4000~6000円台の「中価格」マーケットは、長年のデフレ経済のなかで空洞化していた。“脱デフレ”の動きを日本経済のGDPの6割を占める個人消費の主役である外食市場がリードする時代がきた。もちろん「ネオ大衆酒場業態」「ワインバル業態」は定着し、引き続き「低価格」マーケットを主導していくだろうが、「ネオビストロ業態」「日本酒専門業態」「クラフトビール業態」など4000~5000円台の「中価格」マーケットは下から徐々に膨らんで来ていた。五反田に昨年12月オープンしたクラフトビールをメインとした和ビストロ「クラフトマン」は客単価4400円台(立ち飲みの2000円台も含めた平均客単価)だが、連日にわたり立ち飲み席まで予約で満席だ。「ベルギービールとシャリュキトリーの『ミヤマス』は4700~4900円へと上がってきています」(オーナーの千さん)。恵比寿にオープンした焼き貝と日本酒の店「あこや」も「想定した客単価よりも高く使っていただけるお客様がほとんどで驚いている」とオーナーの延田氏は話している。要するに、内容がしっかりした業態であれば、「想定客単価を超えてお金を使う客」が増えているのだ。
これまでのハイクオリティ・カジュアル(高品質低価格)志向は変わらないものの、確実に「ハイクオリティ・カジュアルリッチ(高品質中価格)」へマーケットはシフトしていると言えるだろう。「品質がしっかりしていて魅力的な業態であれば、客は少しぐらい高くても行く」ということなのだ。そして、それが「満足度が高ければ、積極的に探してでも行きたい」というムードにいま、変化しつつあるのではないか。日本酒(純米酒)やクラフトビールなどの酒類の充実に加え、「熟成肉」「甲殻類(牡蠣、海老、蟹)」「産直野菜」などの魅力ある料理への再評価により、「生産者の顔が見えるストーリーのある食材」「作りての努力が偲ばれる手間のかかる食材」「普段家庭では食べられない高級食材」をきちんと出す店に客はいま流れている。「この内容なら5000円でも6000円でも払いたい」「赤身の熟成肉とワイン、あまりに旨過ぎて気がついたら7000円払った。でも満足、また来たい」というシーンがあちこちで起き始めているのだ。店は“付加価値”を提供、客は“価値観消費”に目覚め始めたということである。
とくに「熟成肉ブーム」はもはや、ブームなどではなく、社会現象に近い大きなムーブメントになっている。店内に熟成庫があり、ぶら下がった塊肉に「熟成30日目」とか書いた札を貼っている。通常、ドライエイジングは40~60日。六本木の「旬熟成タチキチ」などは140日熟成の肉を売りにしている。その「旬熟成」は、六本木の悪立地にもかかわらず、連日満席、予約が取りづらい状況。客単価は6000~7000円台。高いワインを飲めば、10000円を超える。それでもリピーターが増えている、とオーナーの跡部さんはホクホク顔。スティルフーズの鈴木社長が六本木ヒルズけやき坂の大箱を森ビルから有利な条件で勧められて借りたのが4年前。「37ステーキハウス&BAR」として開業したが、メイン料理を「熟成肉(ウエット、14日熟成)」に切り替えてから大ヒット、いまはやはり予約が困難なほどにぎわっている。夜の客単価は15000円。「ほとんどのお客様が会社の接待費で使われます」と鈴木さん。4年目にして最高売上げを更新していると言う。このように、「熟成肉」のような付加価値食材が出てきたことが、「中価格」マーケット、さらに結果として「高価格」マーケットへのリーチを容易にしている。いわば“想定4000円、結果7000円マーケット”がこれからの狙い目。消費税値上げの悪影響を気にして“守り”に入っている飲食店が多いが、いまこそ積極果敢に“攻め”の必要な時かもしれない。