今回の出版のきっかけを教えてください。
これから飲食店を開業しようという人も、すでに多店舗経営をしているオーナーも、皆さん「この業界で成功するぞ」という意気込みで開業されると思うんですが、毎年、潰れたり、撤退を余儀なくされたりしているお店がたくさんあることも、残念ながら事実です。ある会社のデータでは、10年後まで生き残れる飲食店は全体のわずか1割とありました。“食べる”ことが生活に身近なものであるだけに、飲食店経営もなんとなく簡単にできると思われがちですが、実際はそれほど単純ではないですよね。
飲食業界に携わっていると、いろいろな失敗談も耳に入ってきます。夢をもって始めた仕事で失敗してほしくない。そんな思いから、飲食店経営に成功するためのノウハウをお伝えしたくて、本を出そうと思ったんです。
成功のカギとなるのが、本の副題にある“お金の壁”ですね?
そうですね。飲食店に限ったことではありませんが、経営には「ヒト・モノ・カネ」の3つの要素がありますよね。私は、飲食店経営で特に大切なのが「カネ」だと思っています。本書の中は店舗経営を車のドライブに例えて説明しているんですが、「ヒト」は会社という“車”に一緒に車に乗る人。「モノ」は“車”に積んでいく荷物。そして、「カネ」は“車”を動かすためのガソリンになります。目的地に向かう途中、人や荷物が乗り降りしてもドライブは続けられますが、ガソリンが切れたら車は先に進めません。つまり、ガス欠にならない=「カネ」が切れないことが経営には必須なんです。
そして、飲食店経営を進める上で「カネ」の“壁”は、いろんなところで現れてきます。「売上は上がっているのに、なぜか儲からない」「いつも手元の現金が足りなくなる」「銀行の融資が受けられない」など、今まさに“壁”に直面している方もいらっしゃるかもしれません。飲食店経営を成功させるには、こうした“壁”をじょうずに乗り越えていくことが大切なんです。
では、どうすれば“壁”を乗り越えられるのでしょう?
とにかく「カネ」とちゃんと向き合うことです。私は仕事柄、これまでにたくさんの飲食店オーナーを見てきました。そこで感じるのは、「カネ」の大切さに気づかず、ほったらかしにしている人がとても多いことです。“壁”に直面していることに気づかずに、そのまま進もうとするオーナーがいかに多いことか。危険だなと感じます。
飲食店業界で成功している人たちは皆、「カネ」に対する考え方がしっかりしています。一生懸命勉強して「カネ」の基盤をきちんと固めているからこそ、途中でガス欠になることなく、会社経営というドライブが楽しめるのです。
これまで無頓着だった人も、今後しっかり向き合っていけば、成功する可能性は大いにあります。しかも、こうした考え方に気づいている人はまだまだ少ないですから、気づいた今が最大のチャンスと言えるかもしれませんね。
著書の中で、1店舗から多店舗経営まで段階を分けて“壁”が登場します。
店舗数に応じて“壁”にも違いがあるのですか?
飲食店で働きながら「いつか自分のお店を出したい」と考えている人には、ごく初歩的な「カネ」の“壁”を、5店舗、10店舗と店舗数を増やしていきたいというオーナーには、少し上級者向けの“壁”をケーススタディとしてご紹介しています。
どの段階でも「カネ」はとても重要ですが、経営の規模が大きくなれば、自然と扱う金額も大きくなりますし、資金調達を考える機会も増えてきますよね。銀行から融資を受けるなら、できるだけ有利な条件で借りられるほうがいいわけですが、そこにはまた、さまざまな“壁”があるわけです。
たとえば、銀行はどのようにして皆さんへの融資の審査を行っているかご存知ですか? 表には出ませんが、どの銀行にも判定の目安となるランキングシステムがあるんです。一般的に「格付け」と呼ばれるもので、決算書の内容などによって1から12までのランクに振り分けられていきます。ランクが上がるほど借り入れの条件がよくなりますが、「カネ」に無頓着ではこのランクを上げることはできません。
お店の資金管理や、決算書の内容、銀行との関係づくりなど、いろいろなところに目を配り、経営者としての力に磨きをかけていく必要があるんです。
本書でもご紹介していますが、当社にご相談いただいたオーナー様でも、融資申請の前に「格付け」シミュレーションを行い、決算書を見直すことで実際の「格付け」のランクが上がり、無事に銀行のプロパー融資が受けられたというケースがありました。
自分のお店がどのランクなのか、「格付け」がわかるのはいいですね。
ところが、金融機関の「格付け」の内容は、どこも非公開です。融資の審査が通らなければ、「残念ですが……」とお断りされるだけで、「あなたの会社の格付けはこうだから、融資ができません」などと教えてくれるわけではありません。
そこで、申請前に「格付け」をシミュレーションすることが役に立つわけです。シミュレーションで自分のお店や会社の現状を知ることで、決算書の改善すべき点も見えてきます。
「判定基準が非公開なのに、なぜシミュレーションができるの?」と思う人もいるかもしれませんが、それは私の経歴に関係しています。
私は大学を卒業して監査法人に入社し、銀行の会計監査を5年間担当してきました。少し前になりますが「半沢直樹」というテレビドラマが人気になりましたよね? ドラマの中でも金融庁が銀行に検査に入るシーンがありましたが、私も銀行の中枢部を相手に、その決算が適正かどうかをチェックする仕事をしていたんです。つまり、銀行が皆さんの会社をどう評価して、どういうルールに基づいて融資を行っているのかを、仕事を通して見てきたわけです。
こうした経験が「格付け」のシミュレーションにも生きていますし、「格付け」だけでなく、「銀行のしくみ」や「銀行との付き合い方」も、人より理解している自負があります。
本書の中にも銀行にまつわるアドバイスをいろいろお伝えしています。融資を検討されている飲食店オーナーには、申請の前にチェックしていただくといいと思います。
廣瀬さんならではのアドバイスが、本にもたくさん盛り込まれていますね。
“私ならでは”という意味では、私自身が飲食店の経営を経験していることもポイントだと思います。半年ほどの短い期間でしたが、大阪でお好み焼き店のオーナーをしていたんです。これは経営者の皆さんの気持ちを実感するいい経験になりました。
銀行というお金を“貸す”側の事情と、飲食店経営者というお金を“借りる”側の事情。私は自分のことを、その両方がわかる「税務・財務の専門家」だと思っています。こうした立場で「カネ」を語れる人は、日本全国探してもほとんどいません。コンサルタントとしての私の強みだと思います。
「カネ」の基盤を固めるには、銀行との関係も大切です。
自分のお店や会社を大きくしていきたいと思う人ほど、銀行との関係は重要だと思います。銀行の担当者から、「この人になら、お金を貸してもいい」と思われる存在になるには、先ほども言ったように、経営者としての力を磨いていかなくてはいけません。
私は、これを経営者の「地力(じりき)」と呼んでいます。「カネ」の基盤をしっかりと固め、「ヒト」や「モノ」になにかあっても倒れない体質のお店、会社をめざし、日々の経営に当たっていただきたいですね。
多店舗展開や上場を目指す方に、是非読んでいただきたいです。本書の内容が、地力をつける一助になることを願っています。
廣瀬好伸氏プロフィール
株式会社ビーワンフード代表取締役 公認会計士・税理士
兵庫県姫路市生まれ。京都大学在学中に公認会計士試験に合格。卒業後あずさ監査法人に入社し、主に銀行の監査に従事。その後起業し、飲食業に特化した「お金の専門家」として飲食店の成長をお金の面から支える株式会社ビーワンフードとベンチャー企業・中小企業の成長を財務面から支える「財務に強い」税理士法人ミライト・パートナーズを経営。飲食店経営者・店長向けの「資金調達力アップ」「銀行融資のルール」「店長の数字力アップ」などのセミナー・研修を数多く実施。わかりやすい解説に定評がある。2015年11月に、『1店舗から多店舗展開 飲食店経営成功バイブル 23の失敗事例から学ぶ「お金」の壁の乗り越え方』(合同フォレスト)を上梓。