「フードスタジアム」で
清宮に直撃インタビュー
清宮――シンガポールは多民族、多宗教、多文化国家。女性の社会進出も進み、自炊は少なく外食が盛んで1日3食ホーカーズやフードコートで食事をすませる方々も多くいます。料理も多種多様――外食事業を尊重する風土があり、当社の会長の河原もグローバル本社を置くのに最適だと判断しました。現在までに9店舗展開していますが、各店舗とも形態などが異なります。というのも各店舗のブランディング、人材育成、現地化・ローカル化など、ビジネスモデル確立の作業を行なっているからです。例えば、「KURO-OBI」ですが、アジア1号店としてここで徹底的にブラッシュアップし、イスラム諸国への展開も考えるつもりです。
シンガポールのグローバル本社ではスープ・製麺工場を保有、卸売するなど外販もしています。また、今年海外13ヵ国地域となるミャンマー・ヤンゴンの大型商業施設に「IPPUDO」の1号店を開店しましたが、グローバル本社でシンガポール系企業とライセンス契約を結んでスタートした事業でした。シンガポールに進出してから8年目、シンガポールは今年10店舗目を出店する予定です。営業利益は日本より高く、7~8%あります。
ただし、シンガポールのラーメン業界はもはや飽和状態にあります。店舗数で200店舖近くあり、ほとんどが日系の外食企業の店舗ですが、生き残り競争が激化するなかで今後体力のない企業から撤退が続くだろうと見ています。
清宮――はい。2012年に進出したオーストラリアが善戦しています。シドニーのショッピングセンターのウエストフィールドに1億円以上投資、世界で一番きれいだといわれる「IPPUDO」1号店を作りました。85坪90席。
「飲んで、つまんで、麵でしめる」という酒類と一品料理を楽しめるラーメンダイニング業態です。オーストラリアは麵・スープ工場も立ち上げ重装備でスタートしましたが、食材も人件費も非常に高く、当初は赤字だらけでどうなるかと思っていました。けれどもスタッフが頑張って、客単価2000円強で月商4000~5000万円も売上げるようになりました。その結果シドニーで合計4店舗展開することができました。2016年度では4店舗で1億円程度収益が上がり、数千万円かかる工場の運営費を出しても、まだ利益が残ります。それを再投資してさらに2~3店舗展開する方針です。そうなれば日系の外食企業としてオーストラリアで成果を上げている、トップバッターになれるのではないでしょうか。また、この勢いで隣のニュージーランドにも進出する考えです。
清宮――ええ。海外の出店では予想外のことが起こります。実はフランス・パリの出店計画は今から5年ほど前のことでした。IPPUDO 1号店のルーブル店と2号店のサンジェルマン店の物件を押さえ、出店の準備を始めました。ルーブル店は1階が商業施設、2~3階は住民が住んでいます。ただ建物は文化財扱いにも近く行政当局から許可を得て進めたのですが、厨房からの排気設備の位置などに対し、住民が反発、トラブルに発展しました。結局、その問題が解決するまでに1年半から2年近くもかかり、ルーブル店の開店は遅れに遅れました。そのため2号店に予定していたサンジェルマン店の方が一足先の2016年2月に開店したのです。そして、フランスの旗艦店となるルーブル店(1号店)は4ヵ月遅れて2016年6月に開店しました。68席(テラス席含む)。一品料理やビール、日本酒、ワインなどで会話を楽しみラーメンでしめくくるというラーメンダイニングスタイルです。幸運だったのは開店後は2店舗とも繁盛し、今は3号店の準備中です。
一方、ロンドンの出店はパリより後の予定でしたが、パリの出店が遅れに遅れたため、ロンドンの開店の方が早まりました。ロンドンでは「IPPUDO」1号店と麵・スープ工場の操業を同時に進めました。投資額は2億円以上。「IPPUDO」1号店は2014年10月、トッテナム・コート・ロード駅近くのセントラル・セント・ジャイルズ店がオープン。2015年7月にはロンドン2号店、ウォーターフロントのカナリー・ワーフ店が開店した。どちらもニューヨークスタイルのラーメンダイニング業態で、開店後は2店舗とも繁盛、現在は3号店の準備をしているところです。パリもロンドンも今期は単年度黒字になる見込みで、今後の展開が楽しみになってきました。
清宮――はい。現在独資で展開しているのがニューヨーク、シンガポール、オーストラリア、イギリスフランス。JVで展開しているのがアメリカ西海岸ですね。後の台湾、タイ、フィリピンはライセンス契約で進めています。
また、2017年6月に発表しましたが、9月に中国、香港、マレーシアはライセンス化し、インドネシアは直営化して店舗展開を加速する方針です。現在海外の店舗数が約65店舗。今後海外には「IPPUDO」や「KURO-OBI」を年間20店舗程度出店していく計画です。経営の規模感から言うと、海外ももう2~3年で100店舗を超えてくれば、経営的にも基盤ができ、安定して来るのではないかと思います。それまでに現時点で海外事業は外科手術や内科的処方を用いて、一度整理整頓する必要があると思います。
清宮――わが社は「一風堂」の展開にとどまらず、広く日本食を国内外に普及させる方針で、食材の生産をはじめ商品開発・製造・流通・販売、人材教育などを一貫して手掛ける事業モデルを志向しています。飲食店舗の運営だけでなく農業法人による農作物の生産・研修施設「くしふるの大地」の開設、一方では小学校で子供たちとラーメンづくりを行なう体験教室「一風堂 workshop」の実施、粉を使った常設体験施設[チャイルドキッチン]の設立、食育活動など、ローカル(地域)と一体となった取り組みを行なっています。
海外展開などグローバル化を進めるうえで最も大切なのは、国内事業で安定的に儲けるシステムを作ることです。そのためには国内事業を支えるローカル事業を強化することが求められます。わが社は「一風堂」の運営形態を多様化するために、2010年6月から暖簾分け制度を導入、2015年に暖簾分け制度を改正して、2016年12月には業務委託型の暖簾分け制度を実施しました。業務委託型の店主は現在15人で25店舗を運営しています。
2025年にはこのような暖簾分けで「100人の店主」を出したいと思っています。日本列島を7~8ブロックに分けて、暖簾分けの店主にブロック長に就いてもらい、小学校でラーメンづくり教室を催すなど、地域コミュニティーを盛んにしていきたいと考えています。時間はかかるでしょうが、「地域=ローカル」に深く根ざしていくことが、「一風堂」が「未来の老舗」になる最大のポイントだと思っています。
清宮――わが社は「一風堂ブランド」を世界に広めることが生命線ですが、それと同時にサイドメニューの「日本食」も世界に広めていきたいと思っています。今後、日本食で挑戦しなければならないのは寿司、串揚げ、日本茶(抹茶)、トンカツなどだとは思っています。寿司はロール寿司の進化系を試していて、オーストラリアでは非常に人気が高くなっています。
清宮――はい。当社は創業者の河原が2006年にスタッフ向けの自己啓発書として『一風堂心得帖』を出版しています。その内容と『7つの習慣』のメソッドがリンクしていたのです。河原は「7つの習慣」のベースとなる思想は、「一風堂」が経営理念にしている「変わらないために変わり続ける」に集約されると確信しました。河原は福岡のホテルで開催された「7つの習慣のセミナー」に出席、ジェームズ・スキナー(当時フランクリン・コヴィー・ジャパン社の社長)の講演を拝聴、「パラダイムシフト」が必要だと判断しました。
そこで世界標準の「7つの習慣」と一風堂の人材育成の成功事例を統合したプログラム
の単行本『「7つの習慣Ⓡ」と「一風堂」』(PHP研究所刊)を、河原成美著、フランクリン・コヴィー・ジャパン社の監修で2016年6月に出版しました。同書の基本思想は「人は誰しも人生の主人公である」ということです。この出版を契機に当社の子会社の力の源パートナーズは教育事業に参入しました。「7つの習慣」を飲食業界向けにカスタマイズし、研修プログラムを提供することにしたのです。
「7つの習慣」は当社のように世界各国の従業員を研修、教育するのに最適なツールです。当社では全社員がファシリテーターの資格を取得し、指導できるような体制にしていく考えです。
(文中敬称略)
外食ジャーナリスト
中村芳平