特集

【連載】時をつなぐレストランシェフ 5th Chef 「Tirpse」田村浩二


これからの時代を見据え自らを磨く
次世代の強き料理人

シェフ

「Quintessence(カンテサンス)」跡地にオープンし、その直後に一ツ星を獲得して以来常に話題を提供し続けてきたレストラン「Tirpse(ティルプス)」。ここで今年1月からシェフを務めるのは、フランスからの帰国後間もない弱冠31歳の田村浩二氏。注目の集まる中、精力的に活動を展開する田村氏のこれまでの歩みと、料理人哲学とは。

 

料理人としての人生を決めた
下村浩司シェフとの出会い

外観

2013年9月 白金台の「Quintessence(カンテサンス)」跡地にオープンし、僅か2カ月という世界最短期間でミシュラン一ツ星を獲得し注目を集めた「Tirpse(ティルプス)」。期間限定のデザートコースやトンカツコース、日本のエッセンスを盛り込んだ焼き菓子“富士山カヌレ”の販売など、レストランラバーの好奇心を刺激する話題を次々と振り撒きながら、2017年には「The World’s 50 Best Restaurants」のディスカバリーシリーズに選出された。この「ティルプス」で2016年7月からキッチンに立ち、2017年1月にシェフに就任したのが田村浩二氏だ。フランスからの帰国後間もなく「ティルプス」に入り、オーナー 大橋直誉氏とともにこの店を牽引する田村氏。1985年生まれの31歳と若手ながら、その才能と料理へのひたむきな姿勢が多くのお客様の心を掴んでいる。

野球に打ち込んでいた田村氏が初めて料理の道を志したのは、高校3年生の2学期。親友の誕生日のために、幼い頃に母と作った思い出をたどりながら焼き上げた1つのケーキがきっかけになった。親友の喜ぶ顔を見てこの道を生きると決意し、「新宿調理師専門学校」へ。そして様々な店を食べ歩く中、「Restaurant FEU(レストラン フウ)」で下村浩司氏に出会う。田村氏が「料理人人生での私の父」と言う下村氏はフランスで三ツ星レストランを中心に約8年間研鑽を積み、帰国後「レストラン フウ」でシェフを務めていた。細かい気遣いの感じられる下村氏の料理は圧倒的に美味しく、食べる前のプレゼンテーションや料理に込められたストーリーにも感動したという田村氏は、専門学校を卒業後「レストラン フウ」で働き、下村氏が独立し「EdiTion Koji Shimomura(エディション コウジ シモムラ)」をオープンするとともに同店へ移り修業を積んだ。下村氏の指導は細かく厳しかったが、素材の切り方から食器の扱い方、レストラン経営まで、あらゆることを教わったという。

「下村さんの教えの中でも特に心に残っているのは、“世界に通用する技術を身につけろ”というものです。言葉ができなくても料理は世界共通。しっかりとした技術を持っていれば、世界中どこへ行っても認められる、と教えられました」と田村氏。その言葉は田村氏がその後実際に世界に触れることで説得力を増すことになる。2年間の修業の後いったん下村氏の元を離れ、イタリア料理店「BIFFI TEATRO(ビッフィ テアトロ)」、フランス料理店「L’AS(ラス)」を経て再び下村氏の元に戻り、その後フランスへ。南仏・マントンの「Mirazur(ミラズール)」でシェフ マウロ氏の元、研鑽を積む。「ミラズール」ではマウロ氏はイタリアとアルゼンチンのハーフ、スタッフもイタリア人、アルゼンチン人、スペイン人、アメリカ人、韓国人で、言葉の壁に阻まれ苦労したという。しかし賄いの調理を担当したことで状況が一変。実力を認められスムーズにコミュニケーションが取れるようになった。この時、“世界に通用する技術を身につけろ”という下村氏の教えを実感したとという。

 

国内外での経験と“香り”を武器に
自らのスタイルを確立

店頭

「ミラズール」は田村氏の修業中に「The World’s 50 Best Restaurants」の27位から12位へ。その後6位になり、今年4位になった。世界の上位に上り詰めようとするレストランならではの熱量があり、世界中から集まったスタッフのレベルも高く、今でも当時のメンバーとの交流が続いているという。その「ミラズール」から、パリに移り「Restaurant ES(レストラン エス)」へ。同店のシェフ 本城昂結稀氏の元で修業を積んだ。本城氏はパリ郊外の畑に自ら足を運ぶなどして素材を厳選し、肉の熟成や火入れなども細かく計算し調理するスタイルで、ここでも学ぶことは多かったそうだ。その後帰国し、「ティルプス」でシェフに就任した田村氏。日本のフランス料理店、イタリア料理店、フランスのフランス料理店で学んだ幅広い調理技術を活かし、自らのスタイルを構築している。

また、田村氏の料理で特筆すべきは“香り”だろう。28歳の時、「ラス」のシェフ 兼子大輔氏の勧めから「ル ネ デュ ヴァン」(ワインの香りのサンプル)で香りを学び、オリジナルのハーブのお茶も自ら作り始めていたという田村氏。その頃から鍛え研ぎ澄ませてきたという香りへのこだわりは強い。一つの食材の香りの要素を分解し、それぞれの要素を別の食材に置き換えてそれらを合わせることで、元の食材の香りを再構築するというスタイルを表現の一つとしている。今回紹介する「シェフの一皿」でも、ソースに使う春菊の香りの中にセリやウイキョウ、柚子やアーモンドの香りの要素があることから、それらの食材を巧みに合わせることで、より濃厚な春菊の香りを醸し出させている。田村氏は、「甘味、酸味、塩味、苦味、旨味」の味の五角形ではなく、「旨味」をベースに「甘味、酸味、塩味、苦味」に「辛味(刺激)」をプラスした五角形を作り、その上に「風味(香り)」をまとわせる。「味わいは“深い”、香りは“高い”と言いますよね。美味しさはお腹に落ちていき、香りは頭の上へと抜けていきます。美味しさに風味(香り)を足すことで味が三次元的になり、余韻も長くなって印象に残るものになります」。

香りの効果をより強く出すために、食感や食材の組み合わせ方にも注意しバランスをとるという田村氏。その結果、これまでに体験したことのない、驚きのある料理が仕上がっていく。その反面、誰もが知っている料理も自分流にアレンジしてコースに組み込んでいく。新しいものとどこか懐かしいもの、その両方が楽しめる構成だ。昼のコース(6,000円)、夜のコース(12,000円)に加え、1日1組6名までの限定で個室で提供する「シェフズ テイスティング メニュー」コース(18,000円)が7月からスタート。「シェフズ テイスティング メニュー」では、田村氏自身が日本各地を回って出会った食材をふんだんに使い、田村氏が求めるスタイルをより自由に表現した料理の数々が楽しめる。「食材の時期は本来とても短いもの。今の時代は便利になりどの季節でも様々な食材が手に入りますが、正しい季節に正しい食材を使うのが料理人の本来あるべき姿だと思っています。自分に厳しくありながら、自分らしい料理を作っていきたいです」と真摯に語る田村氏の本領が発揮されることになりそうだ。

 

料理を作ることだけが全てではない
自分を磨き、外へ出て、より強い料理人に

内観

田村氏がシェフに就任してまだ間もない「ティルプス」だが、数々のイベントを主催し、店外でのイベントにも積極的に参加している。「ティルプス」がトンカツ店「つかんと」に変身するというイベントでは現代フレンチ風に再解釈したトンカツやカツ丼などを提供。33歳以下のシェフ7人が一堂に会して一皿の料理で競う「7 Samurai」なども開催している。また、福岡のリゾートホテル「ザ・ルイガンズ」で開催されたディナーイベント「DREAM DUSK(ドリームダスク)」では、「すし 㐂邑」木村康司氏、「傳」長谷川在佑氏、「DERSOU」関根拓氏、「THE WAGYUMAFIA」永山俊志氏とともに一夜限りのスペシェルなディナーを提供。その他いくつものコラボイベントに参加し活動の幅を広げている。

そんな田村氏への「あなたの次の世代に伝えたいことは?」という問いかけに、返ってきたのは「料理だけが全てではない」という言葉。「私が料理人を目指しはじめた頃は、料理の腕を磨き独立することがゴールのようなものでした。でも今の時代は違う。料理が美味しいだけでは独立しても店は続きません。料理人としてのあり方そのものが問われるんです。自分の料理や店、自分自身をいかに知ってもらい、愛してもらうか。レストランにいらっしゃるお客様とコミュニケーションをとるために、言葉使いや立ち居振る舞い、教養や考え方をいかに磨いていくか。飲食業がますます厳しくなっていくこれからの時代、料理とともに自分自身も磨いていくべきだというのが私の考え方です」。また、「自分の“やりたいこと”と“できること”は違うことも多い。現状で“できること”を冷静に判断しながら、“やりたいこと”につなげていく努力も大切にして欲しいですね」と語ってくれた。

田村氏が現在シェフを務める白金台の「ティルプス」は、2019年いっぱいでの閉店を宣言している。その後についてはオーナーの大橋氏と計画していることもあるのだとか。最も尊敬するサービスマンである大橋氏とともに、日本全体を盛り上げる取り組みを思い描いている。その傍ら、コンサルティングや料理の監修など、一つの店にとらわれずに自分の知識や技術を活かす仕事にもチャレンジしたいという。日本郵船「飛鳥Ⅱ」での料理提供や海外イベントへの参加、日本航空国際線 ファーストクラス・ビジネスクラスの機内食プロデュースやJR九州クルーズトレイン「ななつ星」のスイーツプロデュースなど、幅広い活躍で料理界に貢献する下村氏の姿もイメージの元となっているだろう。「1つの店の中で料理を作り続けるのも、料理人にとって幸せなことかもしれません。ですがこれから先の時代は、仕事の幅を広げ、どんな環境でも生きていける強い料理人になる必要があると思います」という田村氏の、今後の活躍に注目したい。

<シェフのひと皿>

一皿
取材時のコースの魚料理、「イシナギと春菊の香り」。熟成し水分を抜いたイシナギを細かく温度管理しながら火入れし、“皮はパリパリ、身はしっとり”の状態に。ソースは日本のハーブをテーマに、春菊を使用。春菊の中にセリやウイキョウ、柚子やアーモンドなどの香りの要素があることから、セリや柚子でマリネしたウイキョウ、自家製アーモンドミルクの泡のソースなどを春菊のピュレに合わせて香りを増している。

 

スクリーンショット 2016-08-30 12.16.54■著者プロフィール 河﨑志乃
山口県生まれ。女性ファッション誌での各種情報執筆及びフードコーディネーターとしての活動を行う。レストランのコンサルティング及び販促物・公式WEBサイトの制作、ホテルレシピ本のライティング、レストランの店舗名考案、一般販売用菓子・コーヒー等のネーミングほか多数。2016年tabetas+を設立。フードコーディネーター・ライターとして活動を続けながら、料理教室を開催するなど多方面で活躍中。

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