飲食のプロたちからすると、「神田で成功するのは難しい」というのが常識だ。駅前には飲食店が密集するが、神田のサラリーマンたちは「コンサバ」(保守的)で、財布の紐も固い。近隣のOLや若者たちは銀座をはじめ、周辺の他のターミナル駅エリアに“流出”するため、「アドバンス・マーケット」(進歩的な市場)が育たないと見られてきた。「新橋」が日テレ・電通移転などの影響で女性や流行を好むスノッブ族が流入したことによって、“ベタおしゃれ”系店舗が増えたのと対照的だった。しかし、その神田にも変化の兆しが現れてきた。
大手チェーン居酒屋や大衆酒場、寿司居酒屋などが多い北口に、ユニークな店名の「良品酒場 神田5番商店」が昨年5月にオープンした。「価値ある一杯、価値ある一品」をテーマに旨い酒と煮込み料理を提供する小さなカフェ風の店だが、店の中に屋台があるようなゆるい空気感が神田にはないオーラを放っていて、女性や若い客中心に常連客でコミュニティができている。また、北口の飲食店ビルの地下に1年前に千葉の酒販店いずみやがオープンした「神田基地」はオーナーの小泉広記さんが「子供の時代の冒険心を呼び覚ますような空間づくりをしました」というように、遊びごころがふんだんに発揮された創作沖縄居酒屋で、人気を呼んでいる。小泉さんは「女性ターゲットの店が神田に少ないので挑戦した」と言う。
東口ガード下に昨年11月にオープンした“立ち飲み焼肉”の「六花界」は、いま話題の一人でホルモン屋を巡る女性たち“ホルモンヌ”の溜り場になっている。わずか2坪半の店は、真ん中に客が囲めるテーブルがあり、その上で七輪を客同士が共有しながら焼肉やホルモンを楽しむ。“屋内バーベキュー”のノリだが、関西出身のトーク上手のオーナーの森田隼人さんコーディネートで初めての客同士がここで知り合ったり、カップルが生まれたりする。「mixi」にコミュニティが立ち、“ホルモンヌ・オフ会”も盛んに行われているという。
そして、いま最も変化の激しいエリアは神田南口。いまや“肉食女子の聖地”となった「神田ミートセンター」を仕掛けたスパイスワークスの下遠野亘さんは、このあたりのビジネス街で非日常的な店の作り手として知られている。「サラリーマンやOLさんたちが恵比寿や中目黒に行かなくても近くで面白い店に通える。そんな空間をつくりたい」というのが下遠野さんの狙い。“横丁の仕掛け人”浜倉好宣さんと組んで“ベタおしゃれ横丁”、しかもプロの食肉業者を巻き込んでつくり上げたのが「神田ミートセンター」だ。この施設のインパクトは大きかった。南口が一気に活性化したのである。
その南口から日銀に出る日本橋本石町の江戸通りまでのエリアに新しい店がどんどん誕生している。下遠野さんプロデュースで「南部鉄酒場 豚バル 380(サンパチ)」は3階建ての古いビルを再生、一棟建てのユニークな店だ。さらに通りを日本橋方面に進むと、行列ができる“つけ麺居酒屋”「もといし」がある。居酒屋から転業して、昼はつけ麺、夜は居酒屋という二毛作。この「もといし」をランドマークとするならば、この通りは“もといし通り”と名付けていいかもしれない。「もといし」の角の小さな路地裏には、袋小路の更地を開発した木造平屋建てのおしゃれな“二軒長屋ワインレストラン”がオープン。ヨーロッパの街にある路地裏の雰囲気をかもし出している。
一店はビジネス街中心に「ギョバー」「Gyo-Bar」などを展開するアイディの6号店目「キュル・ド・サック」。“ガッツリ食べてガブガブ飲む”がぶ飲みワインビストロである。隣は千葉・房総食材を前面に打ち出したイタリアン食堂「BOSSO」。やはりワインを豊富に揃えている。この土地は3階建てのビルを建てるどいう計画もあったが、開発にあたったラクテンポが「飲食店も低投資で出店でき、土地オーナーも地域の活性化に貢献でき、集客が長く続くようなまったく新しい発想の商業施設をつくりたい」というコンセプトであえて木造平屋建てにしたという。こうして神田にスノッブな飲食シーンが誕生した。これから“もといし通り”の注目スポットとして話題になるに違いない。