コラム

「酒場」マーケットの復権が始まった!

大衆酒場マーケットの拡大が止まらない。流行りに乗るのではなく、独自のマーケティング力と業態開発力で、現代風の大衆酒場(ネオ大衆酒場)をオープンさせる新鋭経営者が増えている。大衆酒場を知り尽くした、あるいは熱心に研修しているデザイナーとオーナーがタッグを組んでつくりあげた「現代の古典酒場」に注目したい。

PROFILE

佐藤こうぞう

佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。


蒲田駅西口。ドンキホーテの裏、下町の風情を残す通りにプロダクトオブタイムグループ(千倫義社長)の大衆酒場「BEETLE(ビートル)」がオープンした。ガラリの引き戸に白のノレンが下がるファサードの向こうはコの字カウンター。手前には大鍋が置かれ、大衆酒場のシズル感を高める。壁にはメニューの短冊が下がり、設置されたテレビから常時、映像が流れている。ドリンクでは人気の酎ハイに、中サイズのみならず大サイズの生ビール、そして「本日のクラフトビール」もある。平日は16:00~25:00と夕方早くから、週末祝日は14:00開店で昼酒が飲める。料理ではおでん、冷や奴などの定番に加え、パクチーボンバーや、白(胡麻ベース)、赤(辛み)、黒(カレー)と煮込み3種類が新定番料理。大衆酒場らしからぬ「活車海老」もあるほか、謳ってはいないが料理は基本店内仕込み、化学調味料は極力使わない主義だ。ドリンクでは胡椒、生姜テイストのハイボールといった新しい時代感やオリジナル感を意識した面も見せるが、昔ながらの庶民の酒場、大衆酒場らしさを再現する。

クラフトビール、ビストロ業態のイメージが大きい同社であるが、すでに横浜市鶴見に“お値段以上の大衆酒場”を標榜する「大鶴見食堂」があり、大衆酒場業態は2店舗目となる。渋谷マークシティの奥の隠れ家にひっそりと縄ノレンが下がるコジマ笑店の新店、大衆酒場「酒呑気 まるこ」。ここは明確に老舗大衆酒場をオマージュしている。器に盛った惣菜を並べた冷蔵のショウーケースは、門前仲町にある老舗大衆酒場「魚三酒場」の新鮮な刺身や小鉢並べる、大きく構えた冷蔵ショーケースを彷彿とさせる。独創的な店造りで注目の夢屋が神楽坂にオープンさせた「酒と壽」もまた、古典的形態の酒場を原点に細部までのこだわりを見せる。出汁を使い分ける魚料理を日本酒で楽しむ同店は、古民家環境もあり、新店ながらすでに老舗大衆酒場の体である。ここ最近、飲食マーケットのなかで期待の次世代経営者が、仕掛けるのが大衆酒場。情報化の時代、トレンド性が重視される一方で、時代を超えてなお変わらず庶民に愛されるのが大衆酒場だ。なかでも老舗と呼ばれる大衆酒場を継続する力から見えてくるのは、飲食文化の原点である。改めてそうした古典酒場を歩いてみた。

100年以上の歴史をもつ「魚三酒場」は、新鮮でボリュームもたっぷりな魚料理が安く美味しいと評判で、オープン16時前から今も行列が出来ることで有名。1~4階の店内は常に満席の人気店だ。もと魚屋であったが、戦後に大衆酒場に業態変更し、安く、旨く、早い、そのスタンスは今も変わらない。大きなコの字カウンター2つに、壁際のカウンターの1階。隙間もないような空間のなかで、コの字カウンターの中を行き来する往年の看板娘さんが客を仕切る様は名物だ。壁一面にびっしりと並ぶ豊富な数のメニューの短冊のなかで目を引く、煮こごり、あら煮、あら汁などの手作りの料理はどれもシンプルに素材を引き立てる。4合徳利の日本酒、大ジョッキビールとお酒のサイズもダイナミックで、店も客もパワーに溢れている。もんじゃで有名な月島もんじゃストリートのなかで、藍色に白く酒と屋号を染め抜いた大きなノレンが目を引くのが、戦前から100年以上の歴史を持つという東京、三大煮込みの名店「岸田屋」。時代を実感するコの字カウンターと片側の壁際のカウンターだけのわずか26席店は、ラストオーダー21:30と早い仕舞いとあり、名物の牛煮込み500円、肉どうふ680円を求め、17:00開店前の16:30には多くの人が並ぶ。味を守り、シンプルに料理と酒を売る女将やスタッフに、名店の奢りはなく、笑顔と真摯な姿もまた、常連客を生むのだろう。

近代化がすすむ八重洲の一角、昭和13年創業の「ふくべ」の目印は縄ノレン。全国各地、約40種類前後の銘柄の日本酒と菊正宗樽酒を昔ながら酒燗器で丁寧にお酒を温めるお燗番の大将がいる、わずか10席にも満たないカウンター席が人気の酒場だ。奥にはテーブル席もあり、燗酒に〆鯖、たたみ鰯などの昔ながらのアテで楽しむ大衆酒場である。60年以上の歴史を持つ朝から飲める店としても人気の赤羽一番街の「赤羽まるます家」もまた老舗大衆酒場だ。昭和25年開業以来、朝9:00の開店から2つの大きなコの字カウンターは賑わいを見せる。大衆酒場定番の料理からいまも変わらずに鯉とうなぎ料理を看板にしている。いま、50年、100年続くロングセラー商品、中でも日常的に継続させる企業力が注目されているなか、まさに古典、老舗大衆酒場に見るのはその力だ。こうした「魚三酒場」を始めとした老舗大衆酒場のエッセンスを忠実に店づくりのディテールに落とし込んでいるのが、ネオ大衆酒場の仕掛人たちだ。

渋谷の「酒呑気 まるこ」、蒲田の「BEETLE」は、ネオ過ぎず、コの字型カウンターはもちろん、壁一面のメニューの短冊、現代風にアレンジはしているが、定番料理、ドリンクもベースは老舗大衆酒場のそれを下敷きにしている。内装デザインも、ネオ過ぎない“寸止め感”が飽きさせない、通いたくなる空気感をしっかりと醸し出している。「まるこ」のデザイナーはスタジオムーンの乙部氏、「BEETLE」は矢野氏と、飲食業界では知る人ぞ知るデザイナーたち。「大衆酒場のヒット仕掛け人」と言ってもよいだろう。「ネオ大衆酒場」を一過性のブームにしない、老舗大衆酒場のように50年、100年続く業態に仕立て上げる、そんな意気込みを感じるデザイン力にも注目したい。「BEETLE」のオーナーの千さんによると、大衆酒場を多く手がけてきた矢野さんが語るのは「酒場軸」ということ。いま、まさに「酒場」という軸で飲食マーケットを捉え直し、新しい感覚とコンセプト、メニューのあり方(とくにドリンク)を再構築することが求められているのだ。「酒場」マーケットの“復権”が始まったといえよう。

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