この店を見たら誰も売上不振の原因を“立地のせい”などにできやしない。そんな“超”路地裏と言ってもよい悪立地にありながら、16坪・54席で月商1000万円を売上げる繁盛店が「横浜漁酒場 ○う商店」。同店が80m“手前”に将来のドミナント展開の布石として「横浜漁酒場 ○う商店 別館」をオープンした。こちらも21坪・40席の規模ながら、損益分岐点450万円で月商720万円を売上げる。メニュー構成は両店ともほぼ共通で、中でも「○う商店」を繁盛店に押し上げた驚異の看板メニューが「当店自慢!どっさり盛」(2079円)だ。この商品、木の質感の生きた高さ5cmの器に約10種の刺身をぎっしり盛ったごちそう感あふれる一品で、注文率100%という不動の人気を誇る。刺身の“華”でもある姿盛りを3種も盛るのが特徴で、例えば、イサキやヘダイ、そしてカンパチの子供のショッコを盛り込む。そのまわりにはサワラの子供のサゴチや、中トロ、メバチ、カマス、カンパチ、タチウオ、ニベ、生シラスといった魚を隙間もなく盛りつける。その内容はまさに圧巻で、卓上に運ばれるやいなや客席は大盛り上がり。これだけの内容のものがわずか2000円程度で楽しめるわけだから、同商品を目指して客が辺鄙な場所にわざわざ足を運ぶのも納得がいくところ。「圧倒的な商品力の看板商品があれば、立地のよしあしは関係ない」という商売の大原則を示すような好事例店である。
まず、「○う商店」のある立地を説明しておこう。駅の片側が開けて、もう片側があまり開けてないというケースは、わりとどこの街でもよく見られるもの。神奈川一の乗降客数を誇る横浜駅も、片側は飲食店が密集して一大繁華街を形成するが、反対側は店数も少なく、近年では“裏横浜”とも呼ばれている。ただ、そうした立地でも人通りのある場所に面していれば、客の絶対数が少ない代わりに競合店も少ないというメリットがある。だが、「○う商店」のある立地は人通りのある場所からさらに奥に入り込んだ、どんづまりの場所である。周辺にはビルがあり、そのビルを利用する人以外わざわざ近寄らない“超”路地裏だ。そもそも人の目に触れなければ、客もその店の存在を知りようがない。そのため、開業当初は苦戦を強いられてしまったが、地道に評判を築き上げ、オープン4年が経過した現在は16坪で月商1000万円という驚異的な繁盛店へと成長。損益分岐点も420万円のため、非常に効率のよい経営体質を作り上げている。
「○う商店」のある立地を実際に見て、そしてその家賃を聞き、この場所で出店を決意する飲食店経営者はそういないのではないだろうか? それでも、同店を経営するたのし屋本舗(神奈川県横須賀市)代表取締役の下澤敏也氏にとってこの立地は、自ら“プチメジャーデビュー”と位置づけるほどの好立地であった。つまりそれだけ「○う商店」を開業する前の同社は一筋縄でいかない、ありえない立地で商売を重ねてきたのである。同社の1号店は1997年に横須賀市追浜町に開業した「美味物問屋 うれしたのし屋」で、下澤氏が自宅を手直しして開いた約15坪の店だ。現在50坪・100席に店舗を拡げ、月商1000万円、損益分岐点は480万円。2号店は2005年横浜市綱島に開いた「横浜漁酒場 魚一屋」で、こちらも駅から徒歩15分の工場地帯という辺鄙な場所に開業。その後、駅前に移転し、現在30坪・60席で月商400万円を売上げ、損益分岐点は360万円。こうした過去の出店場所と比較すると、人目につかないどんづまりの場所とはいえ、横浜駅から徒歩5分という立地は、商売的に厳しいローカル立地から“メジャーデビュー”への階段を一段上ったとも取れる。だがそれは、悪立地が“標準”の同社ならではの価値観であり、一般的な飲食店にとってやはりそこは、相当な悪立地であることに変わりない。
1号店開業後、決して順風満帆に現在の状態にたどり着いたわけではない。悪立地ゆえ経営的に追い詰められてしまった下澤氏はある日、地元の神奈川・三浦半島の新鮮な魚に着目し、それを売り物にすることに気づいた。だが、仕入れルートを持たない下澤氏は「一番端っこの漁港に行けば、もっとも鮮度のよい魚を入手できるのでは?」と至極ストレートな思考を巡らせて漁港に足を運び、仕入れにアタック。だが、当然のことながら相手にしてもらえない。それでも、地道に2年ほど通い詰めた結果、ようやく相手から認めてもらえ、親しくなったマグロ屋から使用しない鮮魚の入札権を使わせてもらう形で入札に参加できるようになった。毎日、漁港で入札に参加することで魚の知識を深め、安くておいしい魚をどこよりも仕入れられるようになり、「魚が安くてうまい店」との評判を獲得していったのだ。そして、「日常的に楽しめる豪華な刺身盛り合わせを!」との発想から「当店自慢!どっさり盛」の原型となる商品を開発し、その後の飛躍をものにしていったのである。
“裏横浜”とはいえ、どんづまり立地から人通りのある場所に昇格した今回の開業は、今後のメジャー化をさらに一歩進めるための重要な試金石ともなる。魚が売り物なのはこれまで同様だが、今回新たに以前から要望のあったワインを導入。地元、神奈川にワイナリーがないことから山梨まで足を運び、そこで惚れ込んだワインを売り物に据えた。魚に合うワインとして白ワインのみを提供し、気軽さを打ち出すために一升瓶ワインを採用。湯呑みで供する「サンデーワイン」(525円)とグラスで供する「吟醸 酔仙」(840円)を揃え、ともに客席で一升瓶から直接注ぐ。他にボトルの「甲州勝沼シュールリー」(3129円)を置く。客層はこれまで男性が8割だったのに対し、今度の“別館”は男女比半々に。また、20代半ばから30代半ばのカップルが増えるなど、広がりを見せている。これまで満員で帰していた客の受け皿店として開業したものの、さすがに近距離すぎて食い合いになるのではないかと心配していたが、まったくの杞憂に終わった。逆に“別館”を通してそのどんづまりの奥に店があることを初めて知った客も多く、まだまだ掴み切れていなかった潜在客層を確実に掘り起こしつつある。将来的には“裏横浜”で6店舗まで展開できればと、下澤氏は夢を膨らませる。半端でない悪立地で鍛えられた実力店の“メジャー”への挑戦。「それは決して夢物語などではなく、いつか必ずや実現するであろう」と予感させるだけの現実味を帯びてきている。隠れたローカル実力店の躍進が、いま始まった!
店舗データ
店名 | 横浜漁酒場 ○う商店 別館 |
---|---|
住所 | 神奈川県横浜市西区高島2-10-4 |
アクセス | JR横浜駅から徒歩5分 |
電話 | 045-461-6622 |
営業時間 | 月~土17:00~24:00(L.O.23:00) 日・祝17:00~23:00(L.O.22:00) |
定休日 | 不定休 |
坪数客数 | 21坪・40席 |
客単価 | 3650円 |
運営会社 | 有限会社 たのし屋本舗 |
関連リンク | たのし屋本舗 |