バンコクを訪ねたのは、デモ騒ぎがピークを迎えた2.2総選挙の直後。周知の通り、選挙は反対派のボイコットでタイ南部地方では投票所が閉鎖され、民主主義的な解決は先延ばしにされた。バンコク中心部では一部主要道路の封鎖が続き、交通機能は部分的に麻痺している。とはいえ、一部のエリアを除くと、経済活動、飲食店の営業などにはほとんど悪影響はない。デモも参加者が減る方向にあり、デモがイベント化しているという話は事実だ。そのような環境のなかで、私は今回、効率よくバンコクの飲食スポットを回ることができた。日本人経営の飲食店が密集するトンローエリア、隣のプロンポンエリアの飲食店、中心街の商業施設「サイアムパラゴン」「サイアムセンター」の飲食ゾーン、リバーサイドのおしゃれモール「アジアティーク」、さらにビジネス街エリアのタイ人富裕層、欧米人御用達のブランチスポットやナイトスポットなど、ある意味バブルに沸くバンコク飲食マーケットの今を観てきた。
まずは、ローカルジャパニーズの現状。いわゆるタイ人経営、タイ人プロデュース、タイ人マネジメントの日本食の店だ。バンコクでいま最も注目されているローカルジャパニーズ、ロンドン発の「ZUMA」。セントレジスホテルの1階。スーパーポテト出身の日本人デザイナーによる内装は、2000年の頃東京で一世風靡した「春秋」に似た重厚でスタイリッシュな空間。コンセプトは炉端フュージョンで、創作居酒屋料理がタパススタイルで出てくる。しかし、それは日本人からすると奇妙なメニューばかり。お世辞にも、美味しいとは言えない。客単価は夜なら2,500~3,000バーツ(8,000~12,000)。日本人客はほぼゼロ、しかし、タイ人富裕層と上位中間層には大人気店。「こうしたハイエンド店を見ないと、バンコク飲食マーケットの真実はわかりません」と話すのはバンコクで日本酒、焼酎の酒卸業SCSトレーディングを経営する鈴木幸代さん。「ZUMA」の日本酒や焼酎も鈴木さんがアレンジしたとか。
トンローエリアにオープンしたばかりの日本酒バー「OZAKE」。4階建ての一棟ビル。ビアバーみたいにクラブミュージックをガンガン鳴らして、日本酒を提供。漆の朱色の桶に氷を入れて、カラフェで出す提供法も面白い。清酒「大関」の樽が壁一面に飾られ、この店のモチーフになっている。経営者はアソークの高級日本料理「天翠」、日本村モールの「野心」を経営するタイ人ファミリー。政府関係者の親類がオーナーで、オーナーの息子さんが米国留学の際に、欧米の日本食レストランを見てまわり、そこからインスパイアされて日本食の店を展開してきたという。お店の表には、赤提灯が目立つラーメンと餃子の屋台を出すなど、“ザ・日本”の雰囲気を演出するセンスは見上げたものだ。こういう店をみると、バンコクの日本人経営者よりも、タイ人経営者がこれからのトンローエリアの日本食トレンドを塗り替える可能性があるのでは、と感じた。ただ、フードのレベルは低い。タイ人が好む環境、デザイン、スタイル提案はタイ人に任せ、フードやサービス、マネジメントを日本人経営者がサポートする。そのようなコラボができたら、面白いのではないか。
アジアで成功しているローカルレストランの若手オーナーたちは、日本のマーケットを見に行かず、欧米のマーケットや業態、トレンドを見に行くといわれる。そして、アジアに帰って、ローカライズした“欧米スタイル”の日本食レストランや日本コンテンツをミックスしたフュージョン業態を出す。これからは、それが主流になるかもしれない。もはや“日系”も“日式”も古くなってきた。欧米感覚で日本エッセンスを取り入れた欧米スタイルのローカルジャパニーズがクールなのだ。とくに、現地の富裕層&中間層のトレンドセッターには、そうした感性のレストランやバーがこれからウケるのではないか。次号以降で、トンローエリアの日系飲食店の最新動向とバンコクにおける日本酒トレンドについてレポートしたい。