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インタビュー

ネオ大衆酒場トレンドの立役者 プロダクトオブタイム代表・千 倫義氏が語る「大衆酒場ビートル」誕生秘話&これからの展望

都内を中心に全国で幅広いジャンル・業態の飲食店を経営するプロダクトオブタイム(東京都品川区)。同社を率いるのが、千 倫義氏だ。代表的業態「大衆酒場ビートル」は、昨今のトレンドとなっている“ネオ大衆酒場”の原型となり、2018年には、その年に外食業界で活躍した人に贈られる「外食アワード」で“ネオ大衆酒場”の立役者として千氏が受賞。フードスタジアムでは、千氏のこれまでのキャリアや“ネオ大衆酒場”誕生秘話、そしてこれからの展望についてインタビューを行った。



■大衆酒場ビートル
2015年蒲田に開業し、以後、五反田、原宿、浦和、浦安、仙台、田町にも出店。古典的な大衆酒場に現代的なエッセンスを加えた新しい酒場のスタイル「ネオ大衆酒場」の先駆け的存在をして、注目を集める人気店。

■プロダクトオブタイム
都内と東北で幅広いジャンル・業態の飲食店を経営する飲食企業。「大衆酒場ビートル」「うお宿」の大衆酒場業態や、クラフトビール、フレンチビストロ、スパニッシュレストランなど直営17業態、「牛角」「串カツ田中」のFC5店舗の合計22店舗を展開。2001年8月創業。
https://productoftime.co.jp/

始まりは「牛角」のFC経営から

▲2018年外食アワード表彰式の様子

―改めて、千さんの現在に至るまでを教えてください。

高校・大学とアメリカで過ごしました。兄が同じようにアメリカに留学していて、その影響で。アメリカの学校を卒業して帰国した後は、父の家業を手伝いました。でも、そのうち「自分で何か別のこともやってみたい!」という気持ちが湧いてきた。どこかに就職しようかとも考えましたが、サラリーマンをしている同級生を見ると、みんな楽しそうに仕事していない……。当時24~25歳で、就職した同級生たちは仕事にも慣れて愚痴も出てくるという時期だった。僕から見て、ワクワクしながら仕事をしている人、自分の本当にやりたいことをしている人がいなかった。8年間、アメリカにいたこともあって、そういう生き方に違和感を持ち、自分には向いていないな、と思いました。人生の大半は仕事に費やすことになる。ならば楽しく働きたい。そこで、私は「楽しく働く」を実現するためには、自分で何か事業を始めることにしました。

―それで飲食業で起業しようと?

いえ、この時点ではまだ飲食とは決めていなくて、いろんな業種の事業を検討しました。父がTSUTAYAのFCをやっていたのでそれも考えたり……。そんな中、レインズインターナショナルの焼肉業態「牛角」と出合ったんです。「牛角」は焼肉業界にイノベーションを起こしました。当時、焼肉といえば大人が楽しむような高級グルメで、20代の若い人が気軽に楽しむようなものではなかった。それを「牛角」は変えた。客単価3000円程度で若い人たちがカジュアルに焼肉を楽しむ。なんて革新的なビジネスモデルなんだ、と感動しましたし、そんな店でなら楽しく働けると思った。そのころ「牛角」はまだ100店舗くらいの頃。「これはいける!」と思いました。

そういうわけで、2000年、戸越銀座で「牛角」のFCを始めました。18坪ほど、当時の「牛角」で一番小さい店舗だったそうです。これがなんと、オープン初日から2時間のウェイティングが出るほどの大盛況。続いて2000年5月には高田馬場に「牛角」の2店舗目を出店。どちらも売上は順調に推移し、好調なスタートを切りました。

「まぐれ」から入った飲食業界

―飲食業界未経験から、いきなり好調なスタートダッシュでしたね。

それはもう「牛角」の業態の力に限る。完全に運がよかった(笑)。今、当社が新店を出したって軌道に乗るまで半年から1年はかかる。それを「牛角」はオープン初日から爆発。今、考えても、あのときは100%、業態の力。知識や経験のない20代の若造が、いきなり2つの繁盛店を作ることができたのは貴重な経験でした。僕はそういう「まぐれ」から飲食業界に入ったんです。ですので、そんな「牛角」という業態を作った創業者の西山知義さんのにはとても感謝しています。

そのあとはアークランドサービスのとんかつ業態「かつや」のFCを出店。その後、4店舗目にはFCで居酒屋の「がぜん」を、5店舗目にまた「牛角」のFCを出店しました。「がぜん」は料理人が必要な業態。ソース、調味料まですべて手作りしていたので、ここで料理について多くを学びました。

こうして様々なFCでノウハウを吸収しつつ、生意気ながらも「僕ならこうする」ということが浮かんでくるようになった。それに、そもそも利益率の低い外食産業においてフランチャイジーの利益率はそこからさらに低いものになるので、企業としての利益率の改善もしたかった。FCはメニュー、オペレーションすべて供給してもらえますが、それよりも自分の意思判断が業績に影響することがしたいと思った。一番大切なのは、自分がワクワクできること、楽しく働くこと。それは今でも変わらない。それで、オリジナル業態を始めようと模索を始めました。

そうして2007年3月、念願の直営店としてオープンしたのが、渋谷道玄坂のベルギービール業態「Hemel(ヘイメル)」です。僕はベルギービールが好きでよく飲んでいた。ベルギービールはクオリティが高く、1杯3000円近くするものもある。ただ、日本ではビールは“手頃な値段で楽しむ日常的に飲むお酒”という認識が強い。例えば、ちょっといいワインを飲むときは、成城石井で気の利いたチーズなんかを買ってきて飲もうと思うけど、ビールならコンビニで買った枝豆やポテトチップスでいいや、ってなりませんか?(笑)そうではなく、せっかくのおいしいベルギービールも、ワインのようにきちんとおいしい料理とともに楽しんでほしい、そんな思いから開業しました。その後、2011年7月に道玄坂とは駅を挟んで反対側の渋谷宮益坂に「WINE & Belgian Beer Hemel ミヤマス」も出店しました。

その後、「がぜん」のFCをやっていた場所で、2013年2月に「お値段以上の大衆酒場 大鶴見食堂」を開業しました。これが最初の大衆酒場業態で、その後の2015年11月に開業した「大衆酒場ビートル」の原型になっています。

大衆酒場はお客と店が“対等”になる場所

―「大鶴見食堂」を開業したきっかけは?
「がぜん」を運営するうち、時代が流れたことによりトレンドが移り変わっていった。そろそろ別の業態をやろうと考えたのです。FCでは焼肉やとんかつ、直営ではベルギービールやビストロを展開し、次は大衆酒場というと、一見、業態のジャンルに統一感がないように感じますが、当社はジャンルではなく単価のバランスを見て、重ならないよう展開を考えています。単価で見た際、バランス型の業態ポートフォリオを描きたかったんです。「Hemel」が単価4000円、「WINE & Belgian Beer Hemel ミヤマス」が5000円、「牛角」が3300円、それよりも、もっと低い単価の業態がほしかった。そこで考えたのが、単価2500円の大衆酒場か、大衆ビストロ業態。しかし今後は洋食やビストロ業態が増えるだろうと予想した。ちょうど当時の僕らの年代の人って洋食をやりたがる傾向があったんですよ。それなら、ライバルの少ない大衆酒場にしようと決めました。

昔からある老舗と言われる大衆酒場を何軒もリサーチする中で、大衆酒場というものにどんどん惹かれていきました。僕は大衆酒場とは「お客と店が対等になる場所」だと思うんです。

飲食店は高い店ほどお客と店が対等になる。たとえば2万円のレストランに行くと、スタッフに対して横暴なお客様ってあまり見ませんよね。お互いにリスペクトし合い、お客とゲストが対等な立場でコミュニケーションする。逆に安いお店の方が、お客様至上主義。スタッフよりもお客様の方が、立場が強くなる傾向にある。

でも、大衆酒場は違う。大衆酒場は決して単価で言えば高くありませんが、お客様と店が対等。大衆酒場のちゃきちゃきした女将に、お客様が言いなりになっていることってよくありますよね(笑)。でもそんなところが心地よい。

大衆酒場では、どんな人でも“同じ”になれるのがいい。エリートサラリーマンから、ブルーカラーの人までぎゅうぎゅうに隣り合ってお酒を飲む。皆がイコールになる。そんなところに惹かれました。さらに当時は「サードプレイス」という言葉が浸透し始めた頃。家でも職場でもない、第3の場所が求められた。僕は大衆酒場こそサードプレイスだと思った。大人のサードプレイス。

そんなこんなで、「大鶴見食堂」の作り込みにはかなり時間をかけました。「大鶴見食堂」や「大衆酒場ビートル」では、メディアでは取り上げられないような、昔からひっそりとやっている古典酒場を参考にしました。時代のトレンドや、飲食の「かくあるべし」みたいなセオリーは無視した。「大衆酒場ビートル」では、そんな古典酒場に、女性や家族連れでも入りやすい、清潔感、手作りの料理、できるだけ無化調にこだわる……など、僕ら団塊ジュニアの価値観を入れていきました。

▲2018年11月、田町に開業したビートルの最新店舗「酒場BEETLE」。55坪の大箱店舗

大衆酒場をビジネスとして成功させる難しさ

―大衆酒場業態を展開するコツはありますか?
僕らもまだ展開と言えるほどお店を出していないのでなんとも言えませんが、僕が大衆酒場で気を付けているのは、効率を考える部分とそうでない部分の線引きだと思う。もちろんビジネスなので、業務効率を改善するのは当然。でも、大衆酒場では手抜きしないでこだわるべきところもある。大手チェーンができないような細かい仕込みに注力して差別化したり。ひとつひとつの作業に○×を付けていく。具体的には秘密ですが(笑)。

▲「大衆酒場ビートル」名物の「肉豆腐」。毎日、店舗で丁寧に手作りしている

ちなみに「大衆酒場ビートル」は仕込み量がとっても多いんですよ!あれを毎日こなしているスタッフ達には本当に頭が上がらないです。おでんの出汁だって化学調味料は使わず出汁を取っている。古典の大衆酒場が成り立っているのは、家業としてやっている店だからではないでしょうか。企業ほど採算を重視しない。だから仕込みにも時間をかけて、おいしいものを手頃な価格で出している。それをもっと大きなビジネスとして成立させようとすると、なかなか難しい。僕らもかなり試行錯誤しました。

―これからネオ大衆酒場をやりたいという人にアドバイスはありますか?
流行りだからやめた方がいいよ、本当にそう思う(笑)。流行っているように見えるものって、華やかで上手くいくように見えるけど、先ほど言ったように仕込みだってものすごく大変。大衆酒場をビジネスとしてどう成功させるか、中途半端な気持ちでは難しい。

あとは、現在、当社では「牛角」に加え「串カツ田中」のFCもやっています。僕にとってのネオ大衆酒場の代表選手は、「串カツ田中」社長の貫 啓二さん。関西ではなく、串カツ文化の薄い関東で、家族連れが串カツにハイボールを楽しむというシーンを作り出した。ああいう新定番を作ったリーダーの意見は大切にしていますね。

「楽しく働く」と会社の中期目標のバランスを見極める

▲2018年3月、日比谷ミッドタウン内に出店した「Lubina」。ディナー単価8000円のスパニッシュレストランで、手作りにこだわった一杯1500〜2500円のクラフトカクテルも自慢

―プロダクトオブタイムの会社として今後の方針は?
「大衆酒場ビートル」以外にも、クラフトビールビストロ「CRAFTSMAN」、大衆酒場「うお宿」、スパニッシュレストラン「Lubina(ルビーナ)」などを出店し、現在はFC含め22店舗を運営。仙台や福島などの東北地方にも進出しています。

うちはこれまで、会社として出店数目標をあえて設定してきませんでした。出店目標を決めると、目標達成のための出店をすることになる。しかも店を出すことは難しいことでもなんでもない。でもそこには「自分たちらしく働く」というモットーに適うのか?という疑問がある。長く続く業態をやりたい。当社の高田馬場の「牛角」は20年以上続いていますしね。

今、若い社員も入ってくるようになり、会社を良くしたいという思いもあります。海外も視野に入れている。例えば「3年以内に20店舗出店します!」と宣言すると入ってくるスタッフのモチベーションが明らかに変わってくる。そこは今、僕の中でちょうどよいバランスを見極めているところ。基本は「楽しく働く」だけど、そこと矛盾せずに会社の中期目標を設定することの必要性を今まで以上に感じています。

気仙沼のクラフトビールのブルワリー計画や海外進出も視野に

―今後の展開を教えてください。
まず今年の春に蒲田に「大衆酒場ビートル」を出店します。蒲田と言えば「大衆酒場ビートル」創業の地ですが、1号店がある西口とは逆側、東口に出店します。海外進出については、2年以内にヨーロッパでできれば。

▲2月、仙台で行われた「BLACK TIDE BREWING」事業説明会にて

―気仙沼でクラフトビールのブルワリーも始めるそうですね。
はい、宮城県気仙沼市の内湾エリアに2019年10月、クラフトビールブブランド「BLACK TIDE BREWING」を立ち上げます。気仙沼地域開発(株)をはじめとする関係各社とともに協働し、商業ゾーンとして再開発する一角にブルワリーと、レストランをオープンする予定です。気仙沼にクラフトビールという新しい産業を創り出し、地域を盛り上げる一端になれればと思います。醸造担当はワトニー・ジェイムス。彼はポートランドで醸造の仕事をしていますが、この度、13年務めた会社を辞めて家族とともに気仙沼に移住し、「BLACK TIDE BREWING」のヘッドブルワーとして活躍します。ビールの醸造計画含め、これからもワクワクできることに挑戦し、楽しく働くことを大切にしていきたいと思います!

―これからの展開にも期待しています。本日はありがとうございました!

(取材=大関 まなみ)

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