気化しているのは不思議な現象である。例えば、朝礼で有名な渋谷の居酒屋。本来、顧客のためにあるべき サービスが「業界向けプレゼンテーション」の道具として完全にフィクション化している。 いま、私が注目している飲食トレンドである「地方活性化」についても、地方食材や地方の名店ブランドを東京マーケットにもって来て「繁盛店」に仕上 げるのは簡単ではない。最近の失敗例で多いのは、情報発信しやすい銀座や六本木で高い家賃を払って物件を借り、豪華な内装費をかけて“デザイナーズ・レス トラン”を出店するケース。自分たちのブランドを過信し、数億円を投資しても簡単に回収できると思い込んでいる。そういうプロジェクトには、メジャーなコ ンサルタントや広告代理店が絡んでいる場合が多いのだが、オープン人気はあっても半年も経たず「こんなハズじゃなかった」と赤字に苦しむことになる。結 果、コンサルタントや不動産ブローカーの餌食にされていたことに気づくのである。 地方ではどんなに有名であっても、東京で勝つにはマーケットを知り尽くし、トレンドを仕掛けることができる運営力のあるプロフェッショナルと組むこ とが必要だろう。私はそのケーススタディとして、「食による地方活性化」を企業理念に取り入れ、それを核にアクセルを踏み出した“マネーの虎”こと安田久氏の 仕事に興味をもっている。かつてはアルカトラズを始めとしたテーマレストランというフィクションの世界で名を上げたが、いまやノンフィクションの手法で次 々に新規の地方ブランド、ローカルコンテンツを東京に持ち込んできている。「なまはげ」「きりたんぽ」(秋田)「黒薩摩」(鹿児島)「あまくさ」(熊本) などだ。 そして、今年12月には、やはり彼の出身県の秋田ブランドではあるが、300年の歴史と文化を有する「稲庭うどん」の本家本元、「七代 佐藤養助」の 東京出店を託された。1号店は銀座6丁目である。「佐藤養助」の現当主、佐藤養助商店代表取締役社長の佐藤正明氏は言う。「秋田を愛し、銀座に詳しく、レ ストランの顧客心理を知り尽くした安田さんと組むことがベストの選択だった。“マジ”ですよ」。すでに20年前から銀座に稲庭うどんの暖簾を出した「寛文 五年堂」がある。しかし、秋田稲庭を訪ねて見れば一目瞭然だが、佐藤養助が本流であり他を圧倒しているのは間違いない。 重要なミッションを託された安田氏は「わが社にとっても、私にとっても特別な思いと意味がある」と語る。フィクションからノンフィクションの世界に 舵をきった安田氏の分水嶺になるプロジェクトであると言えるだろう。店舗デザイナーが関西でいま新鋭のトップランナーとして脚光を浴びるカームデザインの金澤拓也氏であることも興味深い。安田氏が“マネーの虎”から“地方ブランドの請負人”として再デビューを果たす、12月14日のオープンが今から楽しみだ。 グルメブログ・ランキングに投票する!
コラム
2006.10.26
レストランはフィクションか、ノンフィクションか?
出版の世界には「フィクション」と「ノンフィクション」というジャンル分けがある。レストランはどうか? 最近流行る朝礼ブーム""表彰ブーム"に思うのは、フィクションの"魔力"である。 "
佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、フードスタジアム 編集主幹。商業施設リーシング、飲食店出店サポートの株式会社カシェット代表取締役。著者に『イートグッド〜価値を売って儲けなさい〜』がある。