ここ1か月、ヘッドラインにて、用賀の「五月四日」と学芸大学の「干支屋」、たまたまですが赤坂の「まるしげ夢葉家」出身オーナーの店が続きました。
「五月四日」は「まるしげ夢葉家」で12年修業した与那覇朝雄さんの独立店。「干支屋」も、オーナー広瀬羊右さんは「まるしげ夢葉家」で働いていたこともあり、広瀬さんんはその他、楽コーポレーションや、同じく「まるしげ夢葉家」出身オーナーによる三軒茶屋の「名西酒蔵」、学芸大学の「ひとひら」などを経て同店で独立しました。
「まるしげ夢葉家」は2000年オープン。100を超える圧倒的な品数のつまみと、焼酎と日本酒が充実する居酒屋です。私も訪れたことがあり、つまみの品数の豊富さとその一つ一つのクオリティの高さ、さらに焼酎の充実度に驚きました。上記の2店舗以外にも出身者が多く活躍しているそうです。
「五月四日」は50品超、「干支屋」は100品超と、「まるしげ夢葉家」に倣い、店舗規模から考えると圧倒的な品数を用意しています。しかも、ただ数が多いだけでなく、一つ一つすべて手の込んだ本気の仕立て。何を頼んでもまさに「ハズレなし」、その超人的な仕事ぶりに脱帽です。
ただしこれらのメニュー構成、やや玄人向けだと思いました。あまりに品数が多いのでメニュー表を見て何を頼むかを決めるには瞬発力が求められます。酒場慣れしていない人は「何を頼んだらいいのやら!?」と混乱するでしょうし、逆にこなれた呑兵衛からすれば魅力的な品書きの連続に「どれにしようか」とワクワクするはずです。
これらの店のメニュー表では、すべての品名が手書きでフラットに記載されており、それがますます酒場初心者の頭を悩ませます。選択の補助になるような凝ったデザインや写真はなく、特定のメニューを大きく目立たせることはしていません(オススメの赤丸印や「今日は○○のお造りがオススメです」と多少のレコメンドはありましたが)。これは時代に逆行していると言えるでしょう。
というのも情報が氾濫する現代では、「失敗したくない」という思いを強くする人が増えています。多くの情報にアクセスができて選択肢がたくさんあるからこそ、適切な選択をしたいと思うのです。そこで飲食店でも、店の方から「頼むべき品はこれ」というようなオススメを打ち出すことが主流になっています。失敗しないためにも、何が「オススメ」なのかは多くのお客が知りたがるところです。中には、事前に店のメニューを調べつくし来店し、メニュー表には目もくれずスタッフに自分をスマホを見せて「この写真の商品をください」と、あらかじめ目星をつけていた商品を注文することも若い人を中心に増えています。通常、店側としても「オススメ」を目立たせてうまく注文を誘導することでオペレーションが楽になったり利益率が向上したりしますし、何人ものお客から「オススメはなんですか?」と同じ質問をされてうんざりすることもありません。
個人的な意見になりますが、他人の意見による「オススメ」「間違いない」ものを頼むより、自分が食べたいものを自分の頭で考えて選び出すことも、酒場の楽しみの一つではないでしょうか。それができるお店こそ飽きずに何度も来たいと思える気がします。他人の意見に踊らされず、自分の食べたいものを選べるお客は「いいお客」です。そうした人が集まる店こそ、長く続くのではないでしょうか。極端な話ですが、一度しか来ないつもりのお客は必ず「オススメ」を頼みます。「オススメ」を注文してSNSにアップすれば目的は達成されるからです。
こうした、一見するとそっけないメニューは、リピーターを集めるには最適化されたメニュー構成だと思いました。実際に「五月四日」も「干支屋」のオーナーも、取材ではリピーターを獲得し長く続けることに重きを置いていると話してくれました。
大衆のインサイトに寄り添った店づくりももちろん大切ですが、長い目で見た場合、なんでもかんでも大衆に迎合するのではなく、酒場の矜持とも言うべき部分を出してもよいのかもしれません。ただし、これが通用するのは店主の実力あってこそ。飲食店関係者にとっても大変勉強になるお店だと思うので、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。こんな書き方をして誤解されないか心配ですが、「酒場を楽しみたい」と思う酒場初心者の人にももちろんオススメのお店です。