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特集

【新連載】時をつなぐレストランシェフ 4th Chef 鳥羽周作


熱くまっすぐな想いで新たな渦を巻き起こす
フランス料理界の異端児

 

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「私は料理が下手なんです」と言う鳥羽周作シェフ。小学校教師などを経て、イタリアン「ディリット」の門を叩き32歳でレストランの世界に。さらにフレンチの名店「フロレリージュ」などを経て2016年春、38歳で「Gris(グリ)」のシェフに就任。絶対的バランスを保った美味しさと美しい盛り付け、斬新なメニュー構成、店の雰囲気作りで話題を呼び、瞬く間に「Gris」を超人気店に押し上げた。どこにも負けない店を作るという自信を持ちつつ、「料理は下手だ」と言う鳥羽シェフ。その真意とは。

 

 

32歳から目指した
レストランシェフへの道

 

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 注目の飲食激戦区、代々木上原。この街でひときわ活気を見せる店がある。その前を通りかかるだけで、ガラス張りの壁の向こう側から伝わってくるなんとも楽しげな空気に思わず吸い寄せられそうになる。この店の名は「Gris(グリ)」。スタッフたちの思いと、店を埋めるお客様たちの歓喜が交差し、毎夜熱いドラマが生み出される。店を渦巻く熱気の原動力となっているのは、シェフを務める鳥羽周作氏。他の名店のシェフや業界関係者をも唸らせる料理の腕を振るいつつ、カウンター越しのキッチンから常に他のスタッフやお客様に声をかけ店を盛り上げる。誰よりも陽気な声を上げ笑いも振りまく鳥羽氏だが、その目には、誰にも負けない熱意と、揺るぎのない自信が宿っている。鳥羽氏は現在38歳。なんと32歳から本格的な料理の道に入り、わずか6年で2016年春、「Gris」のシェフに就任し一気に超人気店へ押し上げた。調理師学校へも行っておらず、海外修行経験もない。それでも鳥羽氏の「Gris」は、同世代の他のシェフたちの店に勝るとも劣らないほどの輝きを持つ。鳥羽氏とは、一体どんな人物なのだろうか。

小学生から目指していたのはサッカー選手。JFL(日本フットボールリーグ)の練習生になり27歳までサッカーを続けたものの、プロ契約にまでは至らなかった。サッカーを諦め小学校の先生などをしていたが、JFLの同期がプロとして活躍する姿を居酒屋のテレビで見ながら揶揄する自分に幻滅し、新たな道でもう一度自分の人生をやり直すと誓った。この時思い浮かんだのは、洋食の料理人だった父の姿。自分も小さな頃から料理が好きだったことを思い出し、この道を進むことに決めた。カフェで働きつつ、レストランの世界に興味を持ち食べ歩くようになったという。その中でも神楽坂のイタリアン「ディリット」で食べた料理の抜群の美味しさに衝撃を受け、翌日には弟子にしてくれと頼みに行った。この時、鳥羽氏32歳。料理人としての経験もほとんどなく、当然のごとく断られた。しかし鳥羽氏は諦めなかった。根負けしたシェフの坂内正宏氏に「美味しいカプチーノをいれられるようになったらうちで働いてもいい」と言われ、坂内シェフに1杯のカプチーノをいれるためだけに何日も何日も店に通い続けたという。それがある日認められ、「ディリット」で働けることに。ここから鳥羽氏の人生をかけた闘いがスタートする。

イタリアンの「ディリット」には約3年在籍し、キッチンとホールの仕事を経験した。坂内シェフはストイックな職人気質で、食材に対して極限まで手数の少ない、最短距離のライブ感ある料理を追求するという。パスタを茹でる前に全ての長さが揃っているか1本1本チェックし、パスタの茹で時間はその日の状態によって秒単位で調整し、イタリアンパセリはパスタが茹で上がる10秒前に切る。口に入る全ての物に全神経を集中し、全てが美しく、圧倒的に「美味しい」料理を作る。現在の鳥羽氏の料理と考え方は、ほぼ「ディリット」のそれがベースになっているそうだ。そして「ディリット」の後、フレンチの名店「フロレリージュ」に移籍。料理専門誌に出ていた川手寛康シェフの料理を見て、イタリアンとはまた違うフレンチの面白さ、かっこよさに魅せられたのがきっかけだった。イタリアンからフレンチへ移ったことで苦労も多く仕事も厳しかったが、お客様を楽しませようというホスピタリティや演出など、川手シェフから学ぶことは多かったそうだ。そして2016年春、「Gris」のシェフに就任した。

