2015年の暮れ、「米国マクドナルド社が業績不振が続く日本マクドナルドの所有株を売却へ」というショッキングなニュースが飛び出した。小手先の新商品開発や販促策ではもはや立ち直れない、抜本的な改革が必要という判断によるものだ。いまやマクドナルドというビジネスモデルそのものの社会的存在意義が問われているといっても過言ではないだろう。「週刊ダイヤモンド」誌上で画期的な対談が行われた。アサヒビール社長の小路明善氏とキリンビール社長の布施孝之社長が史上初めて対談し、「もう無益なシェア争いをやめましょう」「価値とは何かを見極めていかなければ」「クラフトビールのような個性ある商品を世に送りましょう」といった内容で語り合っている。価値を追求する時代、場合によっては協調も必要だとも話している。企業はなんのためにあるのか、消費者に価値を提供してこその企業である。ビールメーカーもこれからは横並びではなく、価値と個性で競い合っていく、そんな姿勢の表明である。飲食企業、飲食店への“協賛金競争”も2016年には終焉するかもしれない。「店を増やせば協賛金が入る」といった飲食企業の甘えた体質も改められなければならなくなるだろう。本当に「価値ある店」「価値を提供する企業」がいま問われているのである。
グローバルの時代。SNSのデファクト化で、いまや海外のトレンドと東京の、あるいは日本の地方の食に関する情報は瞬時に「同期化」する。いま「お皿の上の芸術」を競うミシュランガイドよりも、「食のあり方を含めたトータル評価での価値あるレストラン」をランキングする「世界のベストレストラン50」のほうがリスペクトされている。そのベストレストラン1位を4回も獲得したのがデンマークの「NOMA(ノーマ)」。「ノーマ」はすべての食材を自国でとれたものだけを使い、驚くような表現法で料理に仕立て上げていく手法が注目され、デンマークの飲食シーンを変えたばかりか、世界中のトップシェフたちに影響を与えている。日本でも「ノーマ」によるイベントが開催され、大きな反響を呼んだ。「お皿の上」だけでなく「お皿の向こう側」の食材、それを育てる自然環境、生産者のストーリーなどの価値を伝えることの重要性をガストロノミー界に提案した。こうした流れに影響を受けた日本の若手シェフは、新しい動きを始めた。このノーマとかつて話題になった分子ガストロノミーのエルブジで修業した経験を持つ橋本宏一氏が1月にオープンした代々木上原の「セララバアド」。食材をナチュラルに取り入れながら、エルブジ的な科学的手法で独創性の高い料理を創り上げる。しかもドリンクのペアリング込みで1万円前半というカジュアルな価格で提供。こうしたクリエイティブな料理とドリンクペアリングで1万円前後という「大衆ガストロ」が続々とオープンしている。これは2016年の新しいトレンドになるだろう。
アンテナの高い飲食店オーナーがいま一番行きたい都市といえば、北米西海岸のポートランドだろう。私も10月に行ってきたが、「イートローカル」「サスティナブル」「クラフトマンシップ」「ネイバーフッドコミュニティ」といった時代が求めているキーワードの缶詰にような都市だった。とりたてて美食を追求する店は多くないが、クラフトビール、クラフトコーヒー、クラフトワイン、オーガニックを日常的に当たり前に取り入れたコンセプトが主流。すべての店、料理につくった人の固有名詞がある。自前でできないものは自然とコラボが生まれ、シェアされる。こうした価値感は日本の若手経営者たちにもじわじわと浸透している。「何のために飲食店をやるのか」「誰のために料理をつくるのか」といった本質的な問いがいま、一人ひとりの飲食店経営者に突き付けられているといっていいだろう。来年の業態トレンドとしては、「肉業態、魚業態の多様化」がますます進む。価値感を打ち出した「ネオ居酒屋」「ネオ大衆酒場」もどんどん増える。パクチー、スパイス、ハーブ、餃子といったアイテムを取り込んだ「ネオエスニック」も新たな拡大基調に入った。日本酒、クラフトビール、日本ワイン、さらに国産の果物、野菜をつかったドリンクで差別化する店も増える。オーガニック野菜の見直し、発酵食材の見直しなどの「ナチュラル回帰」も広がる。地方活性化業態、六次化推進業態も地方創生の波に乗って継続発展する。これらのすべての業態に共通するテーマ、それは「イートグッド」だ。2016年は何度も繰り返すが、「イートグッド元年」となるだろう。店づくり、メニューづくりの発想の原点に「イートグッド」を置いて考える。それが基本となる年だと思う。
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関連リンク | 2015年下半期の飲食マーケット注目点は?(前編) |
関連リンク | 2015年に注目されるトレンドと経営者のあり方 |