桜の開花にはまだひと足早いものの、春の訪れは確かに感じられる。そんな季節の谷間の3月1日。連日満員の客で賑わう東京・上板橋の繁盛焼とん店「やきとんひなた」が2号店をオープンした。場所は同じ東武東上線沿線の3駅隣にある大山で、これまでの9坪・24席の店舗よりひとまわり大きい14坪・38席での出店である。同店を経営するのはひなた(東京都板橋区)で、代表取締役の辻英充氏が現場に立って店を切り盛りする。今回、大山店に全勢力を注ぐため上板橋の店はいったん休業し、全従業員が大山店に移って全力投球の日々を過ごす。大山店が軌道に乗り次第、上板橋の店も再開の予定である。「ひなた」は、いまや東京を代表する繁盛焼とん店として評判の野方「秋元屋」で研鑽を積んだ辻氏が2010年1月に開いた店。「秋元屋」出身の確かな技術と圧倒的な“暖簾”の強みをフルに発揮し、各駅停車しか止まらない上板橋という“都心のローカル立地”にて月商350万円もの繁盛を実現。二等立地への出店、居抜き店舗の活用などで損益分岐点を150万円に抑え、利益を生み出しやすい無理のない経営体質を作り上げている。 辻氏が数ある焼とん店の中から「秋元屋」を修業先に選んだのは、実際に同店に足を運んでその繁盛ぶりを目の当たりにして大きな衝撃を受けたことによるもの。それまで辻氏は大手外食企業に勤務し、退職して念願の自店を構えたものの店を軌道に乗せることができず、半年と持たずに閉店に追い込まれてしまった。業態はフグを売り物にした居酒屋で、冬の季節メニューを売り物にしながらもまだ残暑厳しい9月に開業したことが裏目に出て、スタートダッシュに失敗。何とかしなければと焦っていろいろ手を加えるうちに軸がぶれてしまい、結局、何が売り物の店なのか分からなくなってしまったのだ。一時はもう飲食業界から足を洗おうかとも考えたが、このままの状態では到底諦めきれない。「何とかリベンジを!」と再起をかけ、藁にもすがる思いで選んだのが焼とん店であった。焼とん店なら低投資で開業でき、大衆業態ゆえ客層も幅広く有利だと考えたのが、その理由である。 当然のことながら、“焼とん”はまったくの未経験のため、どこかで修業を積まなければならない。どこで修業を積めば最善かと思案しながら「焼とん 繁盛店」とネットに打ち込んで検索したところ、真っ先に出てきたのが「秋元屋」であった。さっそく店に足を運んで衝撃を受けたことは前述の通りだが、求人を問い合わせたところちょうど店舗を増床したタイミングだったこともあって、運よくここで働かせてもらえることができた。とにかく「再び独立してリベンジしたい」との一心で1年での独立を誓い、日々粉骨砕身しながら必死になって働き、同時に物件探しも進めていった。短期間で開業資金を貯める必要から、家賃4万円のルームシェア一軒家に住んで1日に使う金額も300円ほどに切り詰め、あとは店の賄いでしのいで200万円を貯金。今度は一緒に独立するパートナーを見つけ、2人合わせて300万円で独立に踏み切ったのである。 上板橋という立地は当初あまり想定してなかったが、土地勘があったことや費用の面から折り合いがつき、ここに決定。駅から徒歩2分というのもなかなか魅力的であった。開業資金は極力抑えたつもりであったが、いざ開業してみると手元に50万円ほどしか残っていない。運転資金が尽きて閉店の憂き目にあったかつての悪夢が脳裏を横切ったが、「秋元屋」を独立したというブランドは予想以上に大きく、熱心な客が詰めかけて幸先のよいスタートを切ることができた。オープン3ヵ月は月商200万円ほどだったが、その後は350万円まで伸び、最高400万円に手が届く寸前の数字をはじき出したこともある。 同店がこうした繁盛を手にすることができたのは、まず、「秋元屋」直伝の商品力。タレ焼き、塩焼きという一般的な焼とんの供し方に加え、“味噌焼き”という独自の提供法を持ち合わせているのが、同店の何よりの強みである。味噌焼きと言っても焼とんの街、東松山で供される皿に添えられた辛味噌をつけて食べるスタイルではなく、一般的なタレ焼き同様、“味噌ダレ”にどっぷり浸けて香ばしく焼き上げる独自性の高い提供法だ。とろみのある味噌ダレはニンニクが充分に入っていて、マイルドながらもパンチのきいた味わいが特徴。特に希望がなければ部位ごとに適した味つけで提供し、豊富に揃えた焼とんの約半分は味噌焼きで供していく。 さらに同店が独自性を打ち出したのが、豊富に揃えたサイドメニューの数々。普通、いわゆる“古典”スタイルの焼とん店はもつ煮に冷やしトマト、ガツ刺しなど、サイドメニューがあまり代り映えしないケースが少なくない。それはそれで一つの完成形をなしているわけだが、同店ではそこに若者受けするメニューを柔軟に取り入れ差別化を図っている。例えば、「彩り野菜のバーニャカウダ」(480円)、「ルッコラと生ハムのサラダ」(380円)、「にんにくぐつぐつオイル煮」(200円)、「ブロッコリーのアーリオオーリオ」(250円)、「パテド・カンパーニュ」(350円)、「鳥レバーのパテ バケット添え」(380円)等々。焼とん店のサイドメニューはきちんと仕込み置きすることで盛りつけるだけですむとか、焼きの作業のオペレーションを崩さないとか、そうしたポイントが何よりも重要となる。同店のサイドメニューはそうした要素をきちんと押さえながら、それでいて若者客も魅力に感じる現代的なセンスに富んだメニューを巧みに導入。こうした売り方が若者客にも受け入れられ、主要客層は30~40代と焼とん店としては比較的若い世代の客で賑わっている。また、女性客が3~4割と多いのも従来の焼とん店にない特徴と言えよう。 さて大山店の開業だが、辻氏が最初にフグの居酒屋で独立したのが31歳の時で、雪辱を期して「ひなた」を開業したのが33歳の時。そして今回の2号店開業が35歳と、奇しくも2年ごとに節目を迎えている。大山店は元焼とん店だった居抜き物件を大幅に手直しし、横長のカウンター席も取り壊して新たに変形のコの字型カウンター席を設置。その頭上には同じくコの字型の吊り棚を設け、一升瓶などをディスプレーする。店舗は駅から徒歩1分と近く、飲食店が多数軒を並べ、客の絶対数も多い街だけに出足は予想以上に好調で、平日は1.5~2回転、日曜で2回転強、土曜で3回転もする。損益分岐点は200万円で、目標月商は600万円。いきなり目標には届かなかったものの、最初の月商は500万円と十分すぎる売上だ。ただ上板橋の店を閉めていることもあり、そちらの客が大山店に流れてきて、8割方はこれまでの常連客だという。そのため、上板橋の店を再開したら客が分かれてしまうのではないかとの課題もあり、上板橋の店は思い切って別業態店に変え再スタートを切ることも視野に入れている。 ところで日本を代表する桜と言えば、何をおいてもまず「ソメイヨシノ」が挙げられよう。ソメイヨシノは種子では増えない特異性を持ち、人の手で1本1本接ぎ木されながら長い年月をかけ、今日のように日本中に広まってきた。つまり、もとをたどればその大本は1本の桜の木なのである。一方、“味噌焼きの焼とん”という独自性の高いメニューも、「秋元屋」から“接ぎ木”される形で弟子たちの店へと受け継がれ、いまやその数は少しずつ着実に増加傾向にある。弟子の店は「ひなた」以外にも何店かあり、さらに辻氏と一緒に独立したパートナーもオープン1年後に単独で独立し、「やきとんあかね」を開業。また、彼らの師匠となる「秋元屋」にもその味を教わった修業先があり、もとをたどればやはり1店の店へと行き着く。味噌焼きの焼とんに惚れ込んだ客が志願する形でその店に修業に入り、独立して自らの店を構える。そして、さらにその独立した人の店にまたその味に惚れ込んだ客が修業に入る……。そうした幾多の行為を繰り返しながら、源流から数えて、弟子、孫弟子、ひ孫弟子の店と徐々に枝分かれしてきている。 “味噌焼きの焼とん”という絶対的強さの商品力を武器に「秋元屋」から巣立った暖簾分け店は、いまや東京を中心にあちらこちらに広がり、繁盛店としていっせいに開花しつつある。そうした暖簾分け店が桜の木と大きく異なるのは、春だけでなく、夏になっても、秋になっても、冬になっても決してその満開の花びらを散らさないこと。確かな技術と商売の心得をきちんと“接ぎ木”された暖簾分け店は、強くしたたかに、何ものにも負けないたくましい商売の生命力を宿し、潤いのある憩いのひと時を1年を通じて客に提供し続けている。その代表的暖簾分け店の一つが「ひなた」なのである。最初の居酒屋での独立の時は商売の軸がぶれて苦杯を舐めてしまった辻氏だが、そうした体験を糧として、いまでは決してぶれることのない強い意志と磐石の商いで見事、リベンジに成功している。はたして、ここ大山にどれだけ満開の桜の花を咲かせられるのか? 桜の季節が過ぎてもここに来れば1年中“花見”が楽しめる。そんな魅力あふれる店として、きっと大山の地にしっかりと根を下ろしてくれるに違いない。
店舗データ
店名 | やきとんひなた 大山店 |
---|---|
住所 | 東京都板橋区大山町8-8 |
アクセス | 東武東上線大山駅より徒歩1分 |
電話 | 03-3955-0086 |
営業時間 | 火曜〜金曜17:00〜24:00(L.O.23:00)、 土曜・祝日16:00〜24:00(L.O.23:00)、 日曜16:00〜23:00(L.O.22:00) |
定休日 | 月曜日 |
坪数客数 | 14坪・38席 |
客単価 | 2600円 |
運営会社 | 株式会社ひなた |