 

自分は料理が下手
だからこそできることがある

 

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 「Gris」でまず鳥羽氏が追及するのは「美味しさ」。その構築の仕方は極めて理論的だ。旨味・塩味・甘味・酸味・苦味の5つの要素を意識し、コースの中のひと皿ひと皿を「旨味の皿」「甘味の皿」「酸味の皿」と決めていく。例えば「酸味の皿」であれば、メイン食材の旨味にやや強めの酸味をつけた副食材を合わせながら甘味と苦味を組み込んでいき、塩味を決めて味の5角形のバランスをとる。「Gris」はアルコール/ノンアルコールペアリングのクオリティも高く人気だが、これを考案するソムリエの外山博之氏も、鳥羽氏の料理は理論がしっかりとしているためペアリングしやすいのだという。また、「Gris」では日本の身近な家庭料理を再構築し、スタイリッシュに仕上げているのも大きなポイント。シチューや鰆の西京漬、お汁粉など(取材時)をイメージの元にしながら、美しい盛り付けの“現代フレンチ”に生まれ変わらせる。ただし、食材の数・調理法はあくまでシンプルに。感覚を研ぎ澄ませて極限まで絞り込み、温度やライブ感にもこだわった「美味しさ」は、イタリアンの「ディリット」で修行を積んだ鳥羽氏の真骨頂と言えるだろう。

ディナーで提供するのは1種のコース料理。2017年1月から価格を7,000円に変更した。以前は8皿 5,000円のコースだったが、この価格では使える食材、サービス内容に制約があり、パフォーマンスをより高めるために「Gris」全体で議論に議論を重ねた末、変更に至った。価格を上げることで、皿数を9皿に増やし、食材をより良いものに。パンもより美味しくなり、食事の前にはウエルカムドリンクも。頻繁にリピートしてくださるお客様にも、原価率の低い同じ食材ばかりではなく、様々な食材の料理を出すことができる。結果としてひと皿ひと皿の満足度が上がり、コース全体の充実度が格段に上がった。勇気のいる決断だったそうだが、お客様にもスタッフにも還元できる適正なラインを見直したことで、鳥羽氏がその腕を遺憾なく発揮できるステージが整ったと言えるだろう。その日「Gris」に足を運んでくださるお客様とコースを通してデートをするように、どうすれば悦ばせられるか、どうすればまた自分の料理に会いに来てくてるかを考えながらコース全体のストーリーを考え、じっくりと手間をかけて準備をするという鳥羽氏。全皿「美味しい」をベースとしながら、時にはミステリアスに、時にはストレートに、時にはエロティックにと表情を変える料理の数々で、お客様を存分に楽しませる。

今や人気シェフの1人となった鳥羽氏だが、「私は料理が下手ですから」と本人は言う。自分は修行期間も短く海外経験もない。技術では他のシェフたちに劣ると見ているのだ。そんな自分にできることは、まず絶対に「美味しい」料理を出すこと。料理人だった父の味を思い出し、「自分の両親に食べさせて美味しいと言わせるような料理でなければ意味がない」という「ディリット」坂内シェフの言葉を思い出し、ただただ「美味しい!」と笑顔にさせる料理を追求する。それに加えてさらに必要だというのが、「フロレリージュ」のような、ワクワク感のある「特別な時間」の演出。そして、この「美味しい」と「特別な時間」を生み出すのが愛だと鳥羽氏は考える。ひとつはお客様への愛。初めて来るお客様に最高の料理を、リピートしてくださるあのお客様の好みの料理をと思えば、調理はより丁寧になり、お客様をよりしっかりと見るようになり、「美味しい」ができていく。もうひとつは共に働くスタッフへの愛。互いを理解し、できるだけ多くの言葉を交わして絆を深める。そうすることでスタッフ全員が思いを一つにしたチームとなり、「Gris」にしかない「特別な時間」が生まれる。「私は料理が下手だけど、周りのスタッフやお客様に支えられ、生かされています」。この言葉に鳥羽氏の最大の強みが込められている。

 

同世代だからこそできること
次の世代にできること

 

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 2016年の後半頃から、同年代のシェフたちと交流を深めているという鳥羽氏。周りのシェフと触れ合うことで刺激になり、料理人としての自分をより深く見直すきっかけにもなったという。何人かで生産者に会いに行くことも多く、そこで新たな食材と出会ったり、他のシェフとのコラボや勉強会の話も生まれたりするそうだ。「Gris」にもシェフや関係者、生産者がよく食事に訪れる。そういった出会いがきっかけで、新しい食材を使った料理が生まれることも少なくない。今回のシェフのひと皿「もの凄い鯖 ビーツ ざくろ」もそうして生まれた料理のひとつ。継続可能な漁業(サスティナブル シーフード)をテーマにした「イサリビ -未来も魚を食べるぞ通信」の編集長 堀田幸作氏が「Gris」を訪れたことをきっかけに意気投合し、堀田氏とともに茨城県の干物店「越田商店」を見学。そこで作られている「もの凄い鯖」を主食材にして作り上げたひと皿だ。旨味の強い干物「もの凄い鯖」に、ご飯の代わりの炭水化物としてマッシュポテトを添え、ビネガーとハチミツで味付けしたビーツとキヌアを合わせた「酸味の皿」。さらにコールラビやざくろなど、赤の食材で揃えた美しい盛り付けも「Gris」らしい。

「もの凄い鯖 ビーツ ざくろ」は見た目の美しさもあってSNSなどでも話題となり、味の評判も良く、「もの凄い鯖」の売り上げも伸びているという。さらに鳥羽氏は、2017年1月に発行された「イサリビ -未来も魚を食べるぞ通信」創刊号でも、「ラ・ボンヌターブル」中村和成シェフとともに自宅で楽しめる「もの凄い鯖」レシピを紹介。他の料理雑誌でもまた違ったレシピを紹介するという。継続可能な漁業を実現しているノルウェーの鯖を、昭和22年創業の「越田商店」が卓越した技で干物に仕上げた「もの凄い鯖」。まずはこの商品を広めることで日本の漁業問題に貢献したいという堀田氏を、鳥羽氏は料理人として支えたいという思いで協力している。「Grisは世界レベルで食に貢献することはできないけれど、それなりにできることがある」という鳥羽氏。「素晴らしいと見込んだ人が扱う良い商品を店で使うことで、その人たちに喜んでもらい、お客様にも喜んでもらえれば最高です」と笑顔を見せる。今後も同世代のシェフや生産者とのつながりを深めて、料理業界を変えられるような取り組みをしていきたいという。
 
鳥羽氏のもう1つの取り組みは、若い料理人の育成だ。現在「Gris」では28歳の新圖宏之氏と2人でキッチンに立っている。新圖氏は石井真介シェフの「バカール」などで修行経験があり、「Gris」に食事に来たことをきっかけに鳥羽氏がスカウトした。鳥羽氏は新圖氏をよく他の店へ食事に連れて行き、料理はもちろん、好きな音楽や服の話もするという。新圖氏は観察力もあり、妥協せずに自分で判断して「美味しい」を追求できる料理人だという鳥羽氏。新圖氏に厳しく当たることもなく、指示を出しすぎることもなく、どんどん仕事を任せている。料理が好きで、皿に対する厳しさを忘れなければ、料理人は育つと信じている。料理の技術はもちろんだが、今後は他のシェフとの集まりにも参加させるなど、料理以外のことも学ばせたいと思っているそうだ。新圖氏がシェフになる日まで、自分が教えられるすべてを教えていくつもりだという。新圖氏の経歴として「Gris」にいたことが役に立つよう、「Gris」の認知度ももっと上げていきたいという鳥羽氏。今後はさらにスタッフを増やすことも視野に入れ、料理の内容をさらに充実させ、皆で店を盛り上げていきたいと目を輝かせる。

<シェフのひと皿>

 

取材時のコースのひと皿、「もの凄い鯖 ビーツ ざくろ」。日本の漁業問題に貢献したいと活動する堀田幸作氏との出会いにより生まれたひと皿。鯖の干物「もの凄い鯖」とご飯代わりのマッシュポテトに、酸味を効かせた赤の副食材を合わせている。干物とご飯が発想のスタートになっていながらスタイリッシュに仕上げられた、コースの中でも特に「Gris」らしい料理

 

スクリーンショット 2016-08-30 12.16.54■著者プロフィール 河﨑志乃
山口県生まれ。女性ファッション誌での各種情報執筆及びフードコーディネーターとしての活動を行う。レストランのコンサルティング及び販促物・公式WEBサイトの制作、ホテルレシピ本のライティング、レストランの店舗名考案、一般販売用菓子・コーヒー等のネーミングほか多数。2016年tabetas+を設立。フードコーディネーター・ライターとして活動を続けながら、料理教室を開催するなど多方面で活躍中。

